28
ハリソン殿下とお忍び視察から1週間が経ちました。
僕はもう首を傾げるしかありません。
どうしてこうなったんだ?
どうしようもない事を考えても仕方ないので、現状の把握に努めようかと思います。
なんと僕は今、マティアス殿下とお忍びでまた城下街へ来ております!
ね?やっぱり納得できないよね?
事の成り行きとしてはこうだ。
先週、お忍び視察を満喫したハリソン殿下は、帰城したその足でマティアス殿下の所在を確認し、王族だけが知ると言う隠し通路を使って拉致。
隠し通路の先に設けられた、小さな隠し部屋にて歓談(尋問?)し、強引に本心を曝け出させ、お忍び視察を自慢し、お前も行ってこいと言い、翌日には日程の調整と、僕に同行のお願い(命令だよね)の手紙を出してきーてーのー今である。
無駄に凄い行動力よっっっっっ!
さて僕は1つため息をついて、隣に視線を向けた。
マティアス殿下の変装は、裕福な商家の子のような服装に、少し大きめのキャスケット帽を目深に被っている。
しかし、いつもながら顰められた眉は見えない筈なのに憮然としているのが分かる不思議。
僕は気分を変えるべく、外した質問を投げてみた。
「…………殿下、あだ名はなんです?」
「………」
ああ、やっぱりそうかなーと思いながら、僕は予想を口にした。
「もしかしてマチ「言うな!」……わかりました。でもお忍びですし、有名なお名前呼ぶわけにもいかないですし。マシューとお呼びしても良いでしょうか?」
「………それなら許してやる」
「ありがたく。僕のことはエリオットで」
「………わかった。エリオット」
「じゃ、とりあえず朝市行ってから、街へ行ってその後何をしたいか決めましょう」
「?孤児院じゃないのか?」
「それでも良いですけど、そこは自由にいきましょう。今日は煩い虫も居ませんよ?思うままに行きますよ!」
「ははっ!煩いって…!」
「それじゃ行きますよー」と言って朝から賑わう街を、朝市目指して進んで行く。
朝市では、マティアス殿下も同じように感動してずっとあちこちに目をやってフラフラするので、僕は目が離せずにハラハラした。
「おい、エリオット!これは隣国のお茶だよな?」
「そうですよ。お兄さんがお好きだそうです」
「何!そうなのか。………」
そういうと陳列された箱の中を、1つ1つ興味深そうに覗き込んでいく。
僕は無言でマティアス殿下に、銀貨と銅貨が入った袋を渡した。
「はい、上手に買えるといいですね?」
「出来るに決まってるだろ!見てろ!!店主、これをくれ!」
ニマニマして言うと、マティアス殿下は怒ったように声を張った。すると、並べられた木箱の奥から、少し膨よかで人当たりの良さそうな男が出てきた。
「ありがとうございます、量はどのくらいご入用でしょう?」
「えっっっあ…ぜ、全部だ!」
「ぇえっと、全部ですと結構な量があるのですが、持って帰られますか?それともご自宅までお持ちしますか?」
「持って……」
持ち帰るには大き過ぎるし、お忍びのため、城にとも言えず、口が何か形取ろうとしたのか中途半端に開けられたままで、目がウロウロとしていた。怪しさが半端ない。
僕は見かねて後ろから顔を出して、店主へ申し出た。
「すみません、コレとコレをそれぞれ100gずつ貰いたいのだけど」
「はいよ。ちょっとお待ちくださいね」
そういうと店主は袋を準備して、茶葉を入れて量り、手際よく梱包していく。合計の値段を言われたのでマティアス殿下の小脇を突いて、お会計をお願いした。
袋を手にしたマティアス殿下は、拗ねたような顔をしていたので、ポンと軽く肩に手を乗せて「次があります。次いきましょ」と軽く言って続けて朝市を楽しんだのだった。
その後高級向け、中流家庭向けの商店が並ぶ大通りを案内して、目についたお店に入っては商品を眺めていると、賑わっている真新しい飲食店を見つけた。
マティアス殿下はとても興味を惹かれたようだったので、護衛に確認を取ってから中に入り、少し早いお昼をとることにした。
個室を指定して入った先で、マティアス殿下は注文した珍しい料理に目を輝かせていた。
「こんな料理は初めて食べた。兄上は食べた事があるのかな?」
「すっかり仲良しですね。何よりですよ」
「仲良し…かな?分からんがよく話すようになった」
照れ臭そうに視線を落としながらも、フヨフヨと動いている口角を見るに嬉しいのだろう。あの口角、突いたら面白そうだなとぼんやり考えながら、料理について話を戻した。
「これはウズヴェリア国の郷土料理に手を加えたものだそうです。
本来使われる調味料以外に、エルクォータ国のスパイスを加えているようです」
「ほぉー。素晴らしいな!」
「これも上の皆様のお力の賜物ですね」
「そうか、こういう所にも活かされるのか」
「全ては何処かに繋がっているものですよ。
それをこうやって知るのもまた面白いです」
「そうだな。面白い…」
感じ入ったように呟いたマティアス殿下を眺めながら、僕は遠慮なく食べ進めるのだった。
