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第53話 久しぶりの稽古

 翌朝ユリウスが目を覚まし、起き上がろうと手をついた時である、左手にとても柔らかい感触がした。

 そして無意識にその柔らかいものを二、三回揉んだ。


「なんだ?このプニプニとしたお手頃サイズのものは?」


 ユリウスはその柔らかい物の正体を確かめるために左手を見る。

 そして左手が掴んでいたのは隣で寝ているルミアの胸であった。


(おお!まだ成長途中ではあるがこの感触はなかなか……って俺はルミアに何してるんだ!?手を離さなくては!)


 ユリウスは左手をルミアの胸から離そうとするが、言うことを聞かないかず、離すことが出来ない。


(まずい俺の手が言うことを聞かない!……いや違う、これは吸い付けられているのか!?なんて恐ろしい兵器なんだ……)

 

 そんなことを思っている間にルミアが眠い目を擦りながら少しずつ目を開ける。

 ユリウスは殺されると本気で思い、咄嗟に何とか左手の暴走を沈め、ルミアの胸から手を離すことに成功したが、その瞬間の出来事を一瞬だけ本人に見られる。

 ルミアは顔を真っ赤にして飛び上がるような勢いで起き上がると咄嗟に両手で胸を隠す。


「ユウ君、もしかして私の胸揉んでた?」

「い、いや……すまん。寝ぼけてた」


 ユリウスは一瞬言い訳をしようとも考えたが素直に謝った方が穏便に済むと思ったようだ。 

 そんな彼を見てルミアは溜息を吐く。


「はぁ、もう気をつけてよ。不注意だった私も悪いから今回は許してあげる」


 そしてルミアは再び顔を赤く染めながらユリウスの顔を見る。


「も、もしそういう事がしたいなら、ちゃんと言ってからじゃないとダメだからね」


 ルミアは目を泳がせながら言う。


(俺は妹に何を言わせてるんだ!!) 


 そんなルミアを見て、ユリウスは心の中で叫んだ。

 ユリウスはルミアの事を年頃の女の子ではなく、妹として見ている。

 だからそういう行為はしないと決めているのだ。


「いや流石にそういう事は頼まないから安心しろ……」


 ユリウスの言葉を聞き、ルミアは表には出さないがしょんぼりとしていた。

 そんな彼女を他所にユリウスは昨夜の事を思い出す。

 

