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僕は自室に戻り、またもや増えた紙束に驚くウィズリーを他所に、どっかりと長椅子に座り込んだ。
「……ウィズリー、あの視察に1人追加で。警備態勢は…問題ないか。ああ、女性騎士を用立てないと。あと商人の娘風の服を上から下まで一式。念のため帽子もつけてくれ。
ああ、それとアクストン公爵令嬢の趣味嗜好、ハリソン殿下の好まれる色や香り…まぁここは僕がなんとなく聞けば良いか」
つらつらと言い続ける僕の言葉を手帳に書き込みつつ、ウィズリーはおずおずと聞いてきた。
「あの…それは、来週の視察の件を言っておられますか?」
「そうだけど?」
「……わかりました。至急手配いたします」
「出来るだけ、殿下に気取られないようにしておいて」
ウィズリーはバッと顔を上げて目を大きく開けた。その顔は「そんな無茶な!」かな。
僕はにっこり笑って「よろしく〜〜」と無言で手をヒラヒラと振る。
ウィズリーは諦めて手帳を閉じ、悲痛な面持ちで去っていった。
1人になった室内で、僕は外出着を脱ぎ、室内着に着替えだした。
誰が父上と繋がって不要な報告をするか分からないので、動き出す前に一通りの世話は自分でできるようにした。
おかげで今は紅茶も自分で淹れられる、出来た侯爵子息である。
ほっと一息ついた僕は、自分で淹れたお茶を飲みながら、報告書を手に取って中に目を通していったのだった。
***
そして視察当日。
僕は朝早くにアクストン公爵家に向かった。
キャロリアーナ嬢から言付かっていたのか、一応使用人が出迎えてくれた。
僕は一緒に連れてきたニコに、箱を持たせて、キャロリアーナ嬢の元へ向かうように指示を出した。
この箱には、本日の衣装と化粧道具一式を入れてあるのだ。
伯爵家でフランシーヌのお世話をするにあたり、そう言った技術も獲得していた。
今やお世話から護衛まで、なんでもござれな有能侍女だ。そのニコを、今日の午前中だけ貸してもらい、キャロリアーナ嬢の変身に手を貸してくれるようにお願いしたのだ。
僕は支度が整うまで、在宅だったアクストン公爵様にご挨拶をし、当たり障りのない雑談をしながら待つ事にした。
1時間ほど経った頃に、公爵家の執事に「お支度が整いましてございます」と声をかけられ、玄関ホールに向かった。
公爵様と共に待っていると、2階へ緩やかな曲線を描いて続く階段の上から、ニコに手を引かれて降りてくるのキャロリアーナ嬢が見えた。僕はキャロリアーナ嬢を見た瞬間に、息を飲み込み驚愕した。
一言で言うと「誰?!」だ。
淡い水色の生地に可憐な小花柄が散る、品の良い飾りシャツに、ざっくりと編まれた白のショールを肩にかけ、濃い茶色のロングスカートはふんわりと控え目に広がり、一段濃い短めのブーツが足元から覗いていた。
化粧は目元にパールのように控えめな艶と、薄くアイラインを入れて、口元はほんのりと色づく艶のある口紅。
全体的に控えめかつ上品。緩く片側に纏められた髪も一層上品さを演出していた。
目を見開いて一言も発さない僕とは違い、一緒に待っていた公爵様は「このような商人風でも美しい〜」やら何やら並べ立てていた。
公爵様と話した後に僕に目を向けたキャロリアーナ嬢は、不安げに眉を寄せて「どうかしら?変じゃないかしら?」とソワソワしていた。
僕は力を抜いてから、挨拶をした。
「本日は早くからお時間を取っ「もうっ!どうなのかと聞いているの!」」
……そうですか。では。
「化粧とはこうも人の人相を変えてしまわれるのだなと、心底驚きました。初めてお会いした時の貴女と同一人物とは、言われなければ分からないでしょう」
「それは褒めてるのかしら?貶しているのかしら?」
「一応褒めようとしたのですが。あとは殿下に聞いてみてください。さっ、予定が詰まってますので、サクサクいきましょう」
「あなたねぇっ!」
「あ、念のためこちらで用意した帽子をどうぞ。さ、お手をどうぞ、キャロリアーナ嬢」
「〜〜〜!分かりましたわっ!」
悔しそうな顔で僕の手に、そっと手を置くキャロリアーナ嬢。「では殿下の元にお連れいたします」とニコニコ顔の公爵様に一礼して公爵家を後にした。
儚げ美少女爆たん。
そういえばお忍びなのに良いのかしら...