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そして月日は流れ、僕は学園への入学を翌週に控えていた。
準備に抜かりはないかを確認し、今年の入学者リストを手に、私室で寛いでいた。
「エリオット様、制服一式の確認が済みました。ニコの物は、明日伯爵邸でお渡しします」
「有難う。はぁ…忙しすぎて学園に縛られる時間が煩わしくて仕方ないよ。きっとフランシーヌが居なかったら、近隣国に留学して卒業資格だけもぎ取って来ただろうね」
「…私も同行して良かったのでしょうか?外からお支えする方が何かと…」
「それも良いけど。でも君にも学歴を持っておいてほしいし、それに動いてくれる人は別に居るのだから、君にはそろそろ管理徹底を第一にして欲しいね」
「それなのですが、近隣国への偵察を考えて、手始めに大陸共通語の初心者向けの本を何冊か、孤児院に置いておくのは如何でしょう?」
「ああ、そうだね。それでとりあえず様子見しよう。職員側は話せる人いるの?」
「3人ほど。内1人はウズヴェリア語も習得しています」
「そうか。じゃ問題ないね。さて、時間を作るために免除できる所は、全て免除させないと。あ、もちろんウィズリー、君も悠長に無駄な授業を受けないでよね」
分かってるよね?と笑顔を向ければ口を引き結んで「善処いたします」とだけ返ってきた。
心配はしていないよ。なんだかんだで僕の従者は優秀だから。
僕は手にしていた入学者リストに目を向けた。貴族で注意人物の子息令嬢には印がついてある。
平民は試験を突破した者。ついでに試験の点数も記載してある。そこから使える人材を探すと言うのも手なので、余すところ無く確認していく。
「へぇ、計算と歴史が満点…女子生徒か」
まぁ、試験で分かるのは、入るに足るかどうかだけだ。これからこの中から優秀な者が抜きん出てくるのだ。僕はそこから観察して偵察して、気に入れば取り込んで行けばいい。
「学園も色々と楽しめるかな」
僕の呟きに、諦めの色を瞳に浮かべてウィズリーは、静かに部屋を出て行った。
**
翌日、僕はもう第二の実家かと言われてもおかしくないほどの場所、ウィンダリア伯爵邸にやってきた。
玄関ホールへ入ると待ち受けていたフランシーヌが笑顔で出迎えてくれる。
「いらっしゃい、リオ。今日はサロンで如何かしら?」
「ああ、君と一緒なら何処でも構わないよ。
今日も素敵だね、フラン。君の姿に女神も恥じ入ってしまうよ」
「ふふ、今日もお上手ですわね。あなたもまた背が伸びたのではない?」
「まだまだだよ。フランが少し見上げるくらいを目指しているからね」
「どんなリオでも素敵だけれど、期待しているわ?」
悪戯っぽく笑うフランシーヌに、僕は相変わらず悶絶してしまう。
「やぁ、エリオット。今日の姉上とのお茶会は何を?」
「チャーリー、もちろん話題の中心は来週の入学式だよ。一緒にどう?」
「……………そうだね。馬に蹴られたくはないけど、お邪魔させてもらうよ」
「チャーリー、馬なんてサロンにはいなくてよ?」
「そうだね、姉上」
僕はそんなフランシーヌとチャールズと共に、サロンへ移動し、お茶会に興じたのだった。
「エリオット、制服は着てみた?意外と着心地良くって驚いたんだけど」
「それはそうだろう。特注品だからな」
「やっぱり?おかしいと思ったんだよ。見たことがない素材使ってるし、変なところにポケットが付いているし、靴に至ってはスライド出来そうな部分があったしっっっ!怖くて見なかったことにしたけど!」
「何事にも初動が大事と言うからね。僕がフランの身に纏う物を用意しないわけないだろ?君はついでにその恩恵に与っているんだから、嬉しいよね?
あ、フランのは、基本的に素材と靴だけにしておいたよ?」
「あ、有難うリオ。それにしても初めて見る生地だったわ。何処で流通しているの?」
「アカデミーだよ?」
「「アカデミー?!」」
目をまん丸くさせて驚く二人。反応が本当に似て来たなぁと思う。
「去年新たに開発された新素材だよ。上着とズボン、スカートは対防刃。シャツは温度調整機能付き。ネクタイ・リボンは侯爵家の極細ワイヤーを含ませた素材だよ」
「エリオット、僕たちは何と戦うんだ……」
「万が一、いや億が一の事が起こっても対処できるようにだよ。備えあれば憂いはないと言うしね?」
「備え過ぎだよ」と項垂れるチャールズ。「備えるって大事ね?」と目をパチクリさせるフランシーヌ。
それにしてもフランシーヌの口から僕の愛称が溢れるたびに胸が温かくなる。
去年の初めにフランシーヌからおねだりされてしまったのだ。
***
「ねぇエリオット様。その…そろそろ私…」
そう言って恥ずかしそうにするフランシーヌに、こっっこれはもしや?みんなが通過する初接触を…!?と盛大に脳内でお祭り騒ぎになっていた。
「あの、名前を…」
「え??」
「私達も愛称で呼び合いませんか?!だって、チャーリーは愛称で呼んでるのに、ズルイとずっと思ってましたの」
「へ?あ…ああ。そういえばそうだね……あぁ、ビックリした。心臓が飛び出るかと思ったよ」
「なんですの?」
「いや、こっちの話」
いやしかし、落ち着いたものの、困った。僕には愛称がないのだ。父上母上は子育てに興味はなく、駒としか見ていない為に、必要以上の直接的な接触はなかった。
その事を申し訳なく告げると、フランシーヌに謝られた後、「それなら私が付けますわ」と言ってくれた。その名で呼ぶときは、敬称をつけないでと僕もお願いして、今に至っている。
***
っと、そうだった。忘れないようにウィズリーに箱を持ってくるようにお願いし、フランシーヌにニコを呼んでもらう。
「相変わらず音もなく現れるね、ニコ。これ、やっと仕上がったから確認しておいてくれるかな?」
「ありがとうございます」
「エリオット、ニコにプレゼント?まさか、また暗器か何かだったりするの?」
「ん?制服一式だよ?」
「「え?」」
「一緒に行くんだから必要でしょう?」
「ニコも一緒に行くの?え?一般枠で?」
「いや、貴族枠だよ」
「……リオ、私の記憶が正しければなのですけど、ニコは侯爵家の孤児院出身ではなかったかしら?」
「間違いじゃないよフラン。半年前に男爵家の子になっていただけだよ?」
「「いつの間に…」」
「学園は基本、従者や侍女と言ったものを入れて侍らすことはできないからね。普通に入学した後、主人の近くにいるだけなら問題ない」
そして警備もお世話も出来ちゃうなんて一石で何羽も落とせてしまうね?
「でも、クラスは…」
「大丈夫、ニコをフランに付けたときから考えて準備をしているから。僕らと一緒のAクラスだよ」
「もうなんでクラス分け事前に分かってるのとか、聞かないよ。何処で入手したのか気になっちゃうから」
僕は無言でお茶に口をつけて、にっこりと微笑みを向けて「聞きたい?」というと、チャールズは顔を引きつらせて「間に合ってるよ」と返してきた。




