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ニコラウスの受難編、身勝手な妄想など不要だ!という方は次のページへどうぞ〜
王族の側近くに仕える近衛騎士や、騎士団の武官や団長を務める人材を多く輩出するプロバースド伯爵家に生まれたニコラウスは、自身の父も騎士団長に就いていることから、3歳から木の棒を握り、5歳で木刀を手にした。
弟はいたがその頃まだ1歳と小さかったこともあり、一人でよく振り回していた。
偶に騎士団長である父に練習を見てもらい、「お、筋がいいな!」と言葉をもらい、鼻を高くしてしまったのがいけなかったのだろうか….
「俺には才能がある」
周りに得意げに話しては、ただただ棒を振っていた。
その頃によく家に招かれてやってきていたブロウズ伯爵が、初めて娘を連れてきた。
「メイアン=ブロウズです」
ちょこんとスカートを摘んで頭を下げるメイアン嬢は、金茶のストレートの髪をハーフアップに纏めて、淡いオリーブグリーンのワンピースを着ていた。
父親に似たのか、彫りの深い目鼻立ちは近寄り難く、気位が高そうに見えた。
「ニコラウス=プロバースドです」
お互いに「よろしく」とは言わずにチラッと視線を送る程度で初顔合わせは終わった。
後から父に聞いたところ、
「我が家の次代の婚約者にと思っている」
と言われ、あまり印象が良くなかったのもあって、顔を歪めて不満を溢すと、父は穏やかな表情のままで
「まだ(次代がお前とは)決まっていない」
と言った。
『なんだ、じゃ代わることもあるのだな』と納得したのだが、折を見てはメイアン嬢はよく訪れるようになった。
お互い素っ気なく一通りの挨拶が済めば、メイアン嬢は練習しているところを覗きにきたり、母とお茶をしたり、まだ小さい弟や妹と戯れていた。
そうして変わらない日常を過ごすうちに、8歳となったニコラウスは、ある日母が騎士団の公開訓練を見に行くと言うので着いて行くことにした。
公開訓練では、観覧席には若い令嬢方が日傘をさしながら、頬を染めて熱心に練習を見ていた。
「母上、彼女達は親族を見にきているのですか?」
「え…?あぁ。いいえ、お目当ての騎士を見に来ているのよ」
悪戯っぽく笑う母から、令嬢方の方へ視線を移すと、1点を見つめて騒いでいたので、ついその視線の先を辿ってしまった。
視線の先には、班長や隊長などが集まっていて、その中でも細身で長身、見目もいい騎士に集中しているようだった。
『なるほど、ああ言ったのが人気なのか』
異性を意識し始めた年頃だった事もあり、そこから筋トレを減らし、見た目を気にし出した。
短く切りそろえられていた髪を伸ばして、前髪から頭頂部にかけてを立ててみたり、撫でつけたり。
そんな変化を母は「そう言うお年頃かしら」と傍観し、父は「一過性のものだろう」と仕事の忙しさもあり、放置した。
10歳になった年、王家のお茶会に呼ばれて、弟と二人で出席した。
プロバースド伯爵家は第一王子派なので、会が始まるとハリソン殿下の元へと急いだ。
ハリソン殿下は誰に対しても微笑みを崩さず、嫌な顔一つせず対応していた。
チラッと見たが、マティアス殿下とは天地の差があるなと、どこか誇らしく思った。
やっと順番が回り、弟と共に挨拶を済ませると、ハリソン殿下を取り囲む一員に加わった。
弟は他に挨拶に行ってしまったが、まぁ良いかと見送った。
それから会が終わるまで周りに侍り、近くにいた同年代の子に挨拶をしながら、ハリソン殿下の一挙手一投足を褒め称えた。
会の最後に殿下方が挨拶する際、何処か一点に視線を向けていたので、視線を辿ると後ろの方に居た3人組だった。
『挨拶も3人で来ていたな…』
するとその中の一人が肩を竦めると、そっと出て行った。
『なんだ、失礼な奴め』
あんなヤツ選ばれないだろうと鼻で笑い、気にするのをやめた。
父が騎士団長で陛下や王妃様と仲が良い事もあり、翌日には声がかかるだろうと高を括っていたのだが、一向に連絡がない。
1週間が過ぎたあたりで、ニコラウスは父に尋ねた。
「あの父上、ハリソン殿下かもしくは王宮から知らせはありませんか?」
「知らせ?お前に?ないが?」
「それは弟にもですか?」
「…….ああ。来ておらん」
あからさまにホッとした表情を浮かべるニコラウスに、何か思ったのか父は眉を寄せて黙って見極めるようにニコラウスを見つめた。
「父上….?」
「いや、何もない。下がって良い」
