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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

貴方を一生恨みます

作者: 鳴瀬 蓮

「あー、やっと死んでくれた」


私は真っ青な空を仰ぎながら、中庭でそう呟いた。

空から照りつける日差しが、痛いくらい肌に突き刺さる夏のこと。

ようやくあなたは私の前から姿を消してくれた。

これほど心待ちにしていたものはないし、これほど楽しみにしていた行事も今までの人生の中でなかったと記憶している。


「真波、そろそろ行くぞ」

そう呼びかけたのは幼馴染の慎二。

「うん。わかった」


そう言って彼の車に乗り込み、私たちは目的地へと向かう。

私は彼の横顔を見ながらはやる鼓動を抑えて問いかけた。


「ねぇ、これで邪魔するものもいなくなったし、私たち一緒になれるよね?」


すると彼は苦笑いをしながら、前をまっすぐ向いて不謹慎なやつ。と答えた。


運転しているから前を見ているのは普通のことかもしれないが、私は彼が発したその答えが不服だった。

やっと邪魔者はいなくなったのにと私は思った。

あの女は彼に死にたいだの、別れるなら一生恨むだの、ネチネチネチネチ追い回し、挙句には睡眠薬を大量に摂取し、救急車に運ばれてリストカットまでして。

彼がどんなに苦しみ、辛く、嘆き、大変だったか。


「慎二。これでようやく眠れるかな……」


「どうだろうな、それは夜にならないとわからないよ」

彼の優しい声。いつもと同じトーン。だからきっと大丈夫だと思う。


前に一度だけ、私の前で取り乱したことがある。それは彼女が彼と住んでいたアパートの2階から飛び降りた時だった。


あの日は酷く冷え込んでいて、私はコタツに入って次のコンペの見直しをしていた。


突然、ドンドンと窓を叩く音がした。しばらく無視していたが、あまりにも叩く音が強くなるので、私は不審者だろうと思い怖くなって警察を呼ぼうと携帯を取った。


すると、慎二から着信が入った。

「頼む。部屋にいるなら開けてくれ」

か細く死にそうな声で私に助けを求める彼の声がした。

慌ててカーテンを開けると、そこには耳を真っ赤にして、靴下さえ履いていない裸足の彼が立っていた。


「何してんの!!早く入って」


「あぁ……」


彼にはとりあえずお風呂に入ってもらい、その間に前に慎二が泊まりに来て忘れて帰った下着と私のスウェットと温かいお茶を用意した。


「どうしたの?」


お風呂から上がり、やっと暖を取ったところで私は彼に詳しい事情を聞いた。


「彼女の束縛が激しくて、今朝から彼女が俺の携帯を見たとか見てないとかで口論になって、結局喧嘩したまま俺は会社に行ったんだ。そしたら、昼休み頃に会社へ一本の電話が入った。相手は彼女の親からで、彼女が俺らの住んでるアパートから飛び降りたって」


私はそれを聞いて言葉を失った。


同じ女としてではなく、人として如何なものかと思った。


確かに、今までの人生を振り返って彼女のようなことをしていないかと言われれば心当たりはある。

それなりに付き合っている相手に対して不信感を持ち、携帯を見たこともあれば財布に入っているレシートまでチェックしたことがある。けれど、それで彼の仕事の邪魔をしたことはない。


「俺が間違ってるのか?俺が悪いのか?俺が我慢すればこんな事にならずに済んだのか?」


彼はずっと自問自答を繰り返していた。

彼がこんな姿になったのは仕事を早退し病院に着いた時、彼女の両親から酷く叱責されたのも1つの原因だったかもしれない。


私は何もしてあげられず、ただただ私の部屋で彼の背中をさすりながら、一晩中話を聞いた。


翌朝、小さくなった彼の背中を見て私は心の底から湧き出てくる怒りを認めないわけにはいかなかった。


幼少期から大切に思ってきた、弟のような存在の彼をこんなに苦しめるアイツが憎くてたまらなかった。


それからというもの、私は彼女の後を追い回し始めた。

彼女はありがたいことに学生だったため、夕方の帰る頃を見計らってずっと付け回した。徐々に付け回されてると感じ取った彼女は彼と住むアパートからある日突然出てこなくなった。


彼はなぜ彼女が家から出ないのか、なぜ学校に行かないのかその理由は知らなかったみたいだ。

彼女だって気配を感じるというだけで、はっきりと誰に付けられているかなんて分からなかっただろう。

なぜなら、私たちは面識がないのだから。


それから2ヶ月経って彼女は亡くなった。

死因は身内しか分からない。


「あいつ、実家に行くって帰ったのにまさか実家で倒れるなんて誰も想像しなかったよな。きっと」


「そうだね。きっと誰も想像できなかったね」


「人生なんて何が起こるか分からないよな。しかも死因を教えてもらえないんじゃ、本当に後味悪いよ」


「慎二は好きだったの?彼女のこと」


「そうだな、好きだったよ。大嫌いになれるくらいには」


大嫌いになれるくらい好き。

それは私なんかじゃ到底追いつけない深い愛情なのかもしれないと思った。


「雨降ってきそうだし、さっさと買い物して帰るか」


彼の横顔はいつもと同じ穏やかなものだった。だからきっとこの先からは幸せな道を歩けると、信じている。


あわよくば、いや絶対、慎二は私のものになる。


- 完 -


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