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 馬車に向かう為、預かった資料に目を通しながら一人回廊を歩いていると、中庭部分で景色に違和感を感じて顔を上げた。


 初めて自分の洞察力を恨めしく思ったものだ。

 木陰からキラッと光る、赤いものを見つけてしまったのである。


 下手に煌きやがって、武器かと思ったじゃ無いかと憮然としていると、鼻を啜るような音が微かに聞こえてきた。


 ……ああ、心底見なかったことにしたい。


しかし「うっっうっっ」と漏れ出る声が聞こえ出しては、仕方ない。ため息を溢して諦めた。

 僕は内ポケットからハンカチを取り出すと、姿を見ないように、木陰からそっと差し出した。


 何処かで同じことした気が…ああ、ハリソン殿下と同じか。泣いてはいなかったが、ハリソン殿下も隠れていたなと思うと口端が緩みそうになった。

 キャロリアーナ嬢は少し間を置いた後、一応の感謝の言葉を口にして、ハンカチを受け取った。



「返却は不要です。気になるようなら捨ててください。それから一つご忠告なのですが……そのように乱反射している派手な色のお召し物では、隠れるに隠れられておりませんよ。何処かまでお送りいたしましょうか?」

「結構よっ……ぅぅっ」



 また泣き出してしまったキャロリアーナ嬢に、どうしたものかと天を仰いだのだった。


 **


 とりあえず治るまで一人にもできず、木に寄りかかり、黙って待つことに……することもないなと考え直し、丁度よく手元にあった資料を読み込み、万年筆を取り出して自分なりの考察を書き込む。


 暫くして不意に声が聞こえたので、資料から意識を戻した。



「あなた、もうちょっと優しく声を掛けるとか、慰めの言葉をかけるとかできませんの?」

「え?僕がですか?」

「あなた以外誰が居りますの」


「……まぁそうですねぇ。では、次があるさ?気にするな??」

「ちょっと、それの何処が慰めですの!」

「これ以外に思いつくふさわしい言葉が見当たらないもので」

「なんですって!」

「ハリソン殿下の言うことはごもっともですし?」

「うっっ」

「それに僕が口を開かないのは、最大限の優しさですよ」


「どう言うことですの?」

「……」

「良いから言いなさいっ」


「はい。では。

 頼みもせず警護を振り切り押し掛けて、且つお仕事の時間に“殿下の為”と根拠のない自論で手を止めさせて、こんな日中に場違いにもギラギラと飾り立て、過剰な香水を振り撒きながら近寄り、相手の顔色も気にせず賛美して、挙句仕事で来た僕に帰れと言っちゃえば、お叱りを受けても仕方ないですよね。……なので『次があるさ。頑張って』くださればと」


「含みを持たせすぎよっ」

「ね?口を開かない方が、傷は浅くてすみましたでしょう?」


「失礼な人ねっ!」

「『良いから』と許可を出して『言いなさい』と指示したのは貴女ですよ」

「……ハリソン殿下にお会いできると思って、精一杯頑張りましたのに」


「豪華な夜会でも、もっと控え目にしますよ」

「ぅっっっぅぅ……!だって、最近お忙しくってお会いできないのだもの!強引でもお祝いを直接言いたいじゃありませんかっっ!久しぶりにお会いできる殿下に一番綺麗な服でお会いしたかったのよ!!」


「はぁ。殿下がお好きなのはわかりました。が、殿下の為を思うなら、もうちょっと(装飾諸々)控えめで良いのでは?……どのくらい会ってないのですか?」


「……1年くらいかしら。それまではお時間を取ってくださいましたし、お褒めの言葉も頂きました。

 急にお会いできる時間が無くなって…」



 そう言えば殿下とお会いしてそろそろ1年くらいになるな。

 あ、僕、間接的に追い詰めてたりしたのかな?



「治水工事とかで、国境まで行かれて帰ってこられませんしっっ」


 そう言えば勢いで治水工事を言い出したの僕だったよね。うーむむっ…



「私、少しでもお会いしたくって…だから!」



 僕は目も口もギュッと閉じて、迫りくる罪悪感に耐えた。


 なるほど。焚きつけられた殿下は手っ取り早く婚約者との逢瀬(その時間)も削ってお仕事に精を出したのですね。綺麗な因果応報ですか。回り回っての今ですか。


 くっっっこれは想定外っっっ!



 僕はフゥッと息を吐いて顔面の力を抜いてから、謝罪の意味を込めて提案した。



「では、お時間を取ってくださるように進言いたしましょう。なんでしたらお忍び視察なども提案しちゃいますよ」

「……急になんですの、怖いわ」

「まぁ一種の罪滅ぼし的な感じですかね。その代わり条件があります」



 そういうと、コクリと喉が鳴る音が聞こえた。何を言われるかわからず固唾を飲んでしまったのだろう。僕は一つ咳払いをしてから言った。



「当日の変装用の服は僕が用意します。選ぶのは侍女がしますのでご安心を。化粧と香水も施さないでください。良いですか?」

「ええっ!化粧もだめですの?!そんなっ、殿下に素顔を晒すなど失礼なこと出来ませんわ!」

「もししてきたら、その場で顔を容赦なく濡れ雑巾ででも拭いますので、覚悟してくださいね?」


「あっっあなたっなんて卑劣なのっ!」

「何を言いますか。優しさで溢れる僕を捕まえて」



「あなた変ですわよ」と言いながら静かになったキャロリアーナ嬢。僕は「予定決まったらお知らせします」とだけ言い添えた。


 その後近くの空き部屋を確保して侍女、女官を呼び、王宮内を歩ける顔に整えてから騎士に送ってもらうように伝え、僕はまた増えた仕事を持って先に帰る事にした。

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