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ラストオーダー by 段嘘

作者: 段嘘

どうも、段嘘(@OgDankyo)です。


今回は僕の大好きな写真と皆さんの大好きな食べ物がテーマのお話です。この話の中に散りばめられたありとあらゆるものに対して注意を払って読んでください。この部分にはどんな意味があるのだろうとしっかり考えながら読んでいただけると楽しめると思います!


できる方は縦読みを推奨します。ぜひ、お楽しみください。

ラストオーダー

段嘘


 日曜日の昼下がり、男はショッピングモールにある大きな広場にいた。広場では催しものが度々開催され、今回の内容はフリーマーケットだった。熱し過ぎたフライパンの余熱のような日差しが緩やかな熱風を作り出している。テントだらけの広場では、茶色いザラザラとした地面を上からみることはできない。


 男は掘り出し物はないかとマーケットを歩いて探した。砂利などで靴が擦れないか若干気になりつつも、いい買い物ができないだろうかとただただ練り歩いた。いらなくなった衣類やボードゲーム。手作りの革雑貨や家庭菜園か何かで収穫された野菜。どれもほとんど男の求めるものではなかった。


 だが1つだけ––、1つだけ気になる店があった。どこかの先住民族が作ったであろうジュエリーや刀剣、記念硬貨などを販売している一角があった。着古した衣類やいらなくなったゲームソフトなどを売っている他の店とは全く違う雰囲気を醸し(かもし)出していた。男はストーカーが女に引き寄せられるかのようにその店に向かって歩いて行った。むしろ、店まで来るように仕向けられたようだった。


 店を管理しているのは紺色の襟なしボタンシャツにグレーのチノパンを履いた男。服装が非常にシンプルで、販売しているものと雰囲気がマッチしない男だった。店の主人は顔に笑みを浮かべ、男に話しかけた。


「いらっしゃい。今日はかなり暑いですね」


男もそれに同意し、額の汗をぬぐいながら答えた。


「ええ、そうですね」


そして男は何かめぼしいものがないかと探した。この国ではもう使われることのなくなった紙幣や、美術品としての刀剣類。どれもフリーマーケットでは需要が生まれなさそうな価格帯だった。男は特に何かのコレクターだったわけでもなく、ただただ安く良い買い物ができることを願ってこのフリーマーケットに来た。高い金額を払って要りもしない美術工芸品を買おうとも思わなかった。


「それで、何をお探しで?」


店の主人は男に尋ねた。男はただこういうだけだった。


「特に何も。わざわざありがとうございます」


男はこの店に対していい評価を与えようとは思わなかった。需要もないし、そしてそれと同時に金額もかなり高額だった。気付いた時、彼のつま先は他の店の方向へ向いていた。


「ああ、待ってくださいよ。あなたにお見せしないといけないものがあるんです」


店の主人は男を引き止めた。彼のことを押し売りだと思った男はこう答える。


「剣、骨董品、硬貨のいずれにも興味はない」


口角を下げ、低い声できっぱりと断った。だが店の主人はそれでも男を留めた。


「違うんですよ、今並べてるこんなものと比べ物になりません」

「これを見てください」



 主人が黒く大きなアタッシュケースから何かを取り出した。男には自転車のサドルのような形をした入れ物が見えた。


「このカメラちょっと見てくださいよ」


黒くて大きなカメラ。誰もが聞いたことのあるメーカーのもので、黒くマットな表面に無数のボタンが付いている。プロテインシェイカーほどのサイズのレンズが取り付けられている。キズは特に見当たらず、いたって普通のカメラに見えた。


「バッテリーグリップもマクロレンズもストロボもお付けします。だからこの金額でどうです?」


店の主人は指で金額を表現した。確かに、そのセット内容での金額なら安いことに変わりはない。だが男はそんな金額を払おうなんて思わなかった。


「どうせ使えない代物でしょう。私にはそんなお金ありませんよ」


店の主人は少し必死な様子を見せながら男に頼み込んだ。


「もちろん使えるものですよ。旦那に是非このカメラを手に入れていただきたいんですよ」


男は鼻息を漏らしながら、早くしろと言わんばかりの態度で尋ねた。トイレでも行きたそうな、不愉快で小刻みな動きをしている。


「では私にタダで譲っていただけませんか」


「それはできないですが、物々交換なんてどうでしょう?交換するものはなんでも構いません」


実質無料でデジタル一眼レフカメラを手に入れることができる。そう思った男は次に、何と交換しようか考えた。男は自分の持っているものを思い返してみたが、どれも重要なものばかりで、先ほどスーパーで買ったばかりのクッキーしか考えられなかった。


