第29話 死した竜の復活
竜に禍々しい魔力が迸るのを感じたユリウスは、即座に逃げるように周りの人々に大声で知らせた。
だが竜を見に来ている人々はユリウスの警告を笑い飛ばし、一向に聞く気配がなかった。
近くにいた大人がユリウスに向かって口を開いた。
「大人をからかうのもほどほどにしときな。確かにお前くらいの歳ならそういうことを言いたくなる気持ちは十分わかるが、死んだドラゴンが生き返ることはないんだぞ?」
その男性はユリウスに言い聞かせる様な口調で喋っていた。
「いやドラゴンは極稀に生き返ることがあるんだ!」
「ははは!そうかそうか」
男性は完全に子供に対するそれで、ユリウスの言葉を受け流した。
ルミア達でさえ竜が蘇るなど思ってもおらず、ユリウスのそれを冗談が半分で本気がもう半分くらいにしか思っていなかった。
実際、竜が生き返ることは極稀にしかないが、条件を満たせばゾンビとして蘇ることがある。
そして今回は後者であった。
「お兄ちゃん、流石にそんなわ……」
アリサがそこまで話した時、ワイバーンの死体が動き出し近くにいた人々を踏み潰し、そして尻尾で薙ぎ払うことで辺りにいた者を吹き飛ばしながらゆっくりと立ち上がった。
吹き飛ばされた人は、内臓が破裂するなど様々な形で死んでいった。
その中には当然、ワイバーンの死体を運搬していた騎士たちを含まれている。
ワイバーンの近くは踏み潰された人々の血で、赤い水たまりが広がっていた。
「ワイバーンゾンビか!また面倒な奴が……」
ユリウスはワイバーンゾンビのとある変化を目の当たりにし、紡ぐ言葉を失い絶句した。
「おいおいおい!!まさか!ふざけるなよ!?こいつこのタイミングで始祖帰りを始めやがった!!」
始祖帰りとは文字の通りの意味である。
進化した個体が退化し、旧世代である先祖の力を取り戻すことで、さらに強い力を獲得することである。
ワイバーンは通称現竜種と呼ばれ、古龍種の何かが進化した種のことである。
古龍種が進化すると異常なまでに強い力を失う代わりに、体の無駄が無くなり燃費のいい体になる為、現竜種の能力は弱体化しているのだ。
ここで言う燃費とは生きる為に必要なエネルギー量のことである。
つまり一日に消費するエネルギーと補給するエネルギーの量が莫大であるか、そこそこの量で済むのかの違いのことである。
ちなみに古龍種の見た目は、ほぼ全てがドラゴンもしくはそれに近い形態をしており、現竜種の見た目は全てワイバーンである。
このワイバーンゾンビは肉体や骨格が変化していき、王道的なドラゴンの形状に姿を変え始めている。
ワイバーンゾンビの体は急速に腐っていき、腐肉が地面にぼとぼとと落ちてはそれが体に吸われ体の一部に戻り、また落ちるを繰り返していた。
そしてドシャという音と共に大量の腐肉が地面に落ち、その腐肉の中に骨が形成されドラゴンの前脚の形状に変化していった。
変化した腐肉と骨がワイバーンゾンビの体と合わさり、ドラゴンゾンビへと変化を遂げた。
それに伴いドラゴンゾンビは肉体が一回り程肥大化し、鱗などの強度も上がった。
ユリウスはその変化を唖然としながら眺めていた。
当然アリサ達も困惑の色が隠せない様子で眺める事しかできなかった。
そこでドラゴンゾンビが咆哮を上げた。
その咆哮は数キロ先にも響くのではないかというほどの轟音で周囲の建物が大きく振動し、その衝撃で崩れる建物もちらほらと見受けられた。
「おいギル!行くぞ!!」
そう言うと同時にユリウスはギルの方向を向いたが、そこにギルの姿はなかった。
そして少し見渡すと、ギルは後方で避難誘導を始めていた。
「あいつ俺に丸投げするつもりか!!……しゃーない、ルミアとアリサは魔法での支援を頼む」
「「…………」」
ユリウスの指示を出したが、アリサ達からは何の返答を返ってこなかった。
それをおかしいと思いユリウスはアリサ達の方を向くと、そこには恐怖で震え上がった二人の姿があった。
「い、嫌!……まだ……死にたく、ない、なの……嫌なの!」
「……勝てないよ……あんな……あんな化け物に、か、勝てるわけないよ!……私はまだ、死にたく……ない……よ」
二人は震えそして絶望の顔をしており、さらには股間の辺りから水が流れ、足元に水たまりを作り始めていた。
だがそれは二人に言えた事ではなく、周囲の人々の一部も死の恐怖から失禁している者がおり、それは騎士も例外ではなかった。
そして失禁していない者は恐慌を通り越し狂乱状態に陥り、人を殺害しようとするもの、自分の体を掻きむしり続けるものと様々行為をし、精神がイカレテしまいまともな判断が出来なくなっていた。
だが場数を踏んだ騎士だけは違い、恐慌状態にすらなっていなかったがそれでも腰を抜かすか、脚が動かず、動けない状態だった。
そしてハクタクはアリサ達の隣で震えあがり、皆と同様に動けずにいた。
「チッ!あのトカゲ野郎、スキル死の恐怖を持ってやがるのかよ!めんどくせえな!!」
このスキルを魔物が持つと咆哮にこのスキルが乗り、敵の精神や思考を恐怖で埋め尽くさせ戦闘不可能状態に陥らせる能力がある。
しかしその能力も使用者のステータスに比例するため余りにも弱すぎると全く意味をなさなくなる時がある。
さらに距離によっても変わる為、近ければ近いほどその効果は絶大になる。
だがこのスキルは死の恐怖を克服したものには全くもって効果をなさない。
「おい!!そこの騎士!お前ら早く避難誘導をしろ!こいつは俺が抑える!」
ユリウスは騎士団の方を向き、聞こえるように大声で言った。
「そうしたのはやまやまだが……む、無理なんだ。体が……全く動かないのだ……。……それに貴様みたいな子供に何ができるというんだ!!」
騎士は情けなさそうに俯きながらそう言った。
それを見たユリウスは、無力だった頃の自分を見ているような感覚を覚えた。
(周りになるべく被害が出ないように戦わないとならないのか……辛くね!?)
