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時間差連投すみません。
小手調べな受難、始まります。
小脇に抱えられたまま連れてこられたのは、だだっ広い地下室だった。
装飾のない石造りの地下室は、高い位置に横に細長い採光のための窓があり、そこから入る光で時間を感じることができる。
部屋の片隅には2メートル四方ほどの絨毯が敷かれて、その上にベッド、サイドテーブルにランプ、衝立があった。
そこで寝起きしろということなのだろうかと、まるで囚人じみた扱いに文句を言う暇などなく、有無を言わさず着替えさせられて模造剣を持たされた。
人が待機している部屋の中央まで出ると、嬉々として1列に並び、それぞれ模造剣を手にしていた。
「それでは朝の剣術、小手調べに一人5分8人抜きを始めま〜す!では礼!」
戸惑っているうちに勢いよく下げられる頭に、反射のように軽く下げてしまった。
構えられる剣に息をつく間も無く斬り込まれた。
『はッッッ、速い!!!』
何度も切り結んだり、咄嗟に変な姿勢で避けたりした。
真剣に構えたら「チーーーーーン」となんとも気の抜ける音が響いたかと思うと、「はい次〜」と選手交代される。
「ずっずるいぞ!私も交代っっ」
「はい!次、エリス行きまーす!てぇい!」
「ちょっっっまっっ!!!」
こうして45分近く費やして、本気で切り込んでくる連中を相手にした。
『予測不可能な動きをする相手との交戦が、これほど辛いとは…』
片膝をついて休憩をとっていると、カチカチ音が鳴る。
『ちょ、スタミナやばくない?』
『反射神経もダメダメ!』
『寝不足だからじゃ?』
『誰と練習してたんだろ?騎士見習いってこんなもの?』
「な…なんだ?」
「「「「「いいえ〜?」」」」」
またニコラウスの息が整いかけると、同じ訓練が始まる。
散々模造剣でやりあったかと思えば、即座に回収されて、剣術をしていたメンバーは退出していき、入れ替わりに折り畳みのマットを持ったメンバーが入ってくる。
隅に寄って壁に寄りかかりながら休憩を取ると、侍女のお仕着せを着た同い年ほどの若い女性がレモン水を持ってきてくれた。
「あ、すまない……いただこう」
冷えたレモン水を飲み下していると、侍女は気遣わしげな視線を向けてくる。
何となく気恥ずかしくなって俯くと、綺麗な濡れタオルで額の汗を優しい手つきで拭ってくれた。
そっと窺うと目が合ってしまい、恥じらうように目を伏せられる。奥ゆかしいなと感じていると、乾いたタオルと美味しそうな肉が挟まったサンドイッチを渡されて下がって行った。
何となく癒しを感じた30分程度の休憩が終わると、腕を引かれて敷かれたマットの上に出される。
強引に座らされると、2人1組になって念入りな柔軟が始まった。
「いだだだだだっっっ!股間が!足がぬけっっ抜けてしまう!!」
柔軟が終わると、ニコラウスにだけ厚めのサポーターをつけられた。
「こ…これは?!」
「では拳術と柔術混合小手調べ8本勝負行きま〜す!」
「え?拳…?!」「でぇぇぇぃ!!」
「わぁぁ!!!なっ!飛び上がるなどとっ!」
「てぇぇぇやぁ!!」
「待て待て待てーー!!」
****
ッチーーーン。
「ぜぇぇぇぇっっっっはぁぁぁぁ……」
絶え間なく動いた身体には、冷たい石造りの床が気持ちよく、床に張り付いていると、ホワッとした温かな湿った空気を感じた。
顔だけ何とか動かして向けると、バスタブが持ち込まれていた。
「浴槽の準備が出来てございます。汗をお流しになりませんか?」
よく見るとレモン水を持ってきてくれた侍女が、微笑んでいた。無様な姿は見せられないなと思って、重い体に鞭打つようにして起き上がり、フラつかないように気合で立った。
「ああ…ありがとう……お言葉に甘えよう」