重いため息を吐いた父を背に自室へ戻ったニコラウスは、きっともうすぐだと信じて、短い自主練に励んだ。
2週間が過ぎた頃、落ち着きなくうろつくニコラウスに呆れた父が、共に王宮へと連れて行った。
父の背について行った先には、王妃様が居て、勧められた向かいのソファに父と共に座った。
「これが愚息のニコラウスです」
「お初にお目にかかります!ニコラウス=プロバースドです。お見知り置きください!」
「まぁ…クスクス。元気がよろしいこと」
「失礼いたしました。ニコラウス、声を抑えなさい」
緊張のあまり大きな声で挨拶をしたので、父には窘められたが、王妃様には好印象に受け取られたと思ったニコラウスは、笑顔で座り直した。
「それで…ご相談の件ですが、如何でしょうか?」
「そうねぇ、今一人見つけたみたいで楽しそうにしているのだけれど。騎士団長の貴方の頼みですし………宜しいわ」
「申し訳ございません。ありがとうございます」
何やら難しい顔で話す父を見て、ニコラウスは内心で首を傾げていたが、まず見極めが必要と連れてこられたのではないかと思い、内容に真剣に耳を傾けることなく始終笑顔で姿勢良く会談を見守っていた。
翌週、王妃様からの手紙が届きニコラウスは意気揚々と王宮へ向かった。
通された先では王妃様がおり、ニコニコと微笑んでいた。
「どうぞ座って?」
そっと示された席に座ると王妃様の指示でお茶が出される。それを恐縮しながら頂くと、王妃様は話始める。
「今ちょっと忙しいみたいなのだけど、私からの口添えで候補として紹介することになるわ。その先はあの子が決めること。それは納得して頂戴ね?」
「はい、誠心誠意頑張ります!」
「まぁ……ホホホ…あ、来たみたいね」
そう言って視線を扉の方向へ向けた王妃様は、手招きをして来客を呼び寄せた。
「母上、お呼びとのことで…?」
「ええ、まぁ先ずは紹介からね。プロバースド伯爵家のニコラウスよ。あなたの側近候補としておいて欲しいのだけど」
「プロバースド伯爵家と言えば騎士団長のですか?」
そう言った来客ーハリソン殿下は、立ち上がったニコラウスに目を向ける。
「プロバースド伯爵家、長男ニコラウスです。お久しぶりでございます!」
「ああ……えっと、お茶会以来かな?宜しく。それで母上、候補と言うことですが、その先は…」
「先をどうするかはあなたが決めて結構よ。どうなるかは期待したい所だけど、今は忙しそうだし…ね?」
苦笑するハリソン殿下と和やかに話す王妃様に、ニコラウスは口を挟めずに発言する人の顔をキョロキョロと見回していた。
「敵いませんね。では取り敢えず連れて行きます。他にありますか?」
「いいえ、特に。通行書の発行だけ必要かしらね?あとはご自由に」
「では御前失礼致します。プロバースド、ついてきてくれ」
「あっはい!」
急に名前を呼ばれて咄嗟に返事をして、王妃様へ簡単に挨拶をすると、慌ててハリソン殿下の背中を追いかけた。
向かった先はハリソン殿下の執務室だった。
『さすが…!もう専用の執務室が…!』
青い壁紙と重厚感のある家具といった内装もさることながら、右側一面の作り付けの立派な本棚には難しそうな本が並べられていた。
表紙だけを眺めてみても、何のことかさっぱり分からなかった。
ほけーっと眺めていると「プロバースド」と呼びかけられて慌てていつの間にか執務机に座るハリソン殿下の前に立つ。
「母上の紹介ということで候補として扱うが、君が何を得意とするか、どんな風に私に仕えてくれるのかは分からない。暫くは側で見ていてくれ。出来ることがあれば自分から発言を。良いな?」
「はいっ!もちろんでございます!」
ハリソン殿下は、何か言いたげな顔をしていたが、またいつもの微笑みに戻り仕事を再開し始めた。
取り敢えず邪魔にならないようにと壁際に下がり、騎士のように見守ることにした。
第一王子の側近候補、父に褒められる才能、見た目も気にして、出来る男になっている事に優越感を持ったニコラウスは、ハリソン殿下の予定を聞き、執務室に居られる時にはずっと侍り聞き役に徹していた。
ある日ハリソン殿下に、来る時間を指定された手紙が届けられた。翌日にとは性急なことだなと思いながら、明日の支度を侍女に頼んでおいた。
翌日、指定された時間通りに伺うと、一人の男の子が執務机の前に立っていた。
アッシュブロンドの髪に、アーモンド型の目には深い藍色の瞳。細身でシャープな印象の彼はニコラウスに微笑みを向けていた。
