45*エミリー視点
*ヒロイン視点です
読み飛ばしても影響なしです。
私はエミリー。
この世界のヒロインなの。何言っちゃってるのとか言わないで。ほんとのことなのよ。
6歳になった頃に、近くの商店にお母さんとお買い物に行った時、暇だったからちょっと周りをウロウロしていたら、裏手に幌馬車が見えて、そこから荷物を下ろしているのが見えたの。
『そっか、ダンボールとかないもんね』
とふと思って、ん?だんぼーるって?と頭にたくさん疑問符を浮かべていたら、幌馬車に紋章が描いてあるのが見えた。
「おじさん、これなぁに?」
「ああ、お嬢ちゃんお客さんかな?これはウィンダリア運輸のマークさ。ウィンダリア伯爵様の商会のなんだよ」
そう誇らしげに胸を張った体格の良い中年男性は、「ここは危ないから」とお店の正面側に行くように促された。
「ウィンダリア…伯爵様……」
私はぽけーっとしながら、お母さんに手を引かれるまま家に帰った。
家に帰っても、生活する上でたびたび変なことを頭に浮かべては呆けるを繰り返してた。
ある晩、夕ご飯の時にお母さんが言った。
「今日ね、小さな赤子が路地裏入って直ぐのところに捨てられてて……酷いことする人が居たもんよね」
「今の王様になって随分良くなったけどなぁ。その子はどうしたんだ?」
「一番近くの孤児院に連れて行ってあげたんだよ。事情を話したら、快く預かってくれたよ」
「一番近くって、オースティン侯爵様のだったか?」
「そうよ、きっちりしているって聞くし、間違いはないだろうってみんなで言ってたとこよ」
「そうだな──」
私は魂が抜けたようにぼうっとして、気がつくと食べおわってテーブルには何も載ってなかった。
「オースティン…オースティン侯爵…」
頭の中がものすごい速さでグルグル回って、何かの情報の濁流に流されているようでクラクラし出したかと思うと、パタリと倒れてしまった。
後からお母さんに聞くところによると、座ったままブツブツ呟いたかと思うと目を回してテーブルに突っ伏して寝ていた(多分気絶したんじゃないかな)との事。
そして唸りながら丸一日眠り、すっきりと目覚めてたときにまた「オースティンさま?!」とビックリしてベッドから飛び出した。次の瞬間自分の視界に、ふわりと揺れた髪が目に入ってまたビックリしてお母さんの手鏡を慌てて探した。そこに映った顔を必死に覗き込んだ。
「私は誰?!?!!」
違うよ、記憶喪失とかじゃないよ!私はエミリー。それはわかっているの。
問題はどのエミリーなのかが重要なのっ!
鏡の中にはピンクブロンドの肩上で揺れる髪、ぱっちりとした大きな栗色の瞳、なだらかに優しい弧を描く眉。小さいけど通った鼻筋に、プルプルのピンク色の唇。
守ってあげたい幼女ナンバーワンな、顔があった。
「…たわ…やったわ!!わたしっっ…世界の中心だわっっっっっっ!!!!!」
ここはとある乙女ゲームアプリ「ようこそ僕のプリンセス〜君と真実の愛を〜」という世界!前世ハマってハマって、追加エピソードやキャラクター追加予告が出るたびに、学校を休んでまで備えて、やり尽くしたゲームなのだっっ!
こうしちゃいられない!と私は今の年齢から今後起こるイベントを書かなきゃっってペンはどこ?書くものは??紙無くない?
私はお母さんにしがみついて、聞いてみた。
「お母さん、ペンとか紙がないの。何か書けるものない?!」
「なぁに急に。お父さんの仕事場ではあると思うけど、お店のものだしねぇ。何に使うの?」
そうか、私はそこそこ裕福な家庭ではあるけど平民だった。買えなくはないが、娘の我がままでどうにかなるものでもないかもしれない。私は考え込んでからまた聞いてみた。
「それじゃ…木炭とか無いかな?ペンは全部揃えると高いし…紙は何かの切れ端でも良いんだけど…だめ?」
私はキラキラお目々を意識して、お母さんを見上げた。
「まぁ、ウフフ。木炭ならペンよりは良いわね。お勉強したいの?」
「そうなのっ、ちょっと練習したいだけなの」
のらりくらりと言い訳して、お願いポーズをしている内に、お母さんは根負けしたように、「仕方ないわねぇ。わかったわ」と言ってくれた。わーい!
大きなザラ半紙と木炭を買ってくれたお母さんに感謝のハグをして、みんないない時間になってからイベントとかを書き出して行った。
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「じゃぁ、9歳に街に行けば良いのね。確か大通りのあの店のあたりかな。うん。それにしてもいつ頃かなー?寒暖差あんまり無いから、わかんないんだよねー。
スチルでは上着着てたから、多分初めの頃だと思うんだけど。そこさえわかったら、次が噴水広場でしょー?あとは孤児院を覗いてっと…」
ここはとりあえず網羅するに限るでしょー!と自分が攻略対象に手を引かれ、頬を撫でられ、髪に口付けられて取り囲まれる図を思い描いては、ウフフと笑うのだった。