その侍女は「手伝いますか?」と聞いてきたが、家ではよく一人で汗を流していたので遠慮した。
疲れを取るようにゆっくりと風呂を堪能して、用意されていたタオルで拭き、部屋着に袖を通すと、タイミング良く侍女とバスタブを持っていくのであろう男の使用人が数人入ってきた。
手際良く片付けていく様を見ていると、「こちらをどうぞ」と、また同じ侍女がいつの間にか用意されたテーブルと椅子の方へ誘導して紅茶を用意してくれた。
「…美味しい」
素直な感想を口にすると、はにかんで一礼をして下がって行った。
身も心もほっこりしていると、対面に置かれたもう一脚の椅子にどかりと人が断りもなく座る。
眉を顰めると、テーブル上に盤上遊戯が開かれて置かれ、着々と準備された。
「あ…あの?」
「では夕食までの2時間で、これを使って戦術訓練を始めまーす♪」
「ふんっっこんなオモチャで何が」
「そういうのは一度でも勝ってから言いましょー♪始めるよ?」
──1時間後
盤上遊戯の前に突っ伏すニコラウスと、それを面白そうに見つめる対戦相手という光景が広がっていた。
「優勢だったはず……ではないのか?!」
「え〜?しょっぱなの陽動?あれで優勢とかあまちゃんだね〜〜!アハハハハ!んで、このオモチャが………何だって?」
「ぐぅぅっっっっ!くそっ!もう一戦だ!」
「はいはーい。んじゃ選手交代ね?」
「はい!エリス頑張ります!」
「なっ!逃げるのか!!!」
「俺よりエリスは優しぃ〜から、勝てるかもよ?」
「クッ!これに勝てば潔くテーブルに着いてもらおう!」
「はいはーい。んじゃスタート!」
──また1時間後
「エリスの勝ちですー!」
「なっっっ!なぜいつの間にこんな所に敵兵が!」
「えっへん♪」
「そんなズルでは無いのか?!」
「も〜、ちゃんとした(裏)技ですよ?」
またも突っ伏してしまったニコラウスを他所に、さっさと卓上を片付けると夕食が運ばれてくる。
体も頭も動かしたからか、お腹が素直な音色で訴え始めた。
ぐぅぅぅぅ……
透明な黄金色のスープに、水々しい葉野菜の上にスライスされた香り高いブラウンマッシュルームのサラダ、美味しそうな狐色に焼かれた鶏肉、細かく切った野菜が鮮やかに彩る柔らかなキッシュが湯気を立てている。出来立てなのだろうか?
思わず喉がゴクリと鳴り、次々に手をつけた。
『さすが侯爵家の料理人…!』
新たに口に入れては大きく目を開けるニコラウスに、ニコニコと笑顔を向ける侍女と目が合うと、バツが悪くて落ち着いて食べるように心がけた。
食事が終わって一息つくと、紙束がドン!と置かれた。食事の余韻に浸っていた目を瞬かせて、そちらに注視しているうちにインク壺やペンがポンポンと用意されていく。
「はい、次は本日の鍛錬別で気づいた点、改善点を報告書形式で書きましょう。書式は問いませんが、簡潔に、順序立てて、分かりやすく、見返した時に困らないように気をつけてください。では、始めてください」
困惑しながら発言した者に目を向けると、有無を言わせない雰囲気が漂っていたので、取り敢えず書き始めてみた。
「……あなた、書類に擬音を使ってどうするのです?
“ビュン!と切り込まれた”…?これで後ほどどう分かれと?ふざけないでください」
「いやっ、だがこう…ビュンと…」
「それでいうと右上上段から左肩に向けてという事ですね?」
「…!そうです!ほら分かる「わけないでしょう!ジェスチャー付きでやっとな文章は認めません!」……はい」
「早く書き終わらないと、睡眠時間が減るばかりですので、お気をつけください」
「え…!」
「さぁっ!書きなさい!」
「……はいっ」
それからとっぷりと日が暮れて、真夜中に差し掛かった頃に解放されたニコラウスは、フラフラとベッドへ倒れ込むように突っ伏し、あっという間に夢の国へ旅立つのであった。
食後にタンパク質と卵料理。
あ、ムキムキになるはずですね...!(´-ε -`)