ジュリ&エリス-2
1ヶ月も潜入すると、“不審な動き”は浮かんできた。
時々呼びつける荷物も持たない商人風の男。
用心深く探ると、その男は山道に入っていき、獣道を通ると洞窟へ入っていく。
どうやら伯爵は山賊と通じて、特定の商会の積み荷を狙って襲い、被害報告を国へ上げて援助金をくすねているようだ。
被害にあった商会は複数あるが、ウィンダリア伯爵家の商会も上がっていた。
それを報告書に書いて、町外れから手紙を出すと、次の連絡があるまで待機となる。
「エリス、次の指示まで何する?」
「そうだね、単純な恋愛モノにも飽きたところだし……ねぇ、こんな小説を使用人の部屋から見つけたんだけど」
「どれ…?ふぅん……ほぅ」
エリスから渡された、手書きで厚さのない物語を読み終わると、悪い顔をしたエリスが呟いた。
「これのモデルってあの従者と…」
口角が勝手に上がるのが止まらない。
「そうだね、伯爵家の……」
「「実際に見てみたいね」」
そうして2人で伯爵邸に戻って行った。
***
人とは面白いモノで、状態を心情と誤認して相手を気にしだす…という事があるらしい。
潜入先の使用人の中で試したところ、単に2人きりになったり、作業中に触れる程度では何も発展しない。
けれど心拍数が上がった状態だと、好感を持ちやすいという事がわかった。
つまり直前に急いだり、慌てたり、恐怖を感じたり。
その事を用いて、エリスと2人でプランを考えた。
その名もベタベタ、
「山中でドキドキ!恋のプロローグ!」
というものであった。
近くの山中へ狩をしに行くところに着いて行き、ワザと案内ミスで迷う。
たまたま見つけた小さな山小屋で、従者と2人きりで待ってもらい、エリスは帰り道を探ると言って離脱。
そして私は野生の動物が好む、香茸や木の実を撒き、捕獲していた野生の猪を放った。
エリスが屋根上から威嚇して食事にありついていた猪の神経を逆撫でる。
猪は窓や扉近くで警戒音を発しながら、屋根上に向くために前足で壁を掻く。
山小屋の中からは「ヒィッ」「大丈夫です、私がお守りいたしますからっっ!後ろに隠れて!」
そんな声が聞こえた。
「エリス首尾はどう?」
「目論見通り、くっついて守り守られているよ」
「じゃ、次は緊張からの緩和だね」
威嚇をやめると、猪はまた食事を再開して、暫くすると満足したのかノソノソと山深くに帰っていった。
こっそりと窓から中を窺っていると、従者は真剣な顔で諭すように言っているところだった。
「俺が様子を見てきます。どうかここに居て待っていてくださいっ」
「お前まで居なくなったら…!いやだ、一緒に行く!」
「……そんなに頼りに……なりませんか」
「違うっ!そんなっっ!もし置いていかれてお前に何かあっても、ここで一人で朽ちるなら、今一緒に行っても変わらない。お前を信用している。だから一緒に行かせてほしいんだっ」
「…!は、はいっ…!仕方ないですね。では一緒に参りましょう。絶対に離れないでください」
手を取り合った二人は、警戒しながら扉を慎重に開けると、視線だけで辺りを見回して危険がないかを確認した。
そろりそろりと出て来て、野生動物がいないか、危険がないかを見終わると、ホッとしたように息を吐いて微笑みあい、また山小屋に戻っていった。
「どうかな?」
「いい感じだね」
「まだ手を繋いだままだもんね。無意識かな?」
****
2ヶ月後、任務も終わり侯爵邸に呼び戻された私たちは、エリオット様、ウィズリー様へ改めての報告と、それに労いの言葉を頂いていた。
「迅速に調べてくれて、証拠も見つけて保管してくれて本当に助かったよ。ありがとう。また近いうちに頼むと思うから、その時はよろしくね」
「「はい」」
「他に気づいた事とかあった?無ければ暫くは自由にしてていいよ」
「そう……ですね。物語上ではアリかと思ったけど、実際に見るとコレじゃない感がすごく湧き上がるんですね、男同士って。ね、エリス」
「そうだねジュリ。目の当たりにすると一層ね〜」
ピキッと固まったエリオット様とウィズリー様に目を向けると、顔色を悪くし引きつっていた。
「お、お前たち、何をしたんだ何を」
「ええっと、あ、こちら今回の個人的なプランと結果と考察です」
ピラリと出した紙を、エリオット様は奪い取ると、中に目を通した。
読み終わると項垂れながら、ウィズリー様に力なく手渡し、やや震えながらウィズリー様も目を通す。
「………ウィズリー、あそこの伯爵家は確か一人息子だったよな……」
「その通りでございます…今回の山賊との件が明るみに出れば…」
「婚約は破談。強制的に代替わりで王都には暫く来れないだろう」
重いため息を吐いたお二人は、遠い目をしたまま頷きあい、エリオット様が口を開いた。
「暫くは何もせず、余計なことをせず、大人しく過ごしてくれ。今後何かやる時は、ウィズリーに相談する事。いいな?」
「「はーい」」
***
ジュリとエリスが去った部屋にて。
「人に興味を持ちだしたのが、まさか変な方向に曲がるとは。今回のプランの件は見なかった事にしよう」
「承知いたしました」
「わざわざ同じ格好をするのは依存なんだろうが、離れる気もなさそうだ。これ以上被害を出さないように、なるべく潜入の時は別々の場所に行かせようか」
「それが賢明のようですね」
「はぁ、ジュリエリス姉弟は取扱注意だな。細かい調整は任せるよ。何かあったら言って、こっちからも手を回すから」
「お願い致します」
***
この一件から、別々の任務につかされることが増えた私たちだったけど、相変わらず顔を合わせれば2人で思いついたことを実験し、考察を話し合った。
「お前たち何がしたいのですか…」
というウィズリー様のお言葉に、キョトリと顔を見合わせると同時にニンマリと笑いあって答えた。
「「出来たての物語を見たい」」
素直な言葉に、ウィズリー様が頭を抱えていたけれど、どうしてかしら?