「すまないね、急に呼び出して。早速だが紹介しておこうと思ってな。エリオット、こちらはニコラウス。先に母上からの推薦で、側近候補として側においている」
『ああ、同じ候補……新入りということか』
舐められてはいけないと、気を張りながらお互いに口上を述べ合った。挨拶が終わると、ハリソン殿下は自身の立太子についての予定を話しだした。
手土産が必要だというハリソン殿下に、疑問を持つ。
血筋的にも人柄的にもハリソン殿下以外は考えられない。手土産などなくとも、決まっていることだろう?と。
「必要なのでしょうか?このままでも一番可能性が高い殿下であれば、不要と存じますが」
そのままを口に出したのだが、どこか鼻白んだ空気が流れて、聞こえなかったかのように次々と話が進んでいく。
まるで文官が書類を持ってきた時みたいだと、思わず傍観してしまっていたが、気がつけばエリオットから退出の礼を告げて下がる所だった。
「さすがだね。楽しみにしているよ。ああ、君も下がって良い。ニコラウス」
「ぁ…はい、御前失礼いたします。殿下」
後を追うように執務室を下がると、前方を一人で歩くエリオットの後ろ姿が見え、焦る気持ちを抑えて声をかけた。
「オースティン殿!」
先を行くエリオットは足を止めて数拍置いた後、振り返った。
「何でしょうか。僕はこれから予定が詰まっているのですが?」
「オースティン殿は、本日から候補として侍るのだろう?俺はあのお茶会直後に王妃様より、騎士団長である俺の父上を通して賜った。貴殿は誰から?」
まずは候補に上がった経緯を聞こうと、しかし自身より上からだと陛下からとなるが、それはあり得ないだろうと思って尋ねたのだが、エリオットは淡々と返した。
「僕は殿下より直接お声がけ頂きました。こちらの都合上お返事は本日させて頂きましたが、同じく殿下を支える方に早々にご挨拶できてよかったです。さすが殿下の采配は早くていらっしゃる」
微笑んだまま答えた内容に、驚いて眉を顰めた。穏やかでお優しいハリソン殿下に選ばれておきながら、都合でお待たせしたという事実に、苛立ちを覚えたからだった。
「殿下のお声掛があったにもかかわらずお待たせするとは不敬な。貴殿には忠誠心が足りないのではないか?」
叱責するように言えば、「殿下が了承したことだ」と一蹴されてしまう。
ニコラウスが言葉に詰まっていると、エリオットは離れようとして動きを止めた。
「急ぎますのでこれで。ああ、そうそう、予め準備しておく事をお勧めします」
「…準備?何のことだ?」
準備と言われて頭を傾げていると、表情を消したエリオットが何の感情も浮かばない瞳を向けて説明を添えた。
「治水工事ですよ。殿下に同行するならあなたでしょ?僕はまだ幼いですから同行は難しいかと。他にやる事が沢山あるので、ついていく暇がないとも言えますがね」
「しかしそれはまだ話が上がっただけだろうっ」
「……あなた先に“侍って”いたと言っていましたが、何を見てたんですか?殿下がああ言えばきっと来月には、直接行く事になっていますよ」
「……そんなまさか…」
「まぁ信じるも信じないもお任せしますよ。ただ、話を振られて慌てている間に置いていかれない事を願っています」
驚いているうちに、踵を返して歩き去る背を止めることもできずに見送っていた。
あんな事を言っておきながら、エリオットはそれから3日も顔を出さなかった。久々に顔を出したかと思えば、学校についての草案資料、意見書、提案書…治水工事への提案書を携えてきた。
目の前でものすごい速さで決まっていく事に焦って頃合いを見て口を挟んだ。
「恐れながら殿下、このように候補となって日が浅く、私より年下の子供が持ってきた案を採用されるのは早計かと」
ハリソン殿下を思いそう忠言したのだが、ハリソン殿下はいつもの微笑みを向けたまま口を開いた。
「面白い事を言うんだなニコラウス。1つしか変わらない年下を子供と断じるなら、私にとって君も“子供”となるが?私は目指す先があるので、そのような事は気にしない。気にするのは有能かそうじゃ無いかだ。もちろんエリオットは私が有能と思ったから選んだ。
君はどうだろうね?ニコラウス。もちろん君を今は侮ってはいないが」
ニコラウスは何も言えなくなり、グッと押し黙った。
せっかく手にした候補と言う肩書を『年下だから要らない』と、言われて捨てられることがあり得てしまうからだった。
エリオットは話し終わるとまた早々退出していった。ニコラウスは何も発言できず、その日はいつもより早めに家に帰る事にした。