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もう慣れて来ました、王城前。
出仕してるわけでもない9歳な僕は、ちょっとした疑問を胸に抱えつつ、王城を見上げてため息をついた。
不思議そうに用件待ちをしていた騎士に、手紙を渡した。
***
案内された先は、第一王子の執務室。その執務室を前にして、その立派に設えられたドアを見入った。
11歳にてもう執務室が有るのか…有望さがそうさせるのか、期待ゆえなのか。中の人物の気持ちは如何なんだろうか。
果たして入室の許可が下りて、執務室に入る。
白い天井には同色の彫刻でぐるりと囲んで飾られ、天井から下げられたシンプルなシャンデリアが映えている。側面の壁は紺に近い青い壁紙。家具は重厚感のある焦げ茶色で纏められ、入って右側一面の本棚は壮観だ。
内装の素晴らしさに思わず周りを眺めてしまう。
「オースティン。よく来た」
「ハリソン殿下。お招き頂きありがとうございます。お茶会以来ですね。僕のことは、名前を呼び捨てで結構です」
「わかった、エリオット。こちらへ座ってくれ」
執務室に置かれていた応接用ソファを示されたので、素直に座ると使用人(恐らく執事)がお茶の準備をしてくれる。
何処からか漂うピリッとした緊張感に、いつもより意識して背筋を伸ばしてしまう。
そんな中置かれたカップからは、普段とは違う香りがして、カップの中を覗き込んだ。
「エルクォータ国では、よくこう言ったものが好まれていてね。母上から教えてもらい、私も気に入り、専属の執事に取り寄せて淹れてもらっている」
「あぁ、隣国のですね。見たことは有りますが、飲んだことは有りませんでした。…レモンの香りが素晴らしいですね」
「薔薇やベルガモットはこちらでもよく出回ってるのだが、その他の種類はなかなかでな」
「そうなのですね」
ハリソン殿下は徐にカップを置くと、執事に手を払うような仕草で合図を出した。一礼した執事は他の近衛騎士や使用人に退出の指示を出し、最後に執事も部屋を出て扉をきっちりと閉じる。僕は後ろに顔を向けて様子を見、内心驚いてハリソン殿下に視線を戻すと一層驚いた。
「……何やってるんですか?」
「何ってエリオットが言ったのでは無いか?顔面を揉み解せと」
「いや、アレは言葉の綾と言いますか」
「いや、なかなか良いぞ。皆表情が柔らかくなったと言っている」
「そう言う意味じゃ無いと思いますけどっ!……まぁなんでもいいです」
殿下はなんと、両手の指で両頬を押さえ、円を描くようにくるくると回して揉み解していた。ピリッとした緊張感は何処へやら。僕は一瞬で脱力してしまった。
「………」「…………クッックククっっ!」
僕は堪えきれずに笑い声を漏らしてしまった。だって殿下、真顔かつ無言で何やってるのか。
「ふぅ、失礼しました」
「いや、良い。最近一人になるとつい顔の筋肉を思い出してな。こうしていると気も緩んで気分転換になっていいのだよ」
「まぁ、息抜きになっているなら何よりでございます」
「なぁエリオット」
その手を止めないまま、ハリソン王子は背もたれに体を預けてなんとも力の入らない状況で問うた。
「私は何に向いていると思う?」
僕はパチクリと目を瞬かせながら、何言ってるんだコイツ?的な視線をうろんな目で向けてしまった。
「クッッハハハハ!!面白いなエリオット!そんな目で私を見るのは君くらいだ」
そりゃそうでしょうよと内心で突っ込んだ僕は、気を取り直してハリソン殿下に聞いてみた。
「はぁ、それで何かやりたい事は見つかったのですか?」
「それがさっぱりだ」
ハリソン殿下は両手を天井に向けて肩を竦めて見せた。所謂お手上げポーズだね。
気を抜くと溢れそうになるため息をぐっと飲み込んで、僕は質問を重ねる。
「では興味のある事、楽しい事って何ですか?」
「……そうだな、父上の仕事を手伝うのは嫌いじゃない。勉強も苦ではないかな」
「では何を御悩みで?」
「悩み…そうだな、皆私を信じて疑わない。全て完璧な予定調和であるかのように見ている。私はそんな完璧なオートマタでは無いのだが…誰も彼もそうだ。もし失敗したら…と思うと一層気を張ってしまう自分をどこか冷めた目で見ている。そうしていると、無性に全てを投げ出したくなるのだ」
「それはそれは……重症ですね」
「ん??」
「殿下、疲れてるのですよ」
「……私は疲れているのか?」
「そりゃね、無意識にリフレッシュを求めるくらいには疲れているのではないですか?」
「……あぁ、そうなのか」
そう言うと、自分の両手を持ち上げて掌をしみじみと見つめるハリソン殿下。本当に気付いていなかったのか。そのうち気付いたら倒れちゃってましたとか有りそうで怖いんだが。僕は息を吐いてハリソン殿下に尋ねてみることにした
「もしご不快でなければ、意見を述べても?この通りまだ幼いので、稚拙かも知れませんが」
「フフッよい、話せ」
「ここだけのお話でお願いします。不敬もできればお目こぼしを」
「ああ、この場に於いていかなる発言も責任を追及しない。これで良いか?」
僕は頷き、姿勢を正してハリソン殿下に真っ直ぐ向き直ると口を開いた。
「別に失敗しても良く無いですか?それであーだこーだ言う大人の器の小ささに、心底ウンザリしますね。大体なんですか、サラブレッドだの何だのと。11歳の子供掴まえて、最終兵器かなんかなんですかね?アホかってんですよ」
僕の意見にポカーンと口を開いていたハリソン殿下。それにしても気付いてはいたけど、チャールズや子供達の下町言葉がうつってきている。
「いいですか?失敗しても即座にフォローできる人間は周りにちゃんといます。いや、居なかったらビックリですけど?やり直して笑って有難うって言っておけば良いんですよ。あとね、もうちょっと今のうちに色んな事見て聞いたほうが良いですよ?それだけでも進みたい方向が見えることもありますし?」
「フッッハハハッアハハ!」
「申し訳ございません、言い過ぎました、本心ではございますが、深く謝罪いたします」
「クククッよい、謝るな。ッッククク」
ハリソン殿下は一頻り笑った後にお茶を飲むと、一呼吸ついてから言葉を紡いだ。
「失敗して良いなんて初めて言われたな…そうか。フフッアホかって…」
「殿下、申し訳ないのですが、その単語だけは脳内から削除してください」
頼むよ殿下。どこかでポロッと出されて出所吐かれても困るんだよっ
「すまんすまん、善処しよう。そうだな、色々見て回るのも検討しよう。城から出ることはまず無かったから、考えもしなかった」
「え?出たことないんですか?!城下街も?!」
「何?エリオットは行くのか?!」
「……えぇ……まぁ…?(運営している店舗視察とか空き家の内見とか?)」
これくらいやっているものと思っていたので、思った以上の食いつきように閉口してしまった。これ以上の失言はいかん!
「いいなぁ…………」
「う゛…!」
「予定を調整するので、エリオットも同行するように」
「なっっっ!なんで僕が?!横暴です!!」
ハリソン殿下は、優雅に足を組むと不敵に口角を上げて笑って言った。
「コレが特権だよ」
「〜〜〜?!」
そうして僕はハリソン殿下と、まさかの1日プライベート視察が決定となったのだった。




