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ハリソン殿下から出された、初めての課題はなんとか評価を貰え、続いての課題をこなす日々。
そして予想通り…というか何と言うか、翌月には治水工事の主導権をもぎ取り、根回しを済ませると同時に陣頭指揮に当たった。
…ええ、監督しに行ってとかじゃないんだよ。指揮するんだよ殿下。
そして予想外だったのは、僕を同行させようとしていたこと。念のために「お帰りをお待ちしております」と言ったら、キョトン顔だよ。
いやいや、こっちがキョトンだよ殿下。
僕がまだ9歳であること、ハリソン殿下の学校設立計画で、やることてんこ盛りであるというと、渋々納得してくれた…が、一度見学に来いと言われたので、反対に僕が渋々了承する羽目になった。
学校設立のために奔走して、途中で治水工事を見に行き、ちょっと手伝う羽目になったり、無理やり(逃げ)帰ってきて、人を集めたり。
何とか開校までの目処が立った時、治水工事を終えたハリソン殿下が戻られた。
まぁ、そもそも基礎が一部決壊したのでその補修と橋の強化ですし、修繕だけなら時間はそこまで掛からない予定ですしね。
問題は今回僕が提案した部分。
川の途中でため池を作る仕組みだ。
どうせなら決壊した部分から範囲を大きく取って、溜池を作ってもらったのだ。
幸い決壊部分は斜面で、今は住人もいない。後は溜め池用に頑丈な壁づくりだけが重要だった。
大きく池の囲いを作り、程々の高さになってから水を引き入れて様子を見て、必要に応じて壁の高さを調整する事となった。
そして僕が10歳になる年の直前に治水工事が評価されて、ハリソン殿下はめでたく立太子の儀を経て王太子になられた。
これまでのアレやコレな事柄を思いだすと、長かったようで短かったような……。
立太子の儀に参加する貴族として参列した僕は、近い席で感慨深く眺めていた。
立太子の儀が執り行われた翌日、ハリソン殿下の執務室にて、僕は入った瞬間に驚いてしまった。それは相変わらず窓際に立っている、側近候補のニコラウスにではない。
席に座る殿下の横に立つ女性にだ。
ミルクティーのような淡い金髪は、額中央で分かれて大きく波打つ豊かな髪はハーフアップ。オリーブグリーンの瞳はやや切れ長。高い鼻梁はすっと通り、形の良い薄めの唇がそこで微笑みを形作る。
驚いたのはその形よく整えられたにもかかわらず、装飾過多な部分だ。
色付く頬は、暑いの?と思うほど赤々としており、目の上は両眼を的確に殴られたのかと、心配になる程の濃い紫から青のグラデーション。そしてそっと持ち上げられた口角は、毒々しいまでの赤。その上抜けるような透明感の無い、まるで塗壁の如く真っ白な肌がそれぞれをより際立たせている。
そしてまだ昼前だというのに、何故そんなに真っ赤なドレスを?そして縫い付けられた細かな宝石が日を反射して目に痛い。
そう、驚いたよりギョッとしたという方が正しいか。そして臭い。匂いがキツいのだ。
僕は初めて殿下の執務室に来た時より、中に進み入るのを躊躇ってしまった。
恐らく口を開くと「それ何です?」と顎で指し聞いてしまいそうなので僕は、風景の一部、いっそ変わった彫刻と思うようにして、ゆっくり目を開閉させた。
「おはようございます。昨日の立太子の儀、大変素晴らしかったです。あの衣装も」
「ああ、エリオット、おはよう。装飾の多いあの服は何とも動きづらくて、失敗しないかと久しぶりに緊張してしまったよ」
「久しぶりに」という言葉を聞いて、初めてお会いした時の張り詰めた空気感を思い出して「懐かしいですねぇ」と揶揄い、それに苦笑するハリソン殿下。
しかしその横では何か言いたげに扇子を握った派手派手しい少女。ハリソン殿下が目も向けずにすっと軽く片手を上げて制したので、グッと押し黙っていた。
「よい、私が許している」
恐らく僕のような年下からの、気やすい態度が癇に障ったのかもしれない。とりあえず流れに任せて僕も黙っているとハリソン殿下が紹介してくれた。
「エリオット、こちらはアクストン公爵家のご令嬢で…………私の婚約者だ」
ハリソン殿下から言われて仕方なくと言った感じで軽くカーテシーをして挨拶をされた。
「初めまして。キャロリアーナ=アクストン、アクストン公爵家の次女ですわ」
その様を見て、僕は笑顔を貼り付けて、あえて恭しく礼を返した。
「お初にお目にかかります。オースティン侯爵家 長男エリオットです。以後お見知り置きを」
ツンとそっぽを向いたキャロリアーナ嬢を、白けた目で見てしまったのは言うまでも無い。