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 お昼の時間が近づき、厨房から軽快な音が聞こえ、そのうちいい匂いがしだした。


 その匂いに気づいたハリソン殿下は、食堂にやってきて、食堂から見える厨房の様子にまたもや目を輝かせていた。


 厨房には形式上ではあるが、監視として近衛騎士が立っていた。帯剣しているとはいえ、私服だったので威圧感が若干?和らいで見えるのが救いか。

 野菜が軽快に切られて鍋に入れられていく。ベーコンが薄く切られて焼かれていく。そんな風景を見ながら、隣に立っていたハリソン殿下から呟きが溢れた。



「料理とはこのように作られるのだな」

「そうですね、僕も初めて自邸の厨房に潜り込んだときは驚いたものです」



 僕はフランシーヌとの思い出に浸りながら、思わず頬が緩んでしまった。


 月に何度か行われる、侯爵家夫人によるお勉強会のために訪れたフランシーヌが、合間の時間で侯爵家探検を言い出したのだ。

 初めは応接間や私室と言ったありふれた居住空間を案内していたのだが、フランシーヌは笑顔のまま使用人通路に突き進み、上から下まで突撃していったのである。


 つまみ食いさせてくれた料理長に満面の笑みで感謝を述べていたフランシーヌを思い出して、可愛かったなぁなんて思っていたら、「エリオット、顔」とチャールズに水を差された。



***


 出来上がった料理を子供たちと一緒に並んで食べたハリソン殿下の第一声は



「あ、熱い!」



 だった。王城で食べる料理は王族に届く前に検分され、毒味され、離れた場所から各私室に運ばれるまで時間が経ってしまうので、そこそこな温度にまで冷めてしまうのだ。



「そうですね、いつもの紅茶くらいには熱いのでお気をつけくださいね」

「言うのが遅くないか?エリオット」



 不満そうなハリソン殿下に、片眉だけ上げて答えるにとどめた。


 昼食の後は、庭に出て畑を見て少し収穫体験をして、お裁縫や刺繍などに集中する子供たちを見回ったりと全てに関心を向けていた。


 すっかり孤児院を満喫したハリソン殿下は、遊戯室の壁近くに設けられた椅子に座り、子供たちが作った少し歪な刺繍が施された、巾着型小物入れを手にしながらお茶を楽しんでいた。

 僕は向かいに座り、お茶の香りを楽しみ、口をつけて一息ついてからハリソン殿下に静かに声をかけた。



「本日は如何でしたか?」

「心から楽しめた。いい経験になった」

「………それで、何か掴めそうですか?」



 目の前では遊技室から開け放たれた窓の先の庭で子供が駆け回り、マーサ院長に抱きついたり夫のバートが畑を子供たちと一緒にしゃがんで見ていたりしていた。夕方にはまだ少し早いが、刺繍で作られた絵画の風景を思い起こさせた。



「…ん、私は…民の生活を、このように過ごせる毎日を大事に思う。一層守りたいと」



 日の下で、戯れる姿を眩しそうに目を細めて見つめるハリソン殿下の瞳に、固い決意のような光が静かに点るのが見えた。



「…私は、王を目指そうと思う」



 静かに、しかし力強く告げられた言葉に、僕は目を細めて、自然な微笑みを浮かべて「良い国王になれますよ」と呟くように答えた。



***


 別れの挨拶をして、帰城するために馬車に乗り込んだ。

 走り出した馬車の中で、ハリソン殿下は鬘と眼鏡をとり、行きと同じようにカーテンをめくって外を眺めていた。外に向けた横顔のまま、ハリソン殿下は徐に口を開いた。



「なぁ、エリオット」

「何でしょう。ハリソ「まだハリーだ」……ハリー」

「お前は誰に付くのだ?」



 言葉を投げられた瞬間、馬車の中にはガラガラと車輪が道を駆ける音だけが響いた。

 僕が答えに窮していると、ハリソン殿下はくつくつと喉を鳴らして笑う。足を組んで僕に向き合ったハリソン殿下は、笑顔の筈なのにその瞳は僕を見透かそうとするように鋭かった。



「まだ決められないのは、私に魅力が足りないせいかな」

「いえ、身に余る光栄でございます…が…」

「何か気になることでも?」



 僕は一瞬ためらった。きっとハリソン殿下を煙に巻く事もできるだろう。適当なことを言って先に伸ばす事も。だけど今後共に歩むかどうかの分岐点にいる。嘘やごまかしはしたくなかった。



「マティアス殿下の答えを聞く約束をしております」

「答え?」

「マティアス殿下に、何になるか問いました」

「ほう?」



 露になった金の相貌が細められて、威圧される。空気がどっしりとした重量感でのしかかっている気がした。



「あの方は、迷っておいでです。自分の資質に疑問を持ち、信頼する相手も居ない。なので色々な可能性を指し示しました。…僕はその答えを待っています」

「玉座は自分のものと思っているのではないのだな」


「それは強欲な叔父と周囲でしょう。殿下の本意ではありません。それに、僕には窮屈そうに見えましたから。……なので、外に羽ばたくのではないかと予想しております」


「そうか…」



 知らなかった弟の一面に、何か考え込むハリソン殿下。僕は重苦しい空気を払拭すべく、殊更明るく口にした。



「もしそうなら、側近、要らないですよね?外交担当部署(あそこ)は優秀な人材が多いと聞きますし。僕、結婚して楽しい夫婦生活を築いて行きたいので、離れ離れなんて尚更無理ですね」



 虚を突かれたのか、豆鉄砲でも食らったかのような顔をしたハリソン殿下は、一拍置いてまたもや笑い出した。いやいや、笑う所じゃ無いよハリソン殿下。こっちは大真面目だよ。



「それは…クククっ仕方ないな…!ククク」

「なので、邪魔にならないように、“小石”を取り除いてあげるお手伝いくらいはしようかと思っていますよ。側近じゃなくても、手伝っちゃいけないと言う事も無いでしょうしね」


「そうだな。私もあれがもっと小さい頃にしか接してこなかった。話し合ってみるのも良いかも知れん」

「ご存分に。僕以上に揶揄いがいはあると思いますよ」

「ククっそうか。それは楽しみだ」



 それからの馬車の中では、重い話題を忘れたかのように、今日のお忍びについて楽しく談笑したのであった。

マティアスくん、逃げて(笑

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