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翌日。僕は各種“手土産”と共に王宮へ来ていた。
案内されたのは第二王子の執務室。
第一王子とは違い、政務を行う区画ではなく、王族の住う区画に近い場所だ。
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マティアス殿下は、ウズヴェリア国を主としてこの1年、友好国へ遊学しに行ったのである。
国内に居ては“虫”がうるさくて敵わないとボヤいていたので、「じゃ、お外に行けば?」と言ったのである。
初めこそポカンとしていたマティアス殿下だったが、会うたびに資料、護衛、侍従、侍女…と揃えていき、虫には“功績作り”で目眩しさせて、ジワジワと下準備を進めていき、後は国王陛下にお願いするだけな状態になってから、僕はニンマリと微笑んで言ったのだ。
「全部僕がやりましょうか?それとも最後はやって見ます?」
引きつった顔でマティアス殿下は「馬鹿にしてるだろ!」と言っていたが馬鹿にはしていない。断じてしていない。揶揄っているのだ。
そしてヤケになったマティアス殿下は、ハリソン殿下に相談に行き、場所を決めてから国王陛下にお願いしに行ったのだ。
出立の際、どこかゲンナリとしたマティアス殿下は、僕に愚痴を溢していた。
「まさかこんなにすんなり行くとは、夢にも思わなかったぞ。それにお前が揃えた人材はどこから…若いくせに恐ろしく仕事が早い」
「お褒めに与り光栄です。出所、聞きたいですか?」
「……………いや、良い。くれるのか?」
「本人次第ですね。認めるならば吝かではございません。…ただ、“僕”を基準にしているところがあるから…どうでしょうねぇ?」
「……お前、やっぱり馬鹿にしてるよな」
「全ては貴方次第というところです。僕の友人なら、一皮くらいは剥いてきてくださいね?」
そう言って手を差し出せば、呆然としたあと、くしゃっとした笑顔で「当たり前だろ」と握り返してくれたのだった。
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さぁ、一皮くらいは剥けましたかね?と許可が出たので、中に進み入ると、一番奥の窓際で物憂げに外を眺めているマティアス殿下が見えた。
「お久しぶりです、お帰りなさい。マティアス殿下」
僕の声にパッと振り返ったマティアス殿下は、笑顔で「戻ったぞ」と快活に笑った。
「如何でしたか?遊学は。御無事で何よりです」
「いろいろあったが良い経験になった。危険なことなどない。お前がつけた侍従、下手したら国で選んだ騎士より腕が立つぞ」
「それはもちろん、1番有能なのを選びましたから。皆、他国で見聞を広げられて、うれしい限りです」
「お…お前まさか、そのために行ってこいとか言ったんじゃないだろうな?」
「やだなぁ、そんな訳無いじゃないですか。ただ、やるなら効率を上げるのは定石でしょ?」
胡乱げな目でまだ僕を見るマティアス殿下をひとまず置いておき、“お土産”を手渡すことにした。
僕は専属執事に預けていた箱を、テーブルに置くようにお願いした。
「さて、大きなお土産と小さなお土産、それとも物以外の“お土産”の、どれが良いですか?」
それを受けてマティアス殿下は、盛大に引きつらせた顔で押し黙っていた。
恐らく「ドン引き」というところか?やだなぁ、こんな善意の塊の様な僕に向かって?
