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挨拶も終え、お茶会も中盤に差し掛かった頃。フランシーヌが化粧直しに行くというので、付き添いついでに散策しようと提案して3人で席を立った。
フランシーヌを女性用控室に送り、近くをチャールズと談笑しながら歩いていると、建物の影から黒いものが見えた。
少し逡巡したのちに、近くにいた給仕に水をもらった。
手の上に中の水を少量受けて口に含み、異変がないかだけ確認すると、チャールズにここで待つように伝えてグラスを持ったまま建物の影へと向かう。
僕は黒髪が見えていた建物の影に近づき、姿を出さないように気をつけつつしゃがみ、持ったグラスを建物の側から差し出して声をかけた。
「御休憩中に申し訳ありません。こちら良ければどうぞ。毒味は済ませてあります」
見えていた黒髪がスッと引っ込み、暫く間が開いた後グラスは受け取られた。
「…すまない。感謝する」
小さいがはっきりと聞こえた声。
急病というわけではなさそうだ。もう良いかなと立ち上がろうとしたときに、「君は…」と控えめに尋ねられた。
「オースティン侯爵家、エリオットです。お気になさらず。この通り、何も見ておりませんので」
和らいだ空気を感じたので、少し笑ったのかなと思った。
「年上とは神経を使うが、同年代は神経を予想以上に削られるものだな」
僕はハリソン殿下の取り囲まれていた風景を思い出し、同情してから答えた。
「まぁ……そうですね。補充できる何かが側にあれば、意外と鼻で笑い飛ばせるようになりますよ」
「フッそうか。君にはあるのか?」
「特大なのが。あげませんよ?」
「そういうものを作ると、臆病になってしまわぬか?」
「逆に強くなろうと足掻いております」
「……そうか」
「その何かが強ければ心配は不要ですよ?もしかしたら意外と強いという事もあるかと」
「クククッそれはいい」
「そうですね、まずはその張り詰めた顔面の筋肉を揉み解して深呼吸することをお勧めしますよ」
「これは意外と使えるのだがな」
「もちろん人がいないときにですよ?」
「それは手厳しい」
「常に気が抜けた王様というのも考えものですから」
「…私は王になるのかな…」
自分でつい「王様」と口にしてしまったが、なんて質問を投げるんだ王子よ。
僕は少し考えてからヤケ気味に答えた。
「さぁ?なりたくないなら良いんじゃないですか?王になるだけが道でもないでしょう?外交官でも法整備でも治安維持でも…。重要な仕事は山ほどあるんですよ?せっかく人がいるなら同じ場所を競うより、分担した方が建設的だと思いませんか?」
せっかくスペアもいる事ですしねと言うと、「そうか、そうだな」と呟くような声がした。
優しい風が吹き抜けていき、そろそろチャールズとフランシーヌの元へ戻るべく立ち上がった。
「では僕の供給源の元へ戻りますので。失礼します」
そのまま姿を見ないようにしながら、僕は踵を返して戻っていった。
物陰で建物に寄りかかりながら座っていたハリソン殿下は手で頬を揉みながら「顔の筋肉…クククッ」と笑い、空を見上げて考えに耽った。
***
足早に戻りチャールズを探すと、見知らぬ男女に遠巻きに囲まれていた。
「下賤な身のくせに後継者になったという?」
「伯爵様も気の多い方だったのね」
「取り繕っても滲み出る品性の悪さは隠せませんわよ」
「不相応よね。図々しいったらないわ」
聞こえよがしに取り囲み、クスクスと笑い合う醜さに僕の機嫌は急降下だ。
僕はため息を盛大につき、少し大きめの声で囲みの背後から言い放った。
「では彼にそっくりで、彼の有能さを見抜いて後継に据えた伯爵様にそのように伝えるとしよう。…ねぇ?分家筋の皆様方?」
囲っていた集団は勢いよく振り返り、反論を口にしようとしたが、その前ににっこりと微笑み、追加しておいた。
「チャールズは、僕も伯爵もお気に入りなんだよ。未来の義弟をよろしくね?(訳:伯爵と次期侯爵が付いている義弟に喧嘩売るってんなら分かってるよなぁ?あ゛?)」
振り向いた面々は息を呑み、顔を青くさせてバタバタと去っていった。
「バタバタと…下品な奴らだ。すまない、チャーリー。直ぐに戻ってきたつもりだったが大丈夫だったか?」
素早くチャールズの側へ寄った僕は、チャールズの服装や怪我の有無を確認してホッと息をついた。
「いや、大丈夫エリオットの毒舌で慣れてるし。いっそもうちょっと捻りが出ないもんかなって観察してたくらいだよ」
その言葉に心外だと言うように片眉を上げると、「自覚はあるでしょ」と笑われた。
チャールズの評価が若干気になったのだった。




