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 遊戯室を外から覗くと、職員がどっかり椅子に座り、子供たちが隅っこで固まって床に座ったり所在なさげに立っていた。



「何ですの?これは…」



 きゅーっと寄っていく眉間のシワを、指先で突きながら微笑みを促してみる。



「対面する前にここにシワを寄せてちゃ、子供達に怖がられちゃうよ?」

「は!そうですわね、笑顔っ笑顔」



 そう言うと口角を指で押し上げるフランシーヌ。あぁ、そんな仕草さえ可愛いなんてっと悶えていると、中から怒鳴り声が聞こえてきた。



「おい、お茶のおかわりを淹れろ!気が利かないな!」



 びくっとフランシーヌの肩が揺れて、瞳に怯えの色が浮かんだ。

 あーあーあーあー。何てことしてくれてんだ。僕のフランシーヌを怯えさせるなんて。あ、だめだ。許せそうにないな。

 フランシーヌの肩を優しく抱いて、殊更優しい声色で声をかけた。



「フランシーヌ、ちょっとここで待っていてくれる?さっさと片付けてくるからね?」

「え?うん、無茶しないでね?」



 護衛に目配せしてフランシーヌを任せ、1人だけ後ろにつけて遊戯室に入っていった。



「お取り込み中だったかな?失礼するよ」



 あえて柔らかな笑顔を作って声をかける。すると職員は慌てて振り向いた。



「なっ何だ!何処のガキだ!勝手に入るんじゃない!」

「おや、ご存知なかったかな?僕はウィンダリア伯爵家の関係者で、本日慰問のために来られたお嬢様の付き添いです」


「はっなんだ小間使いか?ここには用は無いはずだ。勝手に入ってもらっちゃ困るなー」

「許可はお嬢様からいただいておりますよ?見回って良いとね」

「それは付き添いでだろ。単独でウロウロするんじゃ無い。さぁ出て行け」


「それは出来ませんね。一職員でしか無い貴方に指図される謂れはありませんよ。大人しく壁際で待機してもらえますか?」

「なっっっ!なんだと!!」



 僕のような子供に、暗に使用人のように下がれと言われた職員は、怒りのままこちらへ詰め寄り胸ぐらを掴もうと腕を伸ばしたところで、僕の背後にいた護衛に間に割り込まれて伸ばした腕を掴まれる。



「それ以上近寄らないでもらおうか。下郎めがっ」

「あ、面倒だからそのまま縛って置いて。あ、君たち、誰か要らない布切れはあるかな?綺麗じゃなくていいよ?」



 職員の怒声に怯えていた子供たちは、やりとりに目を白黒させていた。その中の1人が「あ、これで良ければ…」と端切れをくれた。それにお礼を言い、護衛に渡すと端切れを丸めて職員の口に突っ込んでくれる。



「よしよし、これで静かになった。フランシーヌ、入ってきていいよ」

「エリオット様、大丈夫ですか?」

「問題ない。うちの護衛は優秀だからね」



 ほっとして安堵の息をつくフランシーヌは、後ろで縛られてうめく職員に視線を向けて「いったい何処からロープなんて…」と不思議そうに呟いていた。

 あんなヤツに目を向けて欲しくなくて、護衛に廊下へ捨て置けと目線で指示を出すと頷きを返した護衛は、徐に職員の首根っこを掴んで引きずっていった。

「首締まるんじゃないかしら」と心配するなんてやっぱりフランシーヌは優しいなぁ〜と心がホワホワしてしまった。



「それじゃ静かになったことだし、お話でもしようか。床でも何でもいいから、みんなこっちに来て座ってくれるかな。あ、誰か食器の場所を壁際にいるお姉さんに教えてくれる?」



 ***


 子供たちは床に座ったりしながら、皆手にはホットミルクの入った木製のコップを持っている。僕とフランシーヌは何処からか持ってこられた木製の椅子に腰掛けて、淹れられたお茶に口を付けて一息ついた。



「ふぅ、みんな落ち着いた?孤児院の子供はここに居るので全員かな?」



 子供たちに向かって問うと、その中から赤毛でそばかすが鼻の辺りに散った気の強そうな男の子が答えてくれた。



「みんなじゃない。何人か街に出ていてまだ帰ってない」

「街へ?見習いか何かか?」

「ううん、日雇いで…あいつらが稼いでこいって朝から街へ追い立てるんだ」


「…なるほど。わかった。では次だ。今から職員の名前を読み上げるから聞いていてくれる?フランシーヌ、お願いできるかな?」



 聞くだけなら…と顔を見合わせながら不思議そうにする子供たちの顔を、見逃さないようにじっと見つめる。



「わかったわ。このリストね。じゃぁ…」



 読み上げていく名前に示した反応を記憶しながら、読み終わるのを待った。



「──、とこれが最後ね。これで良いのかしら?」

「有難う。リストを貰うね」



 従者からペンと携帯用インク壺を貰い、さらさらと書き足していく。その後念のため足さなかった人物を読み上げて反応を見る。



「…、この人達はここで継続で良いかな?」



 ポカンとしている子供たちの中から、「それ以外はいなくなるって事?」と質問が飛んだ。



「そうするつもりだよ。名前を聞いて体が強張っている様じゃ任せられないからね。これから改善して行かなきゃだしね」



 そう言うと、さっき答えてくれた赤毛の男の子が立ち上がり口を開いた。



「あのっ食堂のマーサおばさんは…つい一昨日までいたマーサおばさんは戻ってこれないかな?」

「マーサ?職員名簿には無いが?」


「近所のお手伝いだって言ってたんだ。自分には子供も居ないから、手伝えることがあればって来てくれてたんだ。俺らの食事がおかしいって、せめて肉をたまに出してやってくれって言ってくれて……もう来るなって院長に怒鳴られて突き飛ばされていたんだ…」


「わかった。住んでいるところ分かるか?後で教えてくれるかな?」



 子供たちの中から「知ってるー」と言う声が上がる。会ってからだけど、信頼できるようなら雇っても問題ないだろう。



「じゃ次に皆の居場所を案内してくれる?何が必要か分からないからね」



「こっちだよー」と扉を開けたりと先導してくれるようだ。フランシーヌのエスコートをしながらついて行く。



「これはこれは…」

「何てこと…」



 結果としては、めちゃくちゃだった。

 まず子供たちは床に雑魚寝状態。最大収容人数に達してもいないのに何故?と聞くと、職員が占領して私物化。酒瓶があちこちに転がっていたりした。

「ここのお掃除は嫌い。お酒臭いしちょっとでも失敗すると叩かれるの」とは女の子談。

 よく見れば服で隠れる部分にアザが見えた。

 紳士教育も徹底されている侯爵家で育った僕としては、唾棄すべき行為だ。隣で震え出したフランシーヌに気付き目をやると怒りに震えているようだった。



「お母様と来た時は、粗相があるといけない、特に見るものがないと言われてて…子供たちは広場か遊戯室でいつも大人しくしてて…私、気づかなくて…!悔しいっっっ」



 震える口元、涙の膜が張った瞳には怒りがありありと見て取れた。淑女教育の賜物か、涙が溢れないように懸命に耐える姿に、また胸に衝撃が与えられる。

 どうやら僕は、フランシーヌのどんな姿にも惹かれるようだ。思わず緩みそうになる頬を抑えながら、これからの算段を考えていた。



「じゃフランシーヌ、君がやりたい事をする為に、まずは掃除をしよう」



 きょとんとした顔を向けるフランシーヌに、心からの笑みを返したのだった。


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