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院長室へ通された僕らは、出されたお茶をいただいていた。
「─とすると、週に1、2度の交代制なのですね。運営に足りないものは有るのですか?」
「いえ、今のところは特に。伯爵様にはよくしていただいているので。子供たちも元気でありがたい限りですよ。ハハハ」
当たり障りのない会話を院長としていると、職員がノックの後少し慌てた様子で入ってきて、院長に耳打ちした。
「なに?司祭様が?今から?いや、それは流石に…」
院長はこちらに目をチラッと向けて、困ったように顔を顰る。フランシーヌはカップを置いて不思議そうに院長に尋ねた。
「何かありまして?」
「…いえ、司祭様が急用とのことで今から来て欲しいと言われているようでして」
「まぁそうですの。残念ですが仕方ありませんね。多忙な院長を独占するのは気が引けます。今日はここで解散にしましょう」
「宜しいので?」
院長は僕にもちらりと視線を向ける。この場で最上位の爵位は僕であるし、一先ず言質を取りたいのだろう。
「僕も構いませんよ。その分婚約者との時間も増えることですし。また機会がありましたらその時に」
「そうですか。ではお言葉に甘えまして。次回いらしたときは、是非もっとゆっくりなさってください」
「そうさせていただきます。お急ぎの様ですし、此処で結構ですよ。ではまた。行こう、フランシーヌ」
「分かりました。では失礼ながらこちらで」
そういうと、僕はフランシーヌの手を取って院長室を後にした。
廊下を進み、突き当たりを出入り口側ではなく逆方面へ曲がり、少し歩く速度を早める。見送りについて来ていた職員が慌てて振り返り呼び止めてきた。
「あっそちらではありませんっ!」
「いや良いんだ。婚約者と庭を少し眺めたいだけだから気にしないで?」
「いや、でもっ」
「野暮は無しだよ?少し眺めるくらい問題ないだろう?」
「はぁ…分かりました。少しでしたら」
僕はフランシーヌの肩を抱き寄せ庭に出ると、護衛に目配せした。護衛は静かに頷くと、職員の肩を持ち庭の片隅へと消えて行った。
「エリオット様!この様なところで恥ずかしいですわっ」
肩を抱かれたままのフランシーヌに目をやると、真っ赤な顔でワタワタしていた。思わぬ可愛さが腕の中でボディブローをかましてくる。僕は変な声が出ないように口を押さえて動悸や息切れといった衝撃に耐えていた。
「ごめんね、嵐が過ぎるまでちょっと待ってくれるかな?」
息も絶え絶えにそう告げると、フランシーヌは心配そうな顔で覗き込んでくる。
「エリオット様、体調が優れませんの?やだ、気付きませんでしたわっっ」
真っ赤な顔から一転、心配そうに眉を下げて、体を僕へ向けてきた。これでは抱き合っているようではないか!顔が近い!手に触れるサラッサラの髪の感触が最上級だしなんか良い匂いがっっっ
鼻血が出ないように目を閉じて頑張っていると、フランシーヌのお付きの侍女が咳払いをして忠告してきた。
「フランシーヌ様、落ち着いてくださいまし。そして近うございます。一歩離れてください」
「そうね!ごめんなさい」
体調は大丈夫だと告げて、背を向けて堪えていると、玄関ホールの方向からドタドタと下品な足音が響く。静かになるのを待って、フランシーヌと共に建物に入り、来た道を戻って行った。
「あの、エリオット様?何故また院長室へ?」
「君との楽しい時間を割くのは忍びないのだけど、僕は宝探しをしようと思っているんだけどどうかな?」
「宝探しですか?」
小首を傾げるフランシーヌに速くなる動悸を抑えつつ、僕は立ち上がり院長の執務机に近寄り、手当たり次第確認した。
「まぁ予想通り鍵のない引き出しや箱には、怪しいものは何もないね」
無遠慮に引き出しを開けては中を確認する僕に、フランシーヌはポカンとしていた。
「エ、エリオット様、何をしているの?勝手に触っては怒られてしまうわ」
「不思議な事を言うねフランシーヌ。ここは代理だけど、君の管理下にある孤児院だろ?そこの物品をフランシーヌの許可のもと何をしても、問題はないはずだろ?」
「え?許可ですか?」
「何処を見て回っても良いんだよね?」
「そうですわね」
「ありがとう。何処を見ても良いなら帳簿を見ても良いはずだね」
「そう?ですわね??」
「ありがとう。じゃ開けるね。あ、君、針金ってある?」
壁際にいた僕の従者にそう尋ねると、針金をポケットから出して差し出してくれた。
「ありがとう。助かるよ」
受け取るとまた静かに壁際に移動する従者に、「あなた何でこんなものを持ってますの?」と呆然とした顔で尋ねるフランシーヌ。何って侯爵家の者はいついかなる時も緊急時に備えるべく、万能な七つ道具は持っているものだよ?さて鍵穴に針金を突っ込みガチャガチャしているとカチリと音がした。
「あ、開いたみたいだ」
「なんでですの?!」
「さぁ何があるのかな〜と、おやおや」
乱雑に分けられている書類をパラパラと、めくる速度をそのままに内容を読んでいくと、何度か同じ家名が出てくる書類を抜き取っていく。これは些か雲行きがおかしいね。どうしたものかな。チンケな小物かと思ったけどやらかしているね。
「この書類は何枚か持ち出すとして、こちらは御丁寧に裏帳簿だね。へぇー。ほー」
「うっ裏帳簿ってエリオット様、そんな事!」
「よく考えてごらんよフランシーヌ。まずまずの資金を渡しているのに子供たちは覇気がなく一律痩型。服は持っている中で上等なものを着させてあのほつれが目につく服。逆に院長の服は上質で、靴なんか最近流行の形だったよ。庭の植栽は全て低木で何一つ高いものがない。馬鹿にするにも限度というものがあるだろう」
「エリオット様、すごく笑顔だけど、もしかして怒ってる?」
「そうだね、僕の婚約者を馬鹿にされて幾分怒っては居るかな?次は職員名簿はこれか。次に行こう、フランシーヌ」
「え、何処へいくの??」
「孤児院なんだから孤児に会わなきゃだよね?」
「そうね??」
ちょっと困惑の混じった笑顔で答えたフランシーヌを連れて子供たちが居るであろう、遊戯室に向かった。
護衛は外で2人、中で2人、従者1人、フランシーヌの侍女1人(お目付役かな)結構な大所帯でした。