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僕の可愛い婚約者の為ならば。  作者: ユウキ
幕間-マティアス編
102/110

-6

 ウズヴェリアの王都へ向けて出発する前日になった。


 いつも通りに接していても、お互い口数が心なしか減っていた。



「今日の晩餐は、正餐にも劣らないものを用意するってお父様が張り切っていたわ。皆正装するのかしら?」

「それは良いな。最後に綺麗なマリアを見たい」

「いつもは綺麗じゃないってこと?

 ……でもそうね、最後くらいちゃんとおめかしでもしようかしら?馬鹿にさせないわよっ」


「馬鹿にしたことなんてないだろ。心から楽しみにしている」

「そ、そう?じゃ、今日はここまでにしなきゃね」



 そう言って手についた土を払い、立ち上がるマリアンデールを、薬草園の畝の間でしゃがみ込んでいたマティアスはそのままの姿勢で見上げた。



「もう行くのか?」

「知らないの?女の支度には、時間がかかるのよ?じゃ、また晩餐で」



 クルッと背を向け薬草園から去って行く背中を見つめて、最後の晩餐という言葉に長く切ないため息を吐いた。


 ***


 黒のディナージャケットに身を包み、胸元に茜色のポケットチーフで彩りを添える。

 何か1つでも彼女の色を取り入れたかったが、用意する時間もなく、セリに頼んでせめてと用意してもらったのだ。


 自分の身支度を済ませると、晩餐までまだ時間があったが早く会いたくて、公爵家の家族それぞれの私室が並ぶフロアから、リビングなどの共有スペースのあるフロアに降りる階段の踊り場で待つ事にした。


 そうしていると次期当主のブライドが降りてきて、マティアスを視界に入れると、尋ねるように首を傾げる。

 それを何と言って良いか分からず、口元を手で隠して視線を彷徨かせれば、ニヤリと笑ったブライドはマティアスの肩をポンポンと叩いて降りて行った。


 どうしてこうも周りは聡いのかと頭を抱えていると、「マシュー?」と階上から声がかかる。


 その声にハッと見上げれば、美しく着飾ったマリアンデールが、ドレスのスカートを軽く摘み、階段を降りようとしているところだった。


 上半身はピッタリとした、スカートが控え目に広がる淡い浅葱色のプリンセスラインのドレスは、デコルテと肩、ふわりと広がる袖口を繊細な淡いクリーム色のレースのみが覆う。ウエストに回された絹のリボンも淡いクリーム色だ。


 光に照らされた淡いクリーム色が、自分の目の色かと錯覚してしまい、見惚れて固まっていたが、我に返って咄嗟に駆け上がり隣に並ぶと手を取った。


 一瞬呆気にとられた彼女は、数度その美しい瞳を瞬かせると、「エスコートしてくださるの?」と言いふわりと微笑んだ。

 取った手を、自分の腕に添えさせると、慎重に階段を降りていった。


 ダイニングルームに着くと、公爵夫妻もすぐに着き、気を利かせたブライドがマティアスとマリアンデールを横並びに座らせた。


 あっという間の滞在期間であったことに寂しさを感じること、公爵領内の取り組みを丁寧に説明してくれた事に感謝を述べて、楽しく話に花を咲かせながら最後の晩餐を終えた。


 **


 皆名残惜しげに会話しながら部屋に戻って行く中、マティアスはマリアンデールに手を差し出した。



「良かったら少し散策しないか?」

「ええ、喜んで」



 気取ってそう返され、重ねられた手をそっと握ると、2人して吹き出すようにして笑い合い、公爵夫妻に「お嬢様を少しお借りします」と断ってダイニングルームを出ていった。


 赤い絨毯の敷かれた階段を降り、タイル張りの廊下を進むと、ロッジャに繋がる。

 いつかの朝に会った中庭に出ると、海の香りが微かにする優しい夜風が2人を包んだ。


 ビーズを散りばめたかの様な星々の真ん中に、真珠を思わせる丸く白い月が、柔らかな光を放って辺りを照らす。


 朝とは違って神秘的な顔を見せる中庭は、違う世界に迷い込んだかの様だった。



「……美しい。夜もこんなに美しいとは思わなかった」

「でしょ?どこもそうだけど、中庭はよく時間を忘れて眺めてしまうのよ。たまに風邪をひいて、お母様に怒られてしまうのだけど」



 懐かしんで笑うマリアンデールに目をやれば、月明かりに包まれた中庭に咲く一輪の花に見えて抱き寄せてしまいそうになる。


 いつの間にこんなに惹かれていたのか。

 本当に短い間だったが、彼女はいつの間にかマティアスの胸の真ん中に居た。


 思いが溢れそうになる口をキュッと引き結び、壁泉に寄ると胸ポケットから茜色のハンカチーフを縁に敷いて、「座るか?」と尋ねた。

 ドレス姿でも快く応じてくれたマリアンデールに、ジャケットを脱いで肩に羽織らせてから隣に座る。



「これで夫人に怒られる心配はなくなっただろ?」



 そう言って視線を逸らせて笑えば、「ありがとう」と静かに微笑んでくれた。


 やがて他愛のない話をし、これからの旅程の話もした。会話が途切れて、壁泉から流れる水音だけが辺りを覆う。


 ややあって、水音に紛れる様な小さな声で彼女が呟いた。



「明日からもう居ないなんて、嘘みたい。何だかずっと以前から、マシューがそばにいたみたいに感じていたわ。おかしいわよね」

「俺もマリアと居ると自然でいられた。側にいるのが自然に感じてたよ」



 同じだなと笑えば、同意する様に彼女も笑い出す。



「またいつか来てくれる?いつでも歓迎するわ」

「……そうだな。いつになるか今は確約できないけど。また来たい。言っとくけど、社交辞令じゃないからな」

「本当ね?わかったわ」

「……明日、見送ってくれるか?」

「もちろんよっ。ふふ、じゃ、寝坊しない様にそろそろ行きましょう。マシューに風邪を引かせてしまうわ」



 立ち上がった彼女は、肩に掛けていたジャケットをマティアスに返すと、ちゃんと着る様にせかした。

 少し口を尖らせて渋々ジャケットに袖を通すと、またマリアンデールに手を差し出して、エスコートを願い出た。



「最後だ。部屋までエスコートさせてくれ」



 眉尻を下げたマリアンデールは、差し出した手にもう一度手を重ねると「お願いするわ」と寂しげに微笑んだ。


 あっという間に部屋に着き、マリアンデールに就寝の挨拶をした。

 寂しげな微笑みを浮かべる滑らかそうな頬に、思わず触れてしまいそうになり、慌ててごまかす様に手を隠して後ろ髪を引かれる思いをしながらもなんとか部屋に帰った。

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