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3話 転職したい……

「申し訳ございませんでした」


 土下座を止め、立ち上げってからもう一度謝罪を口にする。すると勇者が大丈夫だと頭を撫でてくれた。優しすぎないか? 勇者様は神様?


「おい」

「あ? 何だよナレーターって、いってぇ!」


 ナレーターが私を撫でる勇者の手を叩く。なかなかに良い音だった。痛そう。

 白魔道士がそっと勇者の隣に立ち、治療する。ありがとなと勇者に告げられ、嬉しそうに微笑んだ白魔道士は天使かな? かわいい。


「プレイヤーの様子はどうだった?」

「謝罪はなしかお前……。あー、気にしなくていいってよ。むしろ爆笑してたぜ」

「そうか」


 私がまっさきに謝罪しなければならないプレイヤー。フルオートスタイルを選択しているからか、このゲームのプレイヤーは私の失敗にも寛大だ。


 フルオートスタイルとはいわゆるすべておまかせコースだ。

 この"ゲームの世界"において、プレイヤーの行動スタイルは主に4つ。主人公役AIの支配権を完全に握る憑依スタイル、戦闘時はAIに任せそれ以外の平常時のみ支配権を得る半憑依スタイル、戦闘時のみ支配権を得て平常時はAIに任せる半オートスタイル、プレイヤーがゲームの進行に一切関与しないフルオートスタイルだ。

 フルオートスタイルではデフォルトのゲームストーリーを見ることができる。気分としてはそれこそ劇やドラマ、アニメを見ている感覚だろうか。


 もし憑依スタイルを選択するプレイヤーだったら、こだわりが強い人が多いため私はバグとしてさっさと消されていただろう。むしろどの行動スタイルを選択していたとしても、ここまで失敗を繰り替えすなら消滅が普通だ。

 だというのにこのプレイヤーは面白いからと私の存在を許容してくれている。もちろんフルオートスタイルだからだけでなく、プレイヤーの性格もあるだろう。私はプレイヤーにも仲間にも恵まれているのだとつくづく実感した。


「つーかなぁ、ナレーター。俺は音楽係には怒ってねぇがお前には怒ってんだよ」

「うまく事態は収まっただろう。怒られるいわれはないな」

「もっと他にフォローの仕方はあっただろうが! いつもいつも俺が不利になるようにしやがって」

「なぜキミが有利になるようにしなければならない? そもそもキミは優遇をしてもらえるようなタマか?」

「ああ!?」


 嘲笑するナレーターの胸ぐらを掴もうと勇者が手を伸ばす。しかしひらりと逃げられ空を切った。それがさらに勇者の怒りを助長する。


「逃げんじゃねぇ!」

「裏方である俺にすら躱されるとは、キミの勇者としての資質が問われるな」

「んだと!? 裏方って言ってもお前は元勇者だろうが!」

「すでに引退した身だ。今の俺はただのナレーターだが?」


 このゲームは会社の目玉とも言えるゲームのスピンオフだと聞いた。確かナレーターはそのゲームの勇者役だったはずだ。


 表で役を演じるAIたちはゲームごとに新しく作り上げられる。シリーズものの場合はその限りではないが、基本的にはどんな末端役だろうと新たに生まれた存在だ。

 それに対して裏方は、すでに何らかの理由で生まれ今は仕事がないAIが担当している。だから、ナレーターが元勇者というのも実はよくある話なのだ。


 ちなみに私は乙女ゲームの主人公のなり損ないだ。

 主人公、つまり私の容姿が決まってすぐにその話が流れたため、私以外にそのゲームのキャラクターは存在していない。私自身も消滅が決まっていたのだが、今の保護者に拾われこうして生活している。まだ1年にも満たない昔の話である。