「こんなものでもいいんですか」


そういうと、男はクッキーの箱を差し出した。店の主人は特に驚いた様子を見せることはなかった。


「かまいません。あと、特別にカメラバッグを差し上げましょう。私が持っていても意味をなさないですからね」


そういうと、店の主人はカメラをケースにしまい込み、男に手渡した。男はカメラの重みを右手にしっかりと感じ取り、フリーマーケットを後にした。



 男は家に帰り、カメラとその周辺器具一式を机に置いた。それから数日の間、男がカメラに触れることはなかった。今まで通り仕事をし、そして料理してベッドで眠る。ただその繰り返しだった。


 その日々を過ごすに連れ、少しずつまたカメラに対して興味を持ち始めた。そしてふと、あの店の主人が言っていたことを思い出した。


「このカメラは癖が強いですが、充分に機能しますし、一応プロモデルです」


すでに挿入されていたSDカードの内容を確認すると、レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた壁画の画像データが入っていた。前の持ち主のものなのかと考えた男は削除を選択するが、データにロックがかかっているのか何も反応が起きなかった。それ以外、特に他になにか変わったことはなかった。


 男は多少カメラを触ったことがあるから、どのように使えばいいかちゃんと理解していた。何を撮ればいいかあまりいいアイデアが思い浮かばなかった男は、部屋にある観葉植物を撮影することにした。


 同梱してあったマクロレンズに付け替え、接写で一枚写真を撮った。撮影された写真は素晴らしい出来で、背景のボケ具合もちょうどよく、植物の与える癒しのイメージを忠実にキャプチャーすることができていた。自分で撮った写真を見た男は自身の撮影技術に自信を持つようになった。

 その日以来、男は様々な写真を撮るようになった。植物から置物、人に動物から建造物、そして自然の風景。とにかく美しいと感じたものや好きなものを写真に収めていった。



 男は撮った写真をインターネット上にアップロードし、彼の作品は知人や、全く知らない他人にまで認識されるようになった。彼の写真撮影における実力を見た知人たちは、男にソーシャルメディア用のプロフィール画像を撮ってほしいと頼み込んだ。ポートレートを撮れば撮るほどSDカードに人々を写した写真が蓄積されていった。それと同時に、なぜかいつも食べ物の写真も追加されていた。


 それに気づいたのはとある高層ビルの展望台にてポートレート撮影をした時だった。モダンで洗練された雰囲気の館内に三脚とあのカメラを持ち込み、知人の女を窓際に立たせた。キャンディッドな写真の方がウケが良いからとわざとカメラを見ないように指示し、いろんなアングルから写真を撮った。

 

 一番良かった写真の様子はこんなものだった。大都会のビル群を背景に、モノクロームのシンプルなファッションで身を包んだ彼女は窓ガラスに寄りかかり、虚ろ(うつろ)な表情で外の様子を眺めている。白いレンズフレアが右端から中央の方に伸び、左の端にある壁はボケがかかっていた。まさにその一瞬を写実的なものではなく、肉眼で見たときの彼女を表現しているような写真だった。


 いざ編集に取り掛かろうかとSDカードをパソコンで読み取らせたときだった。男は見覚えのない画像ファイルがたくさん入っていることに気づいた。いつもは目当ての写真のみを選んで撮影を依頼した人に送信していたためか、SDカードの内容をきちんと確認していなかった。


 先ほどの展望台にて撮影した写真の後に一枚、ガレットの画像が一枚あった。通販サイトによくある白抜き画像のような無機質な画像ではなく、販促画像のような、美味さをイメージさせるような非常に綺麗な写真だった。他にも撮った覚えのない食べ物の写真があった。他の日のファイルも探っていくと、髪も抜け落ち、年老いた男性の笑顔の写真があった。シミとシワが多いが、血色の良い老人。そのときの撮影を思い出す。男に彼の名前はもう思い出せなかった。