そんな事を思いながらユリウスは剣(棒)を抜刀した。
そして操糸術を使って、袖の下に隠していた糸を指に巻き付けた後、幾つかの糸を二本の枝に満遍なく巻き付け強度を強化した。
(これで多少折れそうになっても何とか持ってくれるだろう)
そんな願望を胸にユリウスはドラゴンゾンビに突っ込んで行った。
ドラゴンゾンビはそれを見て嘲笑うような雰囲気を醸し出し、それからすぐに迎撃に移った。
まだ使い慣れていない前脚でユリウスを薙ぎ払おうと振りかざしたが、ユリウスの剣の射程に入った瞬間にそれは斬り飛ばされた。
そしてユリウスはドラゴンゾンビの体を袈裟斬りに一閃すると、変質したばかりの体は呆気なく切断されたが、それと同時に再生が始まり傷が高速で修復され塞がった。
そこから二本の剣(枝)でそれぞれ斜め下に切り払った。
ドラゴンゾンビの肉体にX字の傷ができたが、これも例の如く修復された。
そこからさらに連撃を加えたが、ユリウスの攻撃はダメージを入れてもすぐに回復されていった。
それを鬱陶しく思ったドラゴンゾンビは、ユリウスの左右に毒球の魔法を展開した。
ユリウスはそれを目視した瞬間に切り捨て無力化したが、切られた瞬間に毒球は小爆発を起こし、ユリウスの左右の視界を奪った。
それを機と読んだドラゴンゾンビは左前脚で薙ぎ払いを行った。
ユリウスはそれを寸でのところで避けたが、ドラゴンゾンビの爪が服の一部に引っ掛かった。
「しまっ……」
そして途中までユリウスを吹き飛ばすとドラゴンゾンビの爪が服から外れたが、ユリウスはそのままの勢いで建物の壁に激突した。
「ガハッ!!」
ユリウスは吐血した後重力に従い、地面に落下した。
「やべー。これまともに喰らったら即死だなーおい!」
ユリウスは口元の血を拭いながらそう言うと、ポーチに入れていたポーションが割れていないか確認した。
幸いなことにポーションは無事であり、ユリウスはそれを見ると安堵の息を漏らした後、右で持っていた剣(枝)を左の脇で挟むと、ポーチからポーションを一本取り出し蓋を雑に開けると中身を一気飲みした。
そして飲み終わった小瓶は地面に無造作に捨て、脇に挟んでいた剣(枝)を持ち直すと同時に糸を巻き直した。
「さて、どうしたもんかね。こいつ相手に今の装備と体で、さらに支援もなしと来た。あれ詰んでね?」
ユリウスは一人でぶつぶつ言っていると、先にドラゴンゾンビが動いた。
ドラゴンゾンビは息を吸い込み始めた。
「ドラゴンブレスか!?クソなんとか……」
ドラゴンゾンビの胸部の隙間から紫色の毒が垂れ、垂れた毒は地面に落ちると同時に地面を溶かし、それを見たユリウスはそこで言葉を切った。
「おいおいふざけるなよ!毒性のブレスとか質悪すぎだろ!?」
それを言うと同時にドラゴンゾンビはブレスを吐いた。
だがまだ力の使い方に慣れていないためか、ドラゴンゾンビの胸部から抑えきることができなかった毒のブレスが零れ周囲を溶かしていった。
そしてユリウスに向けられて放たれたブレスは剣(枝)を一振りし、その剣圧で吹き飛ばして掻き消した。