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そして翌日。そろそろ半目でいる事が基本となるのでは?なチャールズがいつものように声をかける。
「…エリオット、意に沿わないお茶会に出席させられて、すっごく疲弊したのは分かるんだけどさぁ」
僕はそう言うチャールズの言葉をシラッと流して、手の中の僕より小さく白い手を宝物のように包み込んだ。
「わざわざ俺の目の前でやんなくてよくね?」
「チャーリー、言葉乱れてるぞ」
「今はそこじゃないだろ」と半目のチャールズを視界から外して、隣にぴったりとくっついて座るフランシーヌに顔を向けた。
僕は今、伯爵家の庭園で、約束通り英気を補充していた。
ベンチには、クッションや鮮やかなかけ布を敷き、僕とフランシーヌはピッタリと寄り添って座り、チャールズは一人がけの椅子に座っている。
「昨日のプランティエ殿下に、ガリガリ神経削られたんだ。大目に見てくれ」
「まぁ分からんでもないけどさ〜。姉上困ってるし。そろそろ解放してあげたらどう?」
僕はフランシーヌの顔を覗き込んで、眉を下げて聞いてみた。
「ゴメン、嫌だった?」
赤い顔で困り顔のフランシーヌが「そろそろ手は離して欲しいかも」と控えめに申し出てきたので仕方なく手だけ解放する。
「手だけかよ」となんか聞こえた気がしたが、知らん知らん。
「それにしてもプランティエ殿下ってそんな人だったんだな。驚きだよ」
「そうね、でも王家に求められてしまっては、解消という話も出てしまうのかしら…?」
そう言うと寂しげに視線を下げたフランシーヌに、僕はまた手を取って断言した。
「それはどんな事をしてでも実現しないから、安心して?」
フランシーヌは寂しげな顔から一転、頬を赤らめて「本当?」と言って微笑んだ。向かいに座るチャールズは、「どんな事って…」と鼻白んだ顔で呟いて、お茶をすする。
「それはさておき、我がまま王女が何をやらかすか分かったもんじゃないな。エリオット、何か手は打つんだろ?」
「勿論だよ。戦闘も出来る侍女を用意したんだ。まだ早いかと思ったんだけど、昨日の様子じゃ早いに越したことは無さそうだから」
僕はそう言うと、侯爵家のお仕着せを着た少女を紹介した。
「こちらニコ。侍女の勉強は一通り済ませているけど、基本は身辺警護が主だ。できれば常にフランシーヌの側に置いて欲しい」
「お初にお目にかかります。ニコと申します。誠心誠意お守りいたします。どうぞよろしくお願いいたします」
最上級の礼をとるニコを目にしたフランシーヌとチャールズは、一瞬ポカンとした。
「あら、ずっといらしたのかしら?」
「気のせいじゃなかったら、急に出現したよな?!」
「紹介するまで控えてもらってたよ?侯爵家で管理している孤児院の出身なんだ。とっても運動神経がよくって、頭もいいんだよ。侯爵家で体術・剣術・暗器までは教えててー」
「ちょっと待て、暗器ってなんだ暗器って」
僕の言葉にすかさず突っ込みを入れるチャールズ。フランシーヌは頬に手を当てて小首を傾げて疑問を口にした。
「でも良いのかしら?侍女を用意していただいて」
「フランシーヌは将来侯爵家に嫁いでくれるんだよね?侯爵家が未来の嫁を警護して何か問題あるかな?」
「?ない…?のかしら???」
「ニコの費用は僕が出しているから大丈夫。それに年齢の近い子が側にいるのも、何かと楽しいでしょ?」
「そうね、それは楽しそうだわ!」
「それは暴論というんだよ姉上」と呟くチャールズを軽く黙殺して、僕は楽しそうにニコに挨拶するフランシーヌを愛でる。軽く挨拶が終わったところで、ニコが控えめに申し出た。
「まだまだ未熟な身でございますので、空いた時間に訓練に出る事をお許し頂ければ幸いです」
「そうね、結構よ。空いた時間は好きになさって?ところで訓練は何処でなさっているの?」
「孤児院でだよ?」
僕はフランシーヌの質問に素早く答えて、にっこり微笑んだ。チャールズは2、3度瞬きをしてから控えめに質問する。
「侯爵家の孤児院って…どうなってるの?」
「どうって…子供たちの未来を見据えた、実践で使える職業訓練を少々加えた施設?」
「なんかもう趣旨が違わない?!」
「もう、チャーリー!シィーっっ」
少し怒り顔で、人差し指を口の前にかざすフランシーヌ。僕はベンチに力なく倒れてクッションに埋もれた。
本日もフランシーヌが可愛すぎて辛い。僕もシィーってされたい!
「ゴメン、姉上」とバツが悪そうに頭を掻くチャールズに少し嫉妬してしまいそうだよ。
その後、気を取り直して復活した僕は、チャールズが聞いてくるので侯爵家の孤児院について答えていた。
「はぁ…文字と計算、護身術、軽いマナーのお勉強?希望者にはステップアップで中級、上級コース??何処目指してるんだよ」
「人材育成と言って欲しいね。でも強制じゃないよ?15歳で独り立ちして直ぐに出なきゃいけないんだし、技術も知識もなく『さぁ自由に羽ばたいて行ってらっしゃい!』って言われても困るのは子供たちだよ?」
そして僕は、自分のお小遣いを元に空いている建物を買い取り、改装して使用人付きの貸し会場を運営している。
当初は侯爵家の使用人を配置していたが、実践として年長者を時間を決めて付けている。もちろんその分の賃金も渡している。ゆくゆくは侯爵家の使用人を引き上げ、孤児院出身の子たちで回せればと思っている。
そして頃合いを見て僕個人の事業として独立、運営は子供達が大人になってから任せようと考えている。ーが、今は口にしないでおく。
「そりゃそうだけどさ」
「凄いわエリオット様!そんな所まで考えているなんて!」
「伯爵家の孤児院も凄いじゃないか。この間の刺繍で作られた風景画は圧巻だったよ。服も自作だって言ってたよね、センスあるよ」
「そうなんですの!お菓子も新しい物を考えた子がいたり。それぞれ得意な分野が違ってて、それを目にするのも楽しいのですわ」
「じゃあフランシーヌ、希望する子を交換してみない?」
「「交換??」」
「そう。僕のところは体を動かしたり、計算やマナーとかの勉強が主かな。それに対してフランシーヌのところは服飾や料理が主だよね。それぞれ要望に合わせるにはスペースも人材も用意に時間がかかる。
だから、僕のところにいる服飾に興味がある子をフランシーヌのところへ行ってもらって、体を動かしたりマナーのお勉強とかしたいって子を、僕のところに来てもらえればって思うんだけど。どうかな?」
「あくまで子供達が希望したらだけどね」と付け加えると、フランシーヌは一度考え込んだ後に聞いてきた。
「そうですわね、本人がそうしたいと言ったら良いかもしれませんわ。一度希望する子を連れて見学会とかはどうかしら?」
「それは良いね姉上、期間を決めて交換て言うのもいいんじゃないか?」
「良いねチャーリー。じゃ、日程調整しよう」
僕は手の中に“料理人”と“デザイナー“”お針子職人“の卵が手に入る可能性に、心の中でそっとほくそ笑むのだった。
おかしい。まだココまでエリオット君が黒くなる予定では...