「〜さん、いいですかーいきますよー」


写真の老人は答えになっているような、なっていないような曖昧な返事をした。


「あああ」


遺影のための写真をわざわざアルバムから引っ張り出すのは面倒だからと、知人が祖父の写真を撮ってほしいと依頼してきたのがこの撮影のきっかけだった。


「笑顔お願いしていいですかー?」


遺影を撮影しようとしているのだから当然笑顔は必要だ。葬式のシーンで誰も焦点が定まってない無表情な老人の写真など見たくもない。また、老人は曖昧な返事をした。


「ああ?」


知人が叫んだ。


「おじいちゃん、後でみんなでおじいちゃんの好きなもの食べよう!スマイル!」


その瞬間、急に老人の表情が明るくなり、彼は一言こう叫んだ。


「ハンバーガー!」


ハンバーガー。態度からして明らかに彼の大好物だった。その後は撮影がスムーズに進み、笑顔のショットを数枚得ることができた。その後、知人の宣言通りにハンバーガーを食べに行こうという話になった。確かに写真にあるハンバーガーショップで食事したことは記憶にあるのだが、男はそれを写真に収めたかどうか記憶になかった。


 また別の日の写真でも似たように食事の写真があり、今度は(かゆ)の写真だった。粥は綺麗な白い光沢を放ち、ネギの緑が爽やかな印象を与える。


 その日写真に収められていたのは一人の少女だった。彼女は幼いながら病気にかかっており、重大で成功確率の低い手術をする前に撮影をするということで、好きなアニメのキャラクターのドレスを身にまとっていた。入院生活とは違うひと時の写真が欲しかったのだ。


 紫にフリースがついた綺麗なドレス。どこかの大富豪の令嬢の誕生日パーティかと思わせるような華やかさを持っている。彼女のために作られた小さなブーケを手に愛らしい表情を浮かべた一瞬を逃さずに写真に収めた。癖のあるカールした髪の毛が特徴の彼女は、親によるとその日が一番生き生きとしていたという。


 綺麗な眉にはっきりとした顔立ちの彼女。銀のピアスがよく似合っていた。いわゆる「いいところのお嬢さん」だったのだろうかと男は思い返す。


他にも無数の食事の写真があった。どれもポートレートを撮影した日のファイルに必ず存在した。少し妙だと男は思ったが、どれも綺麗で趣のある写真ばかりだったので削除することはなかった。


 男はその妙な食事の写真もインターネットで公開することにした。最初にアップロードしたハンバーガーの写真にいつもより多くの反響があり、男は食事の写真専用のページを作ることにした。

 

 そのページはたちまち人気になり、たくさんの人がその食事の写真を見るようになった。今や彼のページには数え切れないくらいの高評価やコメントが寄せられる。コメント欄には親近感を覚える人や、少し気味が悪いと答える人もいた。食事の写真はすぐに人気になると考え、男は食事の写真を撮ることも試したが、あの妙にSDカードで自然発生する食事の写真ほど高評価を得ることはできなかった。


 男は写真を本業とするようになり、ストック画像やポートレート撮影で生きていくことになった。毎日撮影に出かけ、写真をアップロードする日々だった。


 しばらくすると、男の知人が死んだという情報が舞い込んできた。アナフィラキシーショックによる死亡が確認されたらしい。誰も詳細については知ることもなかった。男はひんやりとした肌触りのベッドの上でじっと動かずに、あの優雅で洗練されたビルで見せた表情を思い返す。白くまぶしい光の中、逆光になりそうなのを防ぐ形で撮影したあの一枚。彼女も男も年齢はそう遠くなく、まだまだ現役と言っていい歳だった。


 人はいつ死ぬのかわからない。男はそれを実感した。明日、自分は死ぬかもしれない。明日、あの隣でいつも植物に水をやっている女も死ぬかもしれない。後数十秒後にいきなり街で自分の父が倒れるかもしれない。男は人間がいつ死ぬのか分からないことに恐怖を抱いた。「自分はいつ死ぬのだろうか」という正確な答えのない疑問に心を蝕まれた。


 だがすぐ日も経たない内に男の気持ちは変わった。死に対する恐怖で怯えていることが時間の無駄であると感じた男は、今をどう生きるかに焦点を置くようになった。かと言って彼の生活に大きな変化が生まれたわけでもなく、ただ男の一日一日に対する向き合い方が変わったくらいだった。


 男はもっといろんなことを経験したいと思い、写真の素材を得るためにも料理にも力を入れるようになった。ある時にはハンバーガー、ある時にはパスタなど、一日に一回はできる限りのことを尽くし、本気で料理していた。

 