「うわ凶暴勇者が裏方の仲間にまで暴力を振るおうとしてる。怖い」


 勇者とナレーターの舌戦に魔王が参戦する。


「ああ、勇者にあるまじき態度だな。勇者失格なんじゃないか?」

「勇者失格……村人A……?」

「うるせぇな! お前ら、いい加減口を慎めよ!」

「ごめんなさい。ついつい本音がぽろっと口から出ちゃうんだ。気をつけるよ。流石に勇者消えろは駄目だよね。心の中だけにしておくよ」

「慎めというが、俺は発言内容には気を付けている。どう言ったら勇者の気分を害せるか、それを常に考えて発言しているからな」

「……なあ、こいつら殴っていいか?」


 くるりと肩越しに振り返り勇者が問いかけてくる。私と白魔道士は揃って首を振った。暴力行為は止めてほしい。というか2人の煽りスキル、能力値カンストしてない? 異常なほど高い気がする。対勇者限定だけど。


「何!? 勇者! 殴るのか!? 殴るなら俺を殴れ!」

「だからお前は黙ってろ、変態剣士!」

「言葉による暴力か? だが残念だな勇者……浅い、浅いぞ! もっと深みのある暴力で愛を感じさせてくれ!」

「……なあ、マジで黙ってくれないか。気持ち悪いんだよ。お願いだから。頼むよ、この通り」

「……」


 突然剣士が目を見開き、勇者をじっと見つめたまま黙り込んだ。


「おい、どうした?」


 反応を返さない剣士に、頭を下げていた勇者が心配そうに声をかける。やっぱり勇者様は優しい。

 その問いに答えることなく、剣士は視線を勇者から自分の両手へとずらす。その手は何かの衝動を抑えるようにブルブルと震えていた。手を見たままゆっくりと口を開く。


「……お、俺はMだ。ドMだ。そのはずなんだ。なのに、なのに何だこの胸の高鳴りは……! 俺はっ、俺は……S、だった……?」


 え……?


「ようこそ! 新しい扉を開いたんだね!」

「勇者限定のドSの扉だな。歓迎するよ」


 思わぬ剣士の発言にあたりが静まり返る中、嬉々として魔王とナレーターが答える。今までで1、2を争うほど非常に嬉しそうだ。


「ふざっけんな! その扉は一生開けなくていいんだよ、さっさと閉めろ! そんで鎖を巻いて南京錠で鍵かけとけ! もう絶対開けるなよ!」

「ああっ!」


 石化から何とか回復した勇者が剣士をスパコーンと叩いた。剣士の表情は恍惚としている。無事に扉は閉められたようだ。良かった。


 それにしてもまたカオスな状態に……。気がつくと彼らはすぐこうなる。勇者と魔王に至っては激戦の後だというのに元気だなー。

 というか、そろそろ誰か止めて。私も白魔道士も彼らを止められる自信はない。無理だ。いや、頑張れば止められるかもしれないが、正直巻き込まれたくない。ごめんなさい、頑張ってください、勇者様。


「うるさいわよ! 静かにしなさい!」


 私の願いた届いたのか、上司がバーンと勢いよく扉を開けて入ってきた。一気に静かになる。あまりにも勢いが良すぎてドアが壊れてしまっているが、この際見なかったことにする。上司の腕力が怖い。


「ゴリラかよ……」

「勇者、あなた後で会社の裏に来なさい」


 勇者様あああああ!! それ思っても言っては駄目なやつです!


「流石勇者(笑)」


 ナレーターがすかさず勇者を煽る。嘲笑しているにも関わらず、(笑)も口にしていた。


「んだとナレーター!」

「褒められているのに怒るなんて勇者怖い……」

「ありえないな」

「アレのどこが褒めてんだよ! 馬鹿にしてるだろ!?」

「そんなことはない、俺は関心しているんだ。お前のその馬鹿さ加減は本当にすごいと思っている。俺には真似できないな」

「うん、すごいすごい!」

「完全に馬鹿にしてんじゃねぇか!」

「だからうるさいと言っているでしょう!!」


 今度は机が壊れた。

 実を言うと、会社の物が壊れるのは今月だけでも17回目だ。まだ中旬だというのにこの数字。ここは器物破損が絶えない職場である。こんな職場は嫌だという大喜利にありそう。私も嫌だ。転職したい。

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