食事を終えた後、街中を眺めながら歩き、大きな円形状の広場の真ん中にある噴水の縁に並んで座り、行き交う人や馬車などを眺めた。
マティアス殿下は喧騒を心地良さそうに聞きながら、ポツリポツリと自分の思いを口にした。
「兄上と話してて、行き違いがたくさんあった事がわかったんだ。敵愾心なんて無かったし、嫌われてもなかった。害するような指示も出されて無かったし。
俺は今までどこに居たのだろうな。叔父や周りの貴族の声ばかり聞かされて、王になる事だけが唯一の救いのように思えていたんだ」
「それは…」
「だけど、もうやめだ」
下へ落ちていっていた視線を、睨み据えるように前へ向け、掌を強く握り込んだマティアス殿下は力強く言葉を放つ。
「俺は、俺の意思で行きたい道を進む!掴みたいものは自分の意思で掴む!!だから…エリオット、あいつらを退けるために力に、なってくれないか?」
僕は苦笑しながらその要望に応えた。
「ええ、それは協力しましょう。ところでその先はどうします?椅子は要らないのですか?」
「俺は兄上以上の適性なんて持ち合わせてない。敵対なんて勘弁だ」
「あ、それ凄くわかります」
「そうだよなっ」と二人して吹き出して笑い合う。
マティアス殿下は一呼吸置くと、これからの事を口にした。
「俺、色んな物を見て知りたい。この国以外も見てみたい。…まだ決められないが、俺は兄上を支えられるようになりたい」
「そうですか。それは面白そうですね。……しかしそうなると、ぼやぼやしていられませんね」
「え?」
「近隣の国の言葉、協力関係にある国の言葉、マナー、しきたり?情勢の調査、会計、事務処理、歴史?」
「なんだそれは?」
「お外に行くために必要な、思いつく最低限身に付けるべき項目です」
「…… 」
そうは言っても優秀な人材は居るだろうし、事務方方面は出来なくてもなんとかなるだろうけど、一通りできていた方が良いよね?使えないお飾りより使えるお飾り。最高じゃないか。
青くなったお顔のマティアス殿下に、ニンマリ笑って聞いてみた。
「やめときます?今なら聞かなかった事にできますよ〜?」
「〜〜〜!やっっやる!やってやる!!」
えー?できる?本当に?と、疑惑の視線を向けると「お前やっぱり馬鹿にしてるよな?!」と興奮するので、ハイハイと適当に宥めて落ち着かせた。
その時一陣の強い風が吹き抜けた。
マティアス殿下が煩わしそうに目を細めた瞬間、被っていたキャスケットがふわりと舞い上がり、流れて──は行かなかった。
咄嗟に立ち上がった僕が、一歩先で宙に舞ったキャスケットを掴み、即座にマティアス殿下にお返ししたからだ。
「すまない、ありがとう。それにしてもすごい反射神経だな」
「剣術と武術を少し教わっておりまして。これも将来、何からでも守れるように努力している最中です」
「……お前は何と戦っているんだ」
帽子を被り直し、胡乱な目で僕を見るマティアス殿下。全ては大事なフランシーヌを守るため。僕の意思で手を抜かないだけですよ?
そんな会話をしていたら、近くで何か騒いでいるような声が聞こえる。騒ぎの元を探るべく辺りを見渡すと、女の子がしゃがみながら騒いでいるのが見えた。
僕は近くの護衛を呼び寄せて、何かあったのかを尋ねた。
「いえ、落とし物だそうです。先ほどの風で帽子を落とされたようですよ」
「そっか。ちょっと視線が集まりすぎてるね。歩いて移動しようか」
「承知いたしました」
護衛にそう伝えると、僕はマティアス殿下へ移動を促すべく声をかけた。
「マシュー、騒がしいしちょっと歩きましょうか。何処か行きたい所はありますか?」
「そうだな、他国の物が集まる場所とかはあるかな?」
マティアス殿下の要望に沿った店舗が、何箇所か大通りにある事を伝えて、その方面へと向けて歩き出した。すると大きく甲高い声が辺りに響いた。
「あの!!!!帽子っっっ落としませんでしたか?!!」
大声に反応して、僕とマティアス殿下は思わず振り向いてしまった。
大声を出したのは、先ほどの騒ぎの中にいた女の子だった。ピンクブロンドの髪をフワフワと靡かせながらこちらを向いて立っていた。
目が合っている気がするけど、僕らじゃないよね?帽子を無くしたのはあの娘じゃないの?
「落ちていませんでしたか?」ではなく「落としませんでしたか?」とはまた変なこと言うなと思っていたら、こちらへ向かってくるようだった。
でもそこは優秀な近衛騎士様。サッと間に2人ほど入って視界を遮り、それ以上近寄れないように妨害していた。
僕はマティアス殿下に、肩を竦めて「行きましょうか」とだけ言い、広場を後にした。
僕達は大通りにある輸入道具店に入り、マティアス殿下と色んな道具を見ては、その技術や発想に目を輝かせた。
3店舗ほど回り、まだ国内で流通していない“万年筆”を見つけ、10本しかないらしい在庫を全て購入した。
どっちが何本持って帰るかで揉めたが、結局仲良く5本ずつで分ける事で合意したのだった。




