34
気まずい雰囲気の中、とりあえず僕は年明けに行われる開校式についての書類を渡した。
「ありがとう。本当にいつも早いな」
「急かしたのは殿下じゃ無いですか。それじゃ、今日はお忙しいようですし僕は下がりますね」
そう言って背を向けようとした瞬間に「ちょっとあなた!」と声がかかった。
え?僕?とそちらに向けば、眉間にシワを作り吊り上がってた眉を限界までに吊り上げ、口元を歪ませてこちらを睨むキャロリアーナ嬢と目が合った。
その隣では呆れを顔に浮かべて、肩を竦めたハリソン殿下が見えた。
「ちょっと聞いてますの?!先ほどからちゃんとした礼も取らず、ハリソン王太子殿下に失礼ではなくて?!」
「はぁ…」
咄嗟に出てしまった生返事に、キャロリアーナ嬢はますます怒りを露にしてくる。そして付属のように視界の端っこでウンウンそうだと頷くニコラウスにイラッとする。
「王太子殿下がお優しいからと、馴れ馴れし過ぎますわっ!弁えなさい!!」
王太子殿下の横で大音量も良いのか?と寄りそうになる眉を制して、努めて貴族の微笑みを貼り付けて慇懃に礼をしてみた。
「ご気分を害してしまったようで、大変申し訳ございませんでした。ハリソン王太子殿下におかれましてはご多忙の中、私めにお時間を取らせてしまいました様で、大変申し訳ございません。以降このような事が無いよう、事前に確認申し上げますゆえ、何卒ご容赦いただければ幸いでございます。では御前を失礼致します」
フンと鼻を鳴らすキャロリアーナ嬢にも礼を取ろうとしたとこで、「まて」と短く制されたのでピタリと止めて元の姿勢に戻した。
「今更エリオットに慇懃に礼を取られると、恐ろしくてかなわん。やめろ」
そう言うと、初めてキャロリアーナ嬢に視線を向けたハリソン殿下は、ため息をついてから口を開いた。
「先ほども言ったと思ったが…仕事の上で長々と礼を述べる時間が勿体無いので、必要以上の礼を止めるように言ったのは私だ。政務上意見を出しやすいよう気やすい態度も私が許している。君に口出される謂れはない。それに、政務の時間に押し掛けてきたのは君だ。退出するなら君が出てくれ。私はまだエリオットに頼みたい事がある」
「しかしっ!昨日はお忙しいご様子だったので、直接お祝い申し上げる事が出来ず、こうして馳せ参じましたのにっっっ」
「もう既に私の横で散々喚いていただろう」
冷たく断じられ、目を伏せてギュッと唇を引き結び、扇子を両手で握りしめたキャロリアーナ嬢。少し震える手で軽く礼を取ると、小さな声でハリソン殿下への謝罪と退出の礼を述べた。
「…差し出口を申しましたわ。申し訳ございません。御前失礼致します」
そして言うや否や、サッと身を翻しドアに向かうキャロリアーナ嬢。ハリソン殿下から見えない角度で僕をギッと睨むことも忘れない。
出て行ったことを確認してから、ハリソン殿下に肩を竦めて視線で、あれ何?と聞いてみた。
「まぁ見ての通りだ。私もこの通りだよ」
「大丈夫ですか?」
あれで王太子妃、ゆくゆくは王妃とか「大丈夫ですか?」と含みを持たせて尋ねると、ハリソン殿下はこめかみを押さえながらため息をついた。
「最初はああではなかった。だんだんと奇抜になってきている。私に関わるとああなるらしい。教師陣からは、優秀で頭の回転も早いと聞いているのだが」
どうしてああなるか、さっぱりわからんと言うように、お手上げポーズをするハリソン殿下。
「僕、一度もお見かけしなかったのですが、王妃教育はこちらで?」
「ああ、母上の宮でな。一通りは終わらせたと聞いた。仕事中はおいそれと来られないように対策を取っていたから、会わずにすんでいたのだが…」
今日はその対策が、効かなかったようだと言うことだろう。
「他には?(もっとまともな候補居ないの?)」
「母上が隣国出身だからね。今回は国内からと言うことになって選ばれたのだが、またこれから時間をかけると言うのもな」
それもそうか。王妃教育は過酷だ。
あの年齢で一通り修了した事を考えると、装飾過多なところを除けば、その優秀さはお察しということだろう。
それに温和で中立派なアクストン公爵家ほど適した家も無い。他で相手がいないとなれば去年生まれた女児か…お世継ぎ問題が次の頭痛の種になると言うところか。
「仕方ないですね。来年からはご一緒に学園へ?」
「いや、アクストン公爵令嬢はニコラウスと同じで、再来年だ」
「そうなんですね」
その後はまた沢山の課題を渡され、来た時以上に持たされることになった資料にぶつくさ言いながら、退出した。