 次の日、男はポートレート撮影の予定だった。男はブランケットを適当にたたみ、ベッドの端にそっと置いた。着替えずにキッチンへ向かった。冷蔵庫からバナナ、牛乳、そしてミックスベリーを取り出した。グラノーラと蜂蜜はすでにテーブルに用意している。アサイーボウルだ。バナナをスライスし、アサイーを解凍。ボウルにグラノーラと牛乳を注いだ。解凍したアサイーと蜂蜜を乱暴に注ぎ、バナナを何も考えないでボウルに入れた。突っ込んだと言った言い方のほうがより正しい。その日、朝からの撮影だったためか食事の写真を撮ることなんて頭になく、吐瀉物(としゃぶつ)のような見た目をしたアサイーボウルだった。


 鏡面加工されている金色のスプーンにターコイズのボウル。アサイーボウルを見て綺麗だと思えるのは食器のみ。男はちょうどいいバランスでアサイーと牛乳、グラノーラが混ざるように掬い、それを口に運んだ。うまい、いつも通りの味だ。アサイーボウルなんて最強の食べ物を考えたのは誰なのだろうか。男はそんなことを思いながらも、深く味わうことはなしに食べ終えた。


 男は着替えて撮影用具一式をバックパックに詰め込むと、車に乗り込んだ。しまった、朝食を撮影できていない、そんなことを頭の片隅に置きながらハンドルを切った。その日は信号に止められることなく、スムーズに撮影場所に向かうことができた。


 撮影場所は少し街中の方にあるインストレーションアートの会場だった。爽やかな紫から、少しセクシーな雰囲気を醸し出すピンク色に照らされた壁。目がおかしくなりそうな青と、それに対をなすオレンジ色のネオンが細長く一直線に伸びている。ミニマリスティックで未来的、そしてアブストラクトな不思議な空間。他にも似たような雰囲気で少し違う空間がたくさんあった。

 

 もともとこの場所は撮影を目的に作られた場所ではなかったため、男が自分でカメラや照明をセットしなくてはならなかった。三脚を立て、照明もセットしたが、場の雰囲気を壊すことを考え、撤去した。男は撮影を完璧にしたかったので壁にある汚れを拭き取るためにしゃがみ込んだ。その時だった。彼の黒いチノパンのポケットにあるシャッターボタンが作動した。小学校高学年男子の目線くらいの高さにあるカメラのストロボが白く眩しく光り、男の目をくらませた。そしてシンセサイザーとベースの聞いた音楽の中、シャッター音が静かに鳴った。


 そんな些細(ささい)な「事故」もすぐに忘れ、壁を拭き終えると、モデルたちに集合するように呼び寄せた。出来るだけカメラは見ないように、そしてできるだけ高級感を出さないでハイプなヒップホップをイメージするようになどと色々と要望を伝えた。


 色とりどりの光に包まれるこの部屋という作品の中、モノクロームで未来的な服装に身を包んだモデルたちが自由にポーズをとる中、撮影し続けた。男はファインダーを覗き込んだ。新しいモダンなストリートハイブランドの服は会場の雰囲気に非常にマッチしている。楽しい。男は自分が好きで仕方がないことで飯を食って行けることが嬉しくてたまらなかった。あのカメラで部屋の観葉植物を撮影して以来、いつの間にか撮った写真をパソコンで読み込んで眺めるのが生きがいになっていた。


「はーい、いいねー」


「みんなもう少し力抜いて」


 現代アートとハイブランドのコラボという定番のハイプな写真の撮影を終え、男は自身のオフィスに向かった。まだ昼飯時にもなっていないくらいの時に着いた。金属でできた白い二枚扉の鍵をあけ、機材を壊さないようにデスクの隣の荷物置きにバックパックを置いた。カメラを取り出すと蓋をあけ、中に入っていたSDカードをカードリーダーに差し込み、それを画像編集ソフトに読み込ませた。


 今日作成されたファイルを確認すると、しゃがんでいる自分の顔が無造作に映り込んだ写真と、アサイーボウルの写真があった。あの吐瀉物のような雑なアサイーボウル。男は目を閉じ、あの店の主人のことを思いながら一言つぶやいた。


「ありがとうございました」




どうでしたか?こんなカメラがあってもいいかな、なんて思いませんでした?これからも短編を出していく予定なのでぜひ、よろしくお願いします。ダヴィンチの絵がどれかわかればこの物語の意味が格段にわかりやすくなると思います。 楽しんでいただけましたら是非シェアしてくださいね!



T  @OgDankyo

Insta @OgDankyo


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