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僕がチャールズを連れて、フランシーヌの元へ戻ると、後ろに連れていた人物を目にした瞬間に、頬を強張らせて手を握り込んでしまった。そして僕の後ろで申し訳なさそうに眉尻を下げ、俯いてしまうチャールズ。
間に立ってる僕は苦笑しかなかった。
「えーーっっっと。そこの君、また申し訳ないんだけど人払いしてくれる?今度は2人きりじゃないからドアも閉めてね?」
言われた侍女は、問うような視線をフランシーヌへ投げかけた。
「…そうしてちょうだい。大丈夫よ」
フランシーヌの一言に、侍女は気遣わしげに見つめた後一礼して出て行った。
他に人がいないことを確認してから、僕はフランシーヌの側に寄り、優しく声をかける。
「フランシーヌ、こっち向いて?そして僕の手を掴んでくれるかな?」
「は、はい」
僕とフランシーヌは両手を繋ぎ、目を合わせた。
「フランシーヌは伯爵が内緒にして居ることを聞きたい?」
「え?お父様の?…いいえ、それが大事なことなら、聞くべきでは無いと判断なさったお父様を信じますわ」
「それが家族の危機に関する秘密でも?」
「それはっ…」
黙り込んでしまったフランシーヌの両手を、胸元まで持ち上げてキュッと力を込めた。
「僕は知った方がいいと思う。けど知ったからには誰にも気づかれてはいけないし、伯爵本人にも知っていることを言わないで。ただもし夫人に言う場合、同じように内緒にしなきゃいけないから、ちゃんと釘を刺さなきゃなんだ。それを決めるのも、釘を刺すのもフランシーヌの役目になるんだけど、出来るかな?」
フランシーヌは迷うように視線を彷徨わせて、眉を寄せて黙り込んだ。ややあって僕に視線を戻すと、はっきりと「聞きますわ」と返してくれた。
自分で取った体勢とはいえ、何という破壊力なんだフランシーヌ!落ち着け〜と深呼吸してから僕は口を開いた。
「結論から言うと、チャーリーは伯爵の子じゃない」
2、3度目をパチクリしたフランシーヌは、顔の強張りがなくなり、小首を傾げた。
「どういうことですの?」
と僕の背後にいたチャールズに視線を向けた先で、困り顔のチャールズがもじもじとしていた。
「か…彼は伯爵の近しい身内の子供だね。おそらく兄弟かな?もういないらしいから、病気か事故に遭って最近亡くなったんじゃないかな?」
「そうなんですの?」
とチャールズにフランシーヌが問いかけると、チャールズは驚いた顔を僕に向けて、大きな声で「知ってるんじゃなかったのか!」と叫んでいた。
「ん?僕知っていると一言も言ってないよ?まぁここまで分かっちゃったから、どっちでも一緒じゃないかな?それに君がどんな選択をしても、応援するのは変わらないんだし?」
口をパクパクさせたチャールズに、にっこりと微笑みを送ってみた。盛大にため息をついたチャールズは、諦めたような顔でフランシーヌに答えた。
「俺は伯爵様の兄の息子なんだよ。父さんが言うには、母さんを愛してしまったから、家を捨てたって言ってた。弟には迷惑ばっかりかけて申し訳ないっていつも言ってた。ずっと連絡とってなかったから、手紙一つで飛んできたときにはすっごく驚いてたよ」
「そうなんですの。なぜお父様は秘密に…?知っていましたら力になりましたのに…」
「微力ではありますが」と呟くフランシーヌを長椅子に座らせて、僕は横に座った。チャールズは1人がけのソファに促して座らせたところで、予想を口にした。
「恐らくだけど、伯爵様のお兄様と連絡を取り合った後に、僕とフランシーヌの婚約が早々に整ったんじゃないかな。それで後継問題が持ち上がってたところに、最も近い血縁の子が目の前に現れた。そして思った以上に利発だったと。養子の話を相談する前にお兄様が亡くなってしまって、その上母親が病気だったから一先ず後継として迎えて見たというとこかな?お母さんはもしかしたら後継になる事を了承したのかも」
「「えっっっ」」
「まぁ後継なんかは後々変更できるし、一先ずそう言って取り込んでしまった方が問題は少ないよね。後々市井での生活を選択しても、出奔てことにしちゃえばいいんだし。ややこしいのは伯爵家を狙う分家筋じゃないかな」
「そう言えば婚約が決まってから、お茶会とか昼餐会に子供連れで来られる人が増えていましたわ」
「伯爵は後継問題から解放される。チャーリーは伯爵家で手厚く保護できる。いい事づくしだね」
「でも私とお母様はっっっ」
「そうだね、そこの配慮が足りなかったよね。なんというか、タイミングが悪かったとしか言いようがないんだよ。許して?フランシーヌ」
そう言うとフランシーヌは、困り顔で「仕方ありませんわね」と頷いてくれて、チャールズに向き直ったフランシーヌは素直に謝罪を口にした。
「そうとは知らず、ひどい事を言ってしまいましたわ。ゴメンなさい、チャールズ」
「そんな、良いって!俺こそっ誤解してるなんて思ってもなくて!」
「そうだよね。お母さんを治療院に連れて行かれて、気がついたらココだったんだもんね。伯爵には口止めされてるし、周りは怒ってるし無言にならざるをえなかったよね」
ははっと笑うとフランシーヌが、オロオロして「私ったらなんて事を!」と慌てだしたので手を取って落ち着かせる。
「それじゃ本当の弟のように仲良くして、助けてあげたら良いんじゃないかな。貴族の世界なんて知らないだろうしね。手近なところでは、夫人にうまく橋渡しすることかな?頼めるかな?」
「分かりましたわ!チャールズ、いえ、チャーリー、今日からお姉様と呼んで頂戴!」
「え!おっっっっっおねっ」
「僕は姉上という呼び方もありだと思うよ、チャーリー」
「うん、そっちのが呼びやすそうでいいな。あ………“姉上”」
「ところでチャーリーは何歳なの?」
「それが、同い年ですわ。私の方が先に生まれておりますので、“姉”で間違いありませんが」
「そうなんだ、じゃ学園には一緒の学年で通えるんだね」
「学園?」
「貴族と頭の良い有望な平民が、勉強のために通うところだよ。13歳から15歳までの3年間通うんだよ」
「へぇ、そんなところがあるんだ」
「ま、こう言うとこも知らないから、一から教えなきゃだよフランシーヌ」
「そのようですわね。明日からでも家庭教師をお願いしましょう。不安でしたら私と一緒に受けたら良いですわ」
「フランシーヌは頼られると、頑張っちゃう可愛い人なんだよ。何も言わないと偶に暴走するから、考えたり感じた事はちゃんと口にしてね」
「またエリオット様はすぐにそんな事を!」と真っ赤になるフランシーヌを心ゆくまで愛でたのだった。
***
後日聞いた話だが、夫人が引きこもっている私室に突撃したフランシーヌは、たっぷりと話し込んだあと、私室から2人して出てきてあっという間にチャールズを捕獲し、庭でチャールズを挟んでお茶会を急遽開き、和解したそうだ。
そして遅くに帰宅した伯爵を、そっぽを向きながら無言で抱擁していたとか。「ちゃんと言ってくだされば良いものを!」ってとこかな?
そして何故か伯爵から、カフスボタンを贈られた。どうやら察しがついてしまったようだ。さすが義父上だ。
僕は頂いたカフスを、ウィズリーに大切に保管するよう指示をしたのだった。