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それから1ヶ月が経過して、フランシーヌとまた孤児院を訪問した。
入り口に降り立つと同時に聞こえる笑い声や、心地の良い騒がしさに嬉しくなって、フランシーヌと顔を見合わせて微笑みあう。
中に入り、遊戯室へ進むとみんな笑顔で並んで出迎えてくれた。
服もほつれがなく、心なしか皆以前より頬の丸みが増えた気がした。マーサが子供達に「せーのっ」と言うと
「「「「ようこそいらっしゃいました!」」」」
と大きな声で歓迎の言葉をくれた。
フランシーヌはニコニコ笑顔で「お邪魔致しますわ、よろしくね!」と返していた。今日も安定の可愛さだ。淑女の被り物はお留守かな?と僕も笑顔で見つめてしまった。
子供達は口々に「夜安心して寝られるようになった」「ご飯が美味しいんだよ」と。
何気ない一言に、これまでの苦労が偲ばれる。
マーサは子供達を何人か腰に引っ付けたまま、こちらへ寄ってきて話をしてくれた。
「皆良い子でよく食べてくれるし、こんなに元気になってくれましたよ。夫のバートも共に子供達と遊んでます」
フランシーヌは嬉しそうに聞き、心配していたことを尋ねた。
「人手はどうでしょうか?やはり足りませんか?」
「それが年長者の子も一緒に見てくれるし、手伝ってくれるから、今のところ問題ないんですよ。庭いじりも遊びながら学びながら、楽しそうに手伝ってくれるので有難いやら申し訳ないやらです」
「まぁ、そうなのですね。子供達の危険や負担が無ければそのままで良いのでは無いかしら?みんなはどうかしら?」
「イヤイヤじゃないのー」「褒めてくれるのー」と腰に引っ付いていた子供達が笑いながら答えてくれる。
「ですってよ?院長」
「えー!マーサおばさん院長なのー!?」
「やめとくれよ」と恥ずかしそうに言うマーサの腰や腕に、どんどん子供がひっついていく。それでも倒れないマーサにちょっとびっくりしつつ、僕は肯定した。
「これからずっとみんなと一緒だよ。悪いことしたらこってり絞られるから、ちゃんと言うこと聞いてくれよ」
「「「「はーーーい!」」」」
***
それから院長室に移り、マーサと夫のバートを交えて4人で話すことにした。
院長室へ入ると中を見渡して、思ったままの感想を口にする。
「この部屋をあまり使っていないのですか?」
マーサは苦笑しながら答えた。
「子供達といる方が多くて、ここには殆ど居ないんだよ」
「まぁ院長室は、それで良いのかもしれませんね」
院長室にある応接ソファに座ると、フランシーヌの侍女が手際良くお茶の準備を始めてくれたので、しばらく歓談しながら休憩を入れた。
お茶を飲みつつ、少し肩の力が抜けたところでフランシーヌが徐に口を開く。
「楽しく運営されているようで何よりですわ。みんなの笑顔を見て安心しました」
「みんな今まで辛いことが多い子供達だったからね。笑顔でいてくれる事が一番だよ」
「そうですわね。ではそろそろ次の段階に進もうと思いますの」
「あぁ、文字のお勉強だね。大きな黒板が届いたときにはビックリしましたよ」
その時のことを思い出してか、快活に笑うマーサ。僕はちょっと気恥ずかしくなって頬を掻く。
「勉強で使うのも良いけど、落書きしたりというのも楽しいかと思って、つい大きいものを頼んでしまいました」
口々にそれも楽しそうだね、などと言ってくれてちょっと安心した。
「机は明日届くと思います。折りたたみ式にしましたので、不要な時は畳んで倉庫に入れておけますよ」
「それは良いねぇ、明日見るのが楽しみだよ」
笑い合うなかでフランシーヌが可愛く咳払いして脱線した話を戻した。でもねフランシーヌ、「コホン」って言っちゃってるからね?
「では、文字のお勉強は月に2回、私が先生になりますわ。もしできましたら文字のお勉強、職員の皆様も交ざって一緒にやりませんこと?」
「ワシらも入って良いんで?」
静かに見守っていたバートが、びっくりした顔で思わずと言ったように声を上げた。
「もちろんですわ。みんなが簡単な文字を覚えたら、その日あったことを日記に書いたり、お手紙で気持ちを伝える事が出来ますわ。きっともっと楽しくなりますわ!」
「お手紙…それは良いねぇ。子供達からもらえたら宝物さね」
「ワシも貰いたい」とバートも賛同する。
やる気が一層増したフランシーヌは、両手を握り込み目を輝かせて言った。
「じゃ、早速今月から準備して次回訪問時に間に合わせますわね。……あ、それと報告と相談ですわ。
前院長と関わった職員達は、司法のもと正当に裁かれまして、院長は犯罪奴隷に。その他職員は鉱山などで強制労働となり、横領分を強制返金となりました。私財は全て没収・売却が済みまして、やっと全て揃いましたの。
一部無理やり働かされていた子には、改めて労働分の対価お渡しすることになります。
なので資金も豊富に有りますし、子供達に還元出来ればとお父様とお話ししておりましたの。何かやりたい事は有りまして?」
マーサとバートは顔を見合わせて考え込んだ。するとバートが頷いて口を開いた。
「可能だったらで良いんだが、日当たりの良い場所を選んで、畑を作っても良いかな?あと低木を一部無くして果樹を植えるのはどうだろう?みんなで作って、みんなで美味しく食べるのが夢だったんだよ」
そう照れながら言うバートに、僕もフランシーヌと笑顔で頷き合った。
「とっても良い夢ですわ!直ぐに用意しましょう。畑はバートさんにお任せしますわ。植えたい野菜は、厨房担当の職員と相談でどうでしょう?」
「あと、端切れや布とか、糸もあれば嬉しいさね。可愛いアップリケや簡単な小物を作ってやりたいんだ」
「それも良いですわね!子供達に教えるのも楽しいかもですわっ!どうしましょうエリオット様、やりたい事が沢山有りすぎますっ」
振り向き様に可愛いの化身に顔面をやられて、喉が鳴ったが咳払いをしてなんとか誤魔化して耐えた僕は、静かに深呼吸してから答えた。
「ひとつずつやっていけば良いさ。ここは君の管理する場所で、相談できる職員も、もちろん僕も居るしね」
「そうね、楽しみだわ!よろしくねマーサさん、バートさん。エリオット様もね」
そして相談の結果、果樹は手入れが簡単なマルベリー、ブルーベリーと小さなリンゴが実る木、畑は種を数種類。畑を作るための道具はバートが持っているとのことなので、必要なレンガと裁縫用の端切れと、針と糸も併せて手配することで纏まった。