まるで苦渋の決断を迫られたかの様に引き絞った声でマティアス殿下は答えた。
「…先に軽いものからで」
「気分?それとも「気分で!」」
そうですか?と僕は大きい箱を開いて見せた。「これは…」と呟いたマティアス殿下に僕は説明して行った。
「ハリソン殿下からです。アカデミーで新たに開発された素材で作られた制服です。対防刃と、温度調整機能があります」
「へぇ、これはすごいな!軽いし手触りも良い」
「すでに公式行事用の衣装で、一部使われることが決まっております。はい次っ」
「……情緒もへったくれもないやつだな」
そういうと、僕は小さい箱に手をかけて開いた。
中には綺麗な瓶に入った何かの液体と、背の低い円柱状の蓋つきのすりガラスの容器に入ったクリーム、焦げ茶色の瓶に入った液体が入っていた。
「…なんだ?」
「まず、控えめな装飾が美しい瓶は化粧水、乳液といった美容に関するものです」
「へ??」
「そして背の低い円柱状の中は、日焼けを抑えるクリームで、なんと美白効果もあるのだとか」
「えっ日焼け?」
「そしてこちらはアカデミーの薬学科で、開発、完成いたしました、海近くの国で繰り返し起こる風土病の特効薬です!」
「なっっっっ!!!」
驚愕と恐れ、期待が入り混じった様な複雑な顔で口を開けたまま固まるマティアス殿下。
そしてやっと瞬きを1つしてから、恐る恐る口を開いた。
「……お…お前、どこまで知って……」
「ふふふ。マティアス殿下……いえ、マシュー。君が連れて行ったのは誰だと?有能で優秀で、気の利く僕の“モノ”だよ?」
「…クッッいつそれをっっっ!」
「君が行ってから3ヶ月くらいかな?」
「直ぐじゃないか!」
「髪に口付けるとは、なかなかキザだねぇ〜」
「やめろーーー!!」
真っ赤な顔で頭を抱えて長椅子にうつ伏せになったマティアス殿下に、そっと囁きかける。
「まぁ才媛と名高い、美しい女性だそうですし?立場もあるでしょうし?遊学に来ただけの、未だ実績のない他国の者がおいそれと触れられない存在でしょうし?髪先で精一杯だよね?でもこちらは、お迎えするのに反対する人はいないんじゃ?」
そう言うと、同じ体勢のまま顔だけこちらに向けたマティアス殿下は、呻く様に呟いた。
「しかし…年上だし。婚約者が…」
「おや、誰がそんなことを?」
「婚約者本人だ。あまり近寄るなと…」
僕は目をパチクリさせてから、またニンマリと笑った。
「成程。牽制されましたか。フフッ。マシュー……それ、正式なものじゃないよ?」
僕が投下した爆弾に、マシューは飛び跳ねる様に起き上がり、驚愕していた。
「正式じゃ…ない?!」
「そろそろ“物以外”が気になってくる頃合いかな?欲しいですか?それとも“俺なんか”って言っちゃうのかな?」
僕はほーれほーれとこれ見よがしに紙束を振って見せた。
座り直したマティアス殿下は、背筋を伸ばし、膝に置いた手を握りしめる。一文字になった口からはぎりっと音が聞こえそうなほど、強く食いしばっているのがわかる。
「や…やる!何でもやってやる!エリオット、それを俺にくれ!!」
その言葉に一つ咳払いをしてから、僕も姿勢を正してから渡した。
「相手は割と小狡い家みたいですね。恐らくそれで“仮”としているのでしょう。そのまま無言で押し除けるもヨシ、捻り潰すもヨシですよ。“コレ”でね」
「ああ、有難う」
「正式な予約は、この薬品の使いようでもぎ取れるでしょう。どうしても必要だったら手伝いますから言ってくださいね」
「その前に、面と向かって口説きに行く」
「何度通えるでしょうかね?お勉強頑張ってくださいね」
「そのためにも頼むっっ、あの侍女をくれないか?」
僕は盛大に嫌な顔をしてから、後に声をかけた。
「だそうですよ?どうする?セリ?」
一拍置いてから、天井の一部がカコッと音をさせて外れ、そこから全身黒い服で身を包んだ小柄な人物が降りてきた。
「はい、主様が宜しければ。お二人を近くで応援したいです」
そんなに見開いたら目玉が落ちるぞ?と思うほど見開いて口をパクパクさせたマティアス殿下は、指差しながら「おまっ…どっから!」と言っていた。
「まぁお気になさらず。ゆくゆくは彼女の侍女として送って、手助けしてもらったら良いんじゃないですか?良かったですね、選ばれたようで」
脱力してまた長椅子に突っ伏したマティアス殿下は、クッションに押し付けた顔のまま「よろしく頼む」と小さな声で呟いたのだった。




