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そうしてウズヴェリアの王都を目指して、各地を回り、結局返信のない侯爵領は仕方なく飛ばして進んだ。
胸を締め付ける切なさを忘れようと精力的に動き、時々可愛らしい小物を見つけては、マリアンデールに宛てて手紙と一緒に送った。
そうして全ての旅程を終えて戻り、帰還の報告と各所へ挨拶を終えると、久しぶりに自身の執務室に入った。
窓から見える庭園に彼女の笑顔を浮かべて、ぼんやりと物思いに耽っていた。
暫くすると専属執事が来客を告げた。その名前に苦笑が漏れた。
「早いな、通せ。他は入れるな」
そう言ってまた視線を窓の外へ向けて眺めた。
「お久しぶりです、お帰りなさい。マティアス殿下」
食えない友人の声にパッと振り向いて、懐かしい顔に「戻ったぞ」と笑顔で迎えた。
軽口を交わしあいながら、ソファーセットに促せば、何故か「土産がある」と言い出したエリオットに怪訝な顔になる。…嫌な予感しかしないのだが。
案の定、並べられた大小の箱を前にして、どの土産からが良いかと聞くエリオットに、どれが地雷なんだと顔が引きつった。
自分から選ぶとえらい事になりそうな気がして、「軽いものから」と捉え所の多い答えで返したのだが、頭の回転の早い男は「気分?それとも…」と続けるのでその先を言わせないとばかりに「気分で!」と被せて防ぐ。
大きな箱を開けて、こちらへススっと押しやるエリオット。その中を覗くと、もうすぐ入学する学園の制服が入っていた。
「アカデミーで新たに開発された素材で作られた制服です。対防刃と、温度調整機能があります」
手に取るとしっかりしているのに軽く、手触りが良かった。そのままの感想を口にすれば、王族の儀礼服に使用されるとか。
これは各国でも注目されるだろう。素晴らしいと手にした制服をまじまじと見ようとすれば、「はい次っ」と遮られた。
「情緒もへったくれもないやつだな」
マティアスの不満など歯牙にもかけずに小さい方の箱に手をかけて開け、中から色々な瓶を並べていく。困惑を前面に出した顔で見ていると、淡々と説明される。
「まず、控えめな装飾が美しい瓶は化粧水、乳液といった美容に関するものです。そして背の低い円柱状の中は日焼けを抑えるクリームで、なんと美白効果もあるのだとか」
え?美容?美白??何故そのような女性が好みそうな物を並べて説明するのかがわからず、素っ頓狂な声が漏れる。
「そしてこちらはアカデミーの薬学科で、開発、完成いたしました、海近くの国で繰り返し起こる風土病の特効薬です!」
「なっっっっ!!!」
その瞬間、頭の中には公爵領での思い出が走馬灯のように駆け巡った。死んではいないが。
そしてその薬があれば、マリアンデールが感動するのでは?というか研究施設を見に来るのでは?とかそんな事まで浮かんでいた。
それもそうだがまず、この恐ろしく頭の回転が早く、何手も先まで予測して手を回すこの男にどこまで知られているのかが分からない。
やっと瞬きをゆっくりしてから、恐る恐る尋ねた。
「……お……お前、どこまで知って….」
「ふふふ。マティアス殿下。いえ、マシュー。君が連れて行ったのは誰だと?有能で優秀で、気の利く僕の“モノ”だよ?」
「…クッッいつそれをっっっ!」
「君が行ってから3ヶ月くらいかな?」
「直ぐじゃないか!」
「髪に口付けるとは、なかなかキザだねぇ〜」
「やめろーーー!!」
全部知っていたのか!あいつか?セリだな!余計な事まで報告しやがって!ぐぬぬぬっっ
唯一の友人と呼べる恐ろしい男に、全て筒抜けという事実に羞恥で頭を抱えて呻く。その間もエリオットがツラツラと述べる。
「…こちらは、お迎えするのに反対する人はいないんじゃ?」
マリアンデールに不足などない。あるとすれば俺の方だと言いたいが、顔だけエリオットへ向けて呻くように呟いた。
「婚約者が……」
エリオットは珍しくキョトンとした顔で「誰から?」と聞いてくるので、あの不快な物言いをしたスタンドールを思い出してしまった。
「婚約者本人だ。あまり近寄るなと……」
「成程。牽制されましたか。フフッ、マシュー……それ、正式なものじゃないよ?」
その言葉が飲み込めずに数度瞬きを繰り返すと、飛び跳ねる様に起き上がった。
「正式じゃ……ない?!」
マティアスの言葉に、エリオットがソファーの上に置いていた紙束を揺らしながら聞いてくる。
「そろそろ“物以外”が気になってくる頃合いかな?欲しいですか?それとも“俺なんか”って言っちゃうのかな?」
くっそー!腹立つー!!的確に突いて来るエリオットにイラっとするが、姿勢を正して向き合った。悔しさと、先が開けるかという期待で震えそうな顎を食いしばって耐えた。
「や……やる!何でもやってやる!エリオット、それを俺にくれ!!」
マティアスの覚悟を見てとったエリオットは、紙束を差し出して色々なアドバイスをくれた上に、手を貸すとまで言った。心強過ぎる言葉をありがたく受け取り、横へ置き、まずやらなくてはならない事を告げた。
「その前に、面と向かって口説きに行く」
「何度通えるでしょうかね?お勉強頑張ってくださいね」
そのわざと嘲るような表情もムカつくが、ここは抑えて無謀かもしれないお願いを口にした。
「頼むっっ、あの侍女をくれないか?」
友人と接してくれているエリオットに、頭を下げて頼んだ。人生で初じゃないか?とかそんな事を思ったが、どうでも良かった。
変な情報まで引っ張って来るが、有能で素性と気心の知れた人物が欲しかった。
「だそうですよ?どうする?セリ?」
誰もいないはずの空間に向かって投げられた声に、怪訝に顰めたが次の瞬間に返事が返る。
「はい、主様が宜しければ。お二人を近くで応援したいです」
天井の一部が外れて、そこから黒い衣服を着たセリが頭を出したかと思うと、軽く回転しながら降りてきた。
マティアスはその光景を唖然として見つめるしかない。王族の執務室に忍び込むとは何たることか。
しかし叫び出せば護衛が飛び込んできてしまう。
必死に声を我慢していたが、目の前ではホンワカと話す2人。マティアスは、もうツッコむのも疲れてソファーに突っ伏しクッションに顔を埋めた。
何やら「良かったですね」と言葉を投げられたがもうツッコむ気力が湧かなかったマティアスは、「よろしく頼む」とクッションに埋まった顔のまま返事をしたのだった。
以上でマティアス編終了とさせて戴きます。
短くするつもりが長々となってしまい申し訳ありません(汗
ここまで長いならシリーズとして別で立てた方がいいのかなとか色々と悩みました。
お付き合いくださりありがとうございました(*´∀`*)