第32話 その後
ドラゴンゾンビは完全に沈黙し、倒れている龍の前にはこの戦いの勝利を告げているかの様にユリウスが立っていた。
そしてボロボロの右腕を上げると後方から「うおぉぉぉぉぉ!!」という喝采が鳴り響いた。
それは生き残りギルが避難させていた者達や騎士達の声であった。
死の恐怖が解除され、正気を失っていた者は正気を取り戻すと同時にバタバタと倒れていった。
正気を失っている間の異常行動で体が限界を迎えていたようだ。
ユリウスは途端にふらついたが何とかの所で堪え、倒れるのを防いだ。
(まだやることがあるからもう少し持ってくれよ俺の体……)
そうやって活を入れ、運搬隊隊長らしき騎士の元に歩いて行った。
それを見た隊長は動ける騎士に指示を出した後、ユリウスを迎えた。
「貴殿のおかげで我々やこの街の人々は生き延びることが出来ました。なんと感謝を述べればよいか」
「別に感謝はいりませんよ。救えなかった命もありますから……」
「それでもだ!貴殿がいなければこの街自体がなくなっておりました。そう考えればこれだけの人々を救ったのですから胸を張っても罰は当たりませんよ」
「そうか……なら素直にその感謝を受け入れるとしますよ。それで本題に入ってもいいか?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ単刀直入に言う、あれの素材をいくつか貰ってもいいか?……流石に全部ではないから安心してくれ」
騎士はもっと大掛かりな物を要求されるかと思い身構えており、予想に反したことを言われ一瞬”え?”という表情を浮かべたがすぐに表情を引き締め直した。
「あ……は、はい大丈夫です。これは貴殿が討伐された物ですから」
「なら、ありがたく貰うとしますかねー。あと敬語じゃなくていつも通りの感じで喋ってくれればいいから」
「ならばそうさせてもらおう」
「お互いやることがあるだろうから、とりあえず細かい話は一息ついてからにしよう」
そしてユリウスは自分が泊まっている宿をすれ違った時の為に伝えると、軽く手を振ってその場を後にし、アリサ達の元に向かった。
「お疲れさん。ナイス支援だったぜ」
ユリウスは二人を撫でながらそう言った。
「あ、うん。お疲れ様なの」
「ユウ君お疲れ様。すごい戦いだったね」
「だな~。俺はもうボロボロだ」
ユリウスは笑いながら言ったのだった。
「二人とも動けるか?」
「終わったら終わったでなんか足から力が抜けて動けないなの」
二人は首を振った後、アリサが代表するように言った。
「一人が後ろもう一人が前だ」
「「?」」
ユリウスの言葉に二人は首を傾げた。
「背負ってやるって言ってるんだ。お前らその状態だと気持ち悪いだろ?だから水浴び行くぞ」
「じゃあ私が後ろなの」
二人は自分の状況を思い出すと赤面し、ユリウスの好意に甘えることにした。
「ギル取り合えずここは任せる!ついでにハクタクと素材の回収よろしく!」
「了解だよ!」
ユリウスはギルの返事を聞くとアリサを後ろに、そしてルミアを前に器用に背負うと川の方に向かって走って行った。
それから移動を開始し、街から少し離れた場所にある森を抜けて川辺に到着した。
「ほら着いたぞ」
川辺に着くとユリウスは身をかがめ二人を降ろした。
「ユウ君ありがとう」
ルミアはお礼を述べるとアリサと共にそそくさと川に向かって行った。
そしてある程度の大きさの岩を見つけると、二人は籠手やチェストプレートといった軽装備を外し、岩の上に置いた。
そして服を脱ぎ裸になると下着や靴などと言った下半身に付ける物を持って川に入って行った。
「俺は周りを警戒してるからゆっくりするといい」
「お兄ちゃんも一緒に水浴びしよ」
「いやいや流石に今回は遠慮しとくわ。絶対切断された所しみるから」
「あ……ごめんなさいなの。私たちがちゃんと逃げてれば…………」
「気にするな。あれを前にして狂乱状態にならなかったんだ偉いぞ」
ユリウスは今にも泣きそうなアリサとルミアの頭をそっと撫でると、腰を下ろすには十分の大きさの岩を見つけ、背中越しに軽く手を振ってそこに向かった。
だがそこに向かってる間にあるとこを思い出し、足を止めた。
ユリウスはその場で上の服だけ脱ぎ始めた。
「二人のどっちかでいいからこれ洗っといてくれ。あのトカゲの腐肉浴びたせいで汚れちまってるから」
「わかったなの」
そして今度こそユリウスは岩まで歩いて行った。
その後ろではアリサ達が水をかけあってキャッキャしていた。
岩に腰を掛けた後ユリウスはそれを聞き“大切な物を守れたんだな~”と思いながら空を見上げた。