「ほら朝練するんだろ?さっさと着替えてこい。それに寮長に見つかったら殺されるぞ」

「あ……」


 ルミアは忘れていたという表情を浮かべる。

 そして部屋から出ていこうとした時、ルミアが振り向いてユリウスを見る。


「このことはアリサちゃんには内緒だよ」


 可愛らしく人差し指を口元に当て、一言だけ言うとルミアは慌てて自分の部屋へと帰っていく。


「なんかちょっと悪いことしたな」


 ユリウスは罪悪感を覚えながらも、着替えを始めた。


 着替えを終えるとアリサ達がいつも朝練をしているという場所に向かう。

 ユリウスが着く頃には、すでにアリサが準備運動を始めている。

 そしてアリサの隣にはハクタクが座っており、ルミアはまだ到着していないようだ。


「あっ!お兄ちゃんおはようなの」


 アリサがユリウスの元に駆けてくる。


「どうしたの?こんな朝早くに」

「ルミ……」


 ユリウスは先の事を思い出し、言葉を切る。


「いや、ギルからアリサが会いたがってたと聞いてな。それで詫びも込めて朝練に参加しに来たんだよ」

「そうなんだ!でもなんで声を掛けてくれなかったの?私もお兄ちゃんと一緒にダンジョンに行きたかったなの!」


 アリサはユリウスを張り倒すかの勢いで詰め寄る。


「すまんな。どうしても一人で攻略したかったんだ」


 その言葉を聞いてアリサは何かを悟る。


「もしかして足でまといだからなの?」


 そう聞かれユリウスは何て言おうか迷う。

 ストレートに言うとアリサが傷つくのはわかっている。

 だからこそ言葉を慎重に選んでいた。

 ユリウスが言葉に迷っているとちょうどそのタイミングで救世主が現れる。


「アリサちゃんお待たせ!」


 アリサはルミアの声に反応してそちらを見る。


「おはようなのルミア」

「うん、おはよう」


 ルミアは笑顔で挨拶を返す。


「全員揃ったし始めようぜ」


 それを聞いて全員が頷く。

 そしていつも通り走り込みから朝練が始まる。


「ねぇお兄ちゃん、さっきの答え聞かせてなの」


 ユリウスは困った表情を浮かべているのを見て、ルミアがアリサの隣に移動する。


「アリサちゃんどうしたの?」


 アリサはルミアに先ほどユリウスに問いかけた質問について話した。


「なるほどね。アリサちゃん、もしかしたら努力してる姿が見られたくなかったんじゃないかな」

「努力なの?」

「そう。ユウ君は常に強い自分を私たちに見せたいんじゃないかな?だから何も言わずにダンジョンに潜ってたんだと思う」


 アリサは昨日見たボロボロになったユリウスの姿とその後の行動を思い出す。

 そして納得したように頷く。


「ルミアの言うとおりかも。お兄ちゃんだって何もしないで強いはずないもんね」

「そうだよきっと。それにまた今度一緒に行く分なら断られたりしないと思うよ」


 二人の話を聞いていたユリウスはルミアの方を見る。

 それに気づいたルミアはにっこりと笑って返事を返す。

 

(サンキュールミア)

 

 そして走り込みを終えると素振りなどの基礎的なことをやる。

 それらをやり終えると一行は模擬戦を始めた。

 ユリウスは三対一で相手をする。

 アリサはいつも通り前衛の立ち回りで動き、ルミアとハクタクはコンビで動いてユリウスに攻撃を仕掛けていた。


「もらったなの!」

「ふむ甘いな」


 ユリウスはそう言うとアリサの剣技をいとも容易く受け流す。

 その瞬間にハクタクが最近習得した火炎球を放ち、ルミアが後方から斬りかかる。

 ユリウスはもう一本の木剣を抜いてルミアの攻撃を受け止め、火炎球は数秘術で作り上げた水の壁で掻き消す。

 水の壁を突き抜けてハクタクがユリウスに襲い掛かる。

 しかしその攻撃を避けると、アリサの剣を受け流した方の剣でハクタクの頭を軽く叩き撃破した。

 撃破されたハクタクは一旦場外に出て、三人の攻防を眺め始める。


 アリサが攻めてユリウスがそれらを全て受け流した瞬間、ルミアとアリサが息の合った動きで二人が入れ替わる。

 そしてルミアは連撃を繰り出しながら、片手に魔力球を作り、魔法の準備を始める。

 そのタイミングでユリウスは、ルミアの首元で木剣を寸止めする。


「ごめん、負けちゃった。頑張ってアリサちゃん」


 ルミアは場外に外れ、乱れた息を整えるとハクタクの隣に座る。

 そしてハクタクを撫でながら観戦を始めた。


「縮地!なの」

 

 それと同時にアリサはユリウスの前から消える。

 

「フィーラスパーダ!」


 ユリウスは強力な四連撃の剣技を全て見切り、最低限の動きで回避もしくは受け流しで対処するとアリサの首元に木剣を突き付けた。


「また負けたなの!」

「三人とも動きは悪くなかったぞ」


 模擬戦が終わるのを確認するとハクタクとルミアが合流する。


「ユウ君、改善点とかを教えて欲しいな」

「ああ、そのつもりだ。じゃあまずはルミアからだな」


 それを聞いてルミアはスカートのポケットから四つ折りにした紙を出しそれを広げる。


「動きは悪くなかったが慣れない動きをしたのはいただけないな。あれで判断が鈍ってたように感じた。まぁ、模擬戦だから試すのはありだったとは思うぞ。だけどあれを実戦で使うならギルのように立ち回るんじゃなくて、先に使いたい魔法を魔力球の中に展開しておいて瞬時に使えるようにしておく方がいい。ギルみたいな立ち回りは戦闘経験と並列戦闘の訓練を積んでからやる方が習得の近道になるはずだ」

「ふむふむ。じゃあ逆によかった点とかはある?」

「最初の方での魔法支援と近接攻撃の使い分けだな。アリサとハクタクの動きに合わせて立ち回りを変えてたのは正直うざかったな。いい判断だったと思うぞ。タイマンで戦うなら、やっぱ魔法を使うタイミングをしっかり見極めろ。それさえできればまた違った戦い方もできるだろう」


 ルミアは真剣に魔力で紙に文字を複写し、ユリウスのアドバイスを書き記す。

 そしてユリウスはアリサの方を見る。


「じゃあ次はアリサだな」


 アリサは頷いていつでもいいアピールをする。


「アリサ、お前の剣は素直すぎる。確かに技量は高いけど、搦め手がない分読みやすいんだよな。縮地のあれはよかったけど視線で移動先がバレバレだから、もうちょっと工夫すると良い立ち回りが出来るぞ。それと、そろそろエンチャントありの戦闘を解禁してみたらどうだ?それを解禁するくらいの技量はついてると俺が保証するよ」

「お兄ちゃんの保証があれば安心なの。今度試してみる!」


 アリサは笑顔で応えた。

 そしてユリウスはもう一つの評価を言う。


「お前らパーティーとしての立ち回りはよかったぞ。連携が取れてて、特にスイッチのタイミングはばっちりだった。成長したな」


 ユリウスは二人と一匹の成長を見て嬉しそうにする。


「「ありがとう(なの)」」


 ユリウスの評価を聞いて二人とも嬉しそうに笑う。

 微笑ましい物を見て、ユリウスもつい笑みを浮かべる。

 

 ユリウスは成長を喜ぶ二人を見て、昔の自分と姿を重ね、懐かしさを感じる。

 そしてふと昔愛用していた剣技が脳裏に蘇り、今のアリサなら使いこなせるだろうと思い、彼女の名を呼ぶ。


「アリサ、ちょっといいか?」

「どうしたの?」


 アリサはユリウスの方に近づいていく。

 その際一瞬ルミアを見たが、彼女は頷いて返事を返していた。

 

「お前に俺が昔よく使ってた剣技を教えてやろうと思ったんだがどうだ?」

「え!?いいの?」

「ああ。今のお前なら戦い方の参考になるはずだ」

「なら教えて欲しいなの!」


 アリサは嬉しそうに微笑しながら言う。

 そんな彼女の反応を見てユリウスもやる気がさらに出てきた。


「悪いなルミア。お前にあった剣技は、戦闘スタイルが決まり次第教えるから」

「別に気にしないで」


 ルミアが微笑しながら言う。

 それを聞いたユリウスは申し訳ない気持ちが沸き上がったが、それでもアリサの為に押し殺した。


「教え方はいつも通りだ。模擬戦で教える。実際に受けた方がわかりやすいはずだ」

「わかったなの」


 アリサは木剣を抜き、ユリウスから距離を取る。

 ユリウスも同じく木剣を抜くと、構えを取った。


(懐かしいな。これを使うのはいつぶりになるんだろうな)


 彼はそう思いながら目を瞑る。

 そして瞼の裏にかつての自分を思い描く。

 イメージが固まると、ゆっくりと瞼を持ち上げる。


 一方アリサは、ユリウスが構えを取ったことに驚いていた。

 

(お兄ちゃんが構えを!今まで見たことなかったけど思った通り綺麗な構えなの)


 そう思ったのはルミアも同じだった。

 アリサが彼の構えに見惚れていると、不意に声が掛けられる。


「準備はいいか?一応教える為に構えを取ったが、覚えるときは自分なりに形を変えてみると良い」

「わかったなの」


 そのやり取りを見ていたルミアが立ち上がり、二人の間に入り込む。


「じゃあ私が開始の合図を出すね」

「ああ頼む」


 ルミアは頷いてと両者を見た。

 二人ともルミアを見ながら頷く。

 準備ができたことを確認したルミアは開始の合図を出す。


「それでは始め!!」


 その合図と共にユリウスは態勢を低くして、アリサに詰め寄る。


「幻刀……」


 彼は小さく呟く。

 迫ってきたユリウスをしっかりと捉え、アリサは迎撃態勢に入る。

 そしてユリウスが攻撃を仕掛ける。

 それを受け止める為に彼女も剣を構え、彼の攻撃を受け流そうと剣を振る。

 しかし互いの剣が当たったかのように見えた瞬間、ユリウスの剣先がアリサの剣を透けた。


「え!?」


 彼女が思っていたのとは違うことが起き、驚きを隠せない様子だった。

 しかし彼女は慌てながらも反応したが行動を起こすのが遅かった。

 

 ユリウスは振り切った剣をもう一つの手で握り、強引に軌道変え、斜め上に斬り上げる。

 しかし剣が彼女の体に当たる前に寸止めした。

 それを見たルミアが終了の合図を出す。


「そこまで!!……二人ともお疲れ様」


 ルミアは明るい笑顔で言う。

 それを聞いた両者は剣を下ろす。


「本来ならこのまま横腹から肩まで剣が抜けてたな」

「そうだね。反応しきれなかったなの」


 アリサも今の模擬戦での反省点はもうすでに見つけていた。


「それにしてもあれは剣技なの?」

「ああ、幻刀って名前の剣技だ」


 アリサは名前と今の経験でだいたいどんな技かは推測出来ていたが、実際はそれとは少し違う。


「もしかしてさっきの剣は幻だったの?」

「いや違うぞ。あの剣技は本当に幻を生み出してる訳じゃない」

「どういうことなの?」


 アリサは不思議そうに尋ねる。


「この剣技はほんの少しだけ、相手に剣が長く見えるように錯覚させるだけの剣技だ。だから視覚に頼った戦闘をしてる相手、しかも初見の相手じゃないと絶大な効果を発揮しないんだ」

「それって強いの?」


 アリサの疑問はそれを聞いた誰しもが思うことであろう。

 しかしかつてのユリウスにとっては、これが勝負の行く末を決める奥手の一つだったのだ。

 この剣技はユリウスが最初に習得したオリジナルの剣技であり、彼が持つ剣技の中では純粋に火力だけならかなり弱い分類に入るが、使い方によってはそこそこ強い。


「そう思うのも当然だな。だけど、この剣技は正面からまともに殴り合うことを前提に作ったわけじゃない。言ったろアリサ、お前は搦め手がないって」 


 それを聞いてアリサはこの剣技の使い方を思いつき、ポンと手を叩く。


「もしかして連続攻撃中にこれを使えば相手の意表を突けるってこと?」

「まあそれも正解だな。この剣技は使い方はそんな感じで使うことが前提だ。一つ気をつけないといけない点としては、剣を受け止めるのに失敗した相手の剣がこっちに来ることだな」

「たしかに。それは怖いなの。……ねぇお兄ちゃんこの剣技を習得するコツってある?」


 アリサは使い道がわかるとこの剣技に興味を示す。

 そして試しにユリウスの剣技を真似ながら剣を振っている。

 その動きはほとんど完成形に近い動きであった。


「コツは剣の柄の持ち方だな。持つ場所をバレない様に少しずらすのがこの剣技の元になったやり方だからね」

「なんとなくわかった気がするなの。少しやれば覚えられそう」


 ユリウスはそんな彼女を見て少し羨ましそうな目をしていた。


(昔の俺はこれを覚えるのに苦労したんだけどな~)


 そんなことを思いながらこの後学校が始めるまでの間、ユリウスはアリサにこの技を教え、ルミアとハクタクは彼に稽古をつけられていた。

いつも読んで下さり有難うございます。


『面白い』や『よかった』と思っていただけたら評価やブックマーク、感想等をしていただけると嬉しいです。



これからもよろしくお願いします。

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