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最初 院長視点
後半エリオット視点
「まったく、急用だと言うから行ってみれば!大した用もなく呼びつけおってっったく!」
プリプリと悪態をつきながら、従者のように付き添う職員と帰ってきた院長は、真っ直ぐに院長室に戻ってきた。
ふかふかの1人がけのソファに腰掛けてから、職員に酒を持ってくるように言いつける。昼過ぎから酒とは言うが、院長の仕事は周りにやらせているので特に無い。
月に数回ある伯爵家の訪問や、収支報告書(といっても誰かに作らせたもの)をサラッと見て伯爵家へ送るだけだ。なんだったらこれから行きつけの娼館にでも繰り出すか?くらいしか考えていない、堕落しきった人物だった。
ニヤニヤと邪な考えに耽っていると、慌てた様な足音と共にノックがされ、先ほどの職員が入ってきた。
「大変です!子供たちがっっっ!」
「なんだ騒がしい。病気にでもかかったか?放っておけば良い。医師に渡す金なんかないんだからな」
「違いますっ!そのっ、子供たちが居ないのです!」
「なに?街へ働きにでも行ってるんじゃないのか?」
「いえ、それが…朝に来た伯爵家の方が連れて行ったとかで…!!」
「なんだと?子供たちを連れて行ってどうすると言うのだ…?でもある事ない事言われても困るな。よし、とりあえず伯爵家へ行くぞ」
ない事を言われても、ある事を言われても困るのだが、孤児の言うことなんてお貴族様が聞くわけないと高を括り、馬車へ乗り込むのであった。
***
その日子供達を連れて、孤児院を後にした僕とフランシーヌは街の宿屋に向かった。
大部屋を何個か借りて、ひとまず1週間ほどの滞在を依頼した。子供たちの中から年長者に連携して監督と注意点を告げた後、孤児院ではっきり意見していた赤毛の男の子に護衛をつけて頼み事をしてから伯爵家へ戻った。
伯爵家邸には伯爵夫人しか居なかったが、時間を作ってもらい、事の顛末を話した。話途中に護衛が孤児院の男の子と恰幅の良い中年女性を連れて戻ってきた為、許可を取って入室してもらい話に入ってもらった。
初めは疑わしそうにしていた夫人だったが、中年女性、マーサの証言と持ち出した裏帳簿、その他数枚の書類を目にすると明らかな苛立ちと怒りで眉間にシワを寄せながら最後まで話に耳を傾けてくれた。
話が終わる頃には冷気を放ち、扇子で口元を隠しながら優雅に微笑んでいた。素直に怖いな。
夫人はゆっくりとした動作で温くなったであろう紅茶を飲むと、一息ついてから口を開いた。
「夫に報告しなくてはね。誰か手紙の準備を。直ぐに出すから誰か早急に届けてくれるかしら?それとこの書類に書かれている所に行って秘密裏に聞き取りをして頂戴。結果はここで聞くわ。さぁ行って頂戴」
書類を近くにいた従者に渡すと、侍女が便箋などの準備をして後ろに控える。夫人はサラサラと短い文を書くと封筒に入れて侍女に渡した。
さすがいくつか事業を行っているだけあり、判断と行動が早いな、と感心していると夫人は新たに椅子を用意してマーサと孤児院の子供に座る様に促した。
新たにお茶を用意させてから、夫人は2人に声をかけた。
「ごめんなさいね、何度も行っていたのに気づかなくて。早急に対処するのでしばらく待っていただけるかしら?」
「いえ、私はそんなっっ子供たちに不自由が無ければそれで…」
「余計な事を喋るなって言われてたんだ、伯爵家の人が来たら、あいつら小さい子を人質みたいにして言う事を聞かないとどうなるか分からないぞって…!」
「…そうなのね…」
その時伯爵夫人の手元からミシリッという音が聞こえたが、気のせいと思いたい。
軽く摘めるお菓子や軽食を出しながら、夫人は孤児院での事を聞いていた。
暫くすると伯爵が戻って来たので、同じ話をし、上着の内ポケットから懐中時計を取り出して確認する。
「恐らくですが暫くすると院長が押しかけてくるかもしれません」
「そうですか。手を煩わせた様で…申し訳ありませんな、エリオット様」
「いえ、このくらい何ともありません。フランシーヌ嬢が傷つくなら、何を措いても対処いたしますよ」
「ほう…うちの娘が(泣いたと言うのか?)…」
「懸命に堪えておられましたが。なので気になさらず、協力させてください」
「有難いですね、ウチの娘は良い婚約者に恵まれた様です。とても清廉で紳士的で、親としても安心ですなぁ」
「ご安心ください、お義父様」
「いえいえ、まだ気が早いのではエリオット様?ハッハッハ」
「なんだか空気が重いわ」とフランシーヌが呟き、「何を言ってるの」と半目で夫の脇を小突く夫人。「貴族様なんかコエー」と漏らす男の子にすごい速さで肯くマーサ。
どこか変な緊張感を孕んだ空気の中、歓談していると執事が伯爵に来客を告げる。
「来たか。玄関ホールで待たせておけ。それから数人連れて孤児院へ。人払いし封鎖。書類を全て押さえて執務室へ持って来い。それから孤児院の収支報告、出入りの業者も確認させろ。先に確認に行かせた者の報告はいつでも通す様に」
まだ外出着だった伯爵は着替えるべく、一旦自室へ移動して行った。
「大丈夫かしら?」と不安げに呟くフランシーヌを安心させる様に、手を繋いで力を少しこめた。
「この事も大変だけど、お義父様にお任せすれば間違いはないよ。フランシーヌはこの後の事を考えなければ」
「この後?」
「そうだよ。孤児院の代理管理人だからね。改装するなり、模様替えをするなり…ね?」
一瞬きょとんとした後満面の笑みになったフランシーヌは、繋がれた手をもう片方の手でも握り「そうね!楽しみだわ!」とはしゃいだ。
至近距離で可愛いの暴力にあったエリオットは片手で顔を半分隠して抜けそうになる足の力を、気合いで支えた為若干プルプルしながらフランシーヌへ頷き返した。