そこには無数の星空が広がっていたのだった。
(それにしても年頃の女子なんだから恥じらいを持ってほしいところだな……)
そんなことを考えていると不意に声をかけられた。
「お兄ちゃんはあのドラゴンが怖くなかったの?」
「まったく恐怖は覚えなかったな」
「なんでなの?私たちはあの時感じた死の重圧で何も出来なかったのに……」
アリサは下着を洗いながらそう問いかけた。
「前にも言ったような気がするけど、自分よりも弱い奴に何で恐怖を覚えないといけないんだ?俺はあれより強いからな」
「でも追い詰められてたなの。そんな状況でも?」
「ああ、そうだ。そもそも俺は戦い自体が好きだからな。それに追い詰められる方が燃えるだろ?」
「うーん……その感覚はわからないなの」
アリサは首を傾げ、どういう感覚なんだろうと疑問に思っのだった。
そしてアリサは一番聞きたかったことを口にした。
「それならあの死の重圧の中でなんで動けたなの?」
「そりゃ決めってるだろ!死になんの恐怖も抱いていないからだ。命のやり取りをしてるんだ死ぬ覚悟くらはできてるからって言った方がわかりやすいか?」
「どうすればお兄ちゃんみたいに強くなれるなの?」
「まずは死の恐怖を克服することだな。これは相当つらいから覚悟した方がいい」
それを聞いていたルミアが口を開いた。
「どうすれば克服できるの?」
「簡単なことだ。自分より格上の存在と戦って勝つもしくは自分を奮いだたせてどんな状況でもあきらめない不屈の闘志を持つことだな」
「うーんよくわからない」
ルミアは洗濯を止め、真剣に考え始めたが結局結論は出なかった。
「でもお前らはもしかしたら克服できてるかもよ」
「なんで?」
「まーなんだ、今回の経験が必ず糧になるからって言っとくよ。それより早く体も洗っちまえ暑い季節とはいえ流石に夜だ風引いちまうぞ」
ユリウスに促され二人は作業の手を早め、体も水をかけて洗ったのだった。
その間にユリウスは残ったSPを使って数秘術を使い体の機能を少し弄り、傷口の回復が早まるようした。
だがダメージが大きすぎるため回復は著しく遅くなっていた。
そして川から上がってきた二人にユリウスはタオルを投げて渡した。
二人は洗った物を装備置いた岩に乗せると、タオルで体を拭き始めそれを終えると洗っていない服を着た。
「ユウ君今思ったんだけど最初からさっきみたいに戦ってればもっと簡単に倒せたんじゃない?」
それを聞いたユリウスは一瞬明後日の方向を向き、“あー”と言った後ルミアの方を向き口を開いた。
「いやー実を言うとな、結構慢心してたんだ俺。あんなトカゲは枝で十分だ!って感じにな。それに俺剣持ってなかったし」
ユリウスが頭を掻きながら言うと、いつも温厚なルミアが珍しくユリウスをどついた。
「それでどれくらいの被害が出たと思ってるの!?」
「ル、ルミア!?」
アリサも珍しいルミアの態度に驚愕を隠せなかった。
「悪いとは思ってるがそれでもな、お前らの支援がなかったらさっきの戦い方は出来なかったしまずの問題で剣が足りない」
そこまで言うとルミアは自分が動かなかったせいでと思い始め、表情が暗くなっていったがそれを見たユリウスがルミアを抱き寄せ慰めた。
「あれは仕方ないさ。誰もああなるとは思ってなかったんだ。だから余り自分を責めるなよ」
そうしてルミアが落ち着いた頃ユリウスはさっきから思っていた事を口にした。
「そういえばなんで服乾かさないんだ?」
「もう魔力切れなの。さっきの支援魔法で全部使っちゃたなの」
「あーなるほど」
ユリウスは何かを察したような表情を浮かべていた。
「それにしてもシマ柄に水玉模様とはまだ子供だな二人とも」
「むーもう大人なの!!」
アリサは膨れながらユリウスに全力で抗議していたが、ルミアはアリサとは逆にそれをあっさりと認めた。
そして三人は笑い合い楽しい時間を過ごしたのだった。
二人の服が乾き、着替えを終えるとユリウスは二人の肩を借り街まで歩いて行った。
「そういえば何でわざわざ宿じゃなくて川まで水浴びに行ったなの?」
「だって街があんな状態だからまともに洗濯とか体を洗ったりとかできないだろ」
「確かにそうだね」
そんなことを話していると街の入り口だった場所に到着した。
そして街に戻ると騎士たちが忙しくしており、ユリウスを見つけると運搬隊の隊長が歩いてきた。
「貴殿の用事はこれで終わりか?」
「ああ、もう用は済んだ」
「そうか。向こうに座れる場所を用意したからそっちで話聞かせてもらう」
「あんた随分と砕けたな」
「ははは。敬語はいらないと言っていたのでいつも通りの話し方をしてるだけだ」
運搬隊の隊長は笑いながら言うと、ユリウスも敬語は苦手のため謎の共感を覚えていた。
「あれは俺も慣れないからな~」
それを聞いた隊長は頷きながらユリウスのそれに同意していた。
それからは世間話をしながら話し合いを行う場所まで歩いて行った。
アリサ達は隊長に戦う時の心構えなどを聞いていた。
そして用意された場所に着くとそこにはギルの姿と幾人かの騎士がいた。
「先に来てたのか」
「まあね。とりあえず回収した素材は宿に置いてきたよ」
「了解だ」
そう話していると近くにいた騎士が三人分の椅子を引いた。
それに礼を言うとその椅子に座り、一息ついたのだった。
それから少しすると部下に指示を伝え終えた隊長が一行らの元に戻ってきた。
「さっそくだが本題に入らせてもらう。まず貴殿らの名前を伺っても?」
「俺はユリウス=アルバートだ」
それに続き、アリサから順に名前を伝えていった。
そして運搬隊の隊長はラルフと言い、ユリウス達の後に遅れて自分の名前を答えていた。
ユリウスは立場上の問題で間名を言わなかった。
「ではユリウス殿、あのドラゴンの素材について話し合いたい」
「ああ、それならこちらはもう結論は出してる」
「と言うと?」
「こちらは武具の作成に必要な分だけ貰うつもりでいる」
ユリウスはアリサ達三人に目線を送ると、三人は頷いてそれに返事を返した。
「ユリウス殿はそれだけで本当にいいのか?」
「ああ、俺らの装備を新調できればそれだけで十分だ。それに元々は国であの元になるワイバーンを討伐してるから、横から出張ってきた俺らがそこまで持っていくわけにもいかんでしょ」
「た、確かにそうですね。今回の討伐は王命らしいですし」
「なら、尚更あまり貰うことはできないな」
「こちらとしてはもう少し持っていってもいいのですが……」
ユリウスは首を横に振りながら、口を開きそれについて断りを入れた。
「流石に王命で討伐された物にこれ以上は手を出したくない。後々問題になっても困るからな」
「そうですか……わかりました、ではこの件はこれで終わりにして次の問題に入ってもよろしいか」
「別に構わんけど、治癒魔法が使える奴が入れば俺に掛けて欲しい。切断された場所もちゃんとくっつけたいし……」
それを言うと同時に一人の医者が入ってきた。
「要請に応じて支援に来ました」
「うむご足労いただき感謝する。それでだがそこの少年の治療を頼みたい」
「わかりま……し……た」
医者はユリウスの傷を見て、驚愕を隠せずにはいられなかった。
あまりにも重症すぎて言葉が出なかったのだ。
そしてすぐに治療を行い始めた。
「では失礼して、まず腕から治療に入りますね」
「ああ、頼む」
そしてユリウスの治療に入るとラルフは話を戻した。
「では先のワイバーンに起こったことについて戦って気づいたことはありますか?」
「まーまずは始祖帰りだな」
「始祖帰りですか?」
ラルフ首を傾げていたが、アリサ達二人もそこで首を傾げた。
ユリウスはその反応を見て、始祖帰りについて説明したのだった。
「なるほど、そんなことが起きていたのですか」
「そしてそれ以外にもう一つ気づいたことがある」
「それは一体?」
「ゾンビ化についてだ。竜種がゾンビになるのは極稀にしかないだが、もう一つだけ疑問に思ったことがある。これはあくまで俺の推論になるけどいいか?」
ユリウスは人差し指を一本立てて言った。
「はい。今は少しでも今後の為に情報が欲しいので」
「じゃあ話すぞ。前者の原因なら普通は竜が保有する魔力が霧散せずに体内に残り、魔石を構築してそれを動力源に肉体活動を再開するはずだ。だが、今回は不可解な点が二つあった。一つは竜に禍々しい気配が外から入り込んだ感じがしたこと。俺の勘違いの可能性もあるけど次が問題なんだ。ゾンビ化しても普通は急速に腐敗はしない。これを踏まえて考えると今回の件は恐らく人為的な可能性がある。それに始祖帰りのタイミングが良すぎることも考えるとな」
「ということは誰かが仕込んだかもと」
「そうだ」
そしてそれからは忙しいの一言であった。
ラルフからはドラゴンの情報についてなど様々なことを色々聞かれ、ユリウスはそれに返答をしていった。
その後は街の手伝い等を行い、休んだのは結局日が昇り始めた頃であった。
それから二日後にこの報が国王の元に届いたのだった。
「陛下どういたしますか?」
「街を救ったことへの礼はせねばならんな。よし、そのユリウスとやらとその仲間をここに呼べ」
「畏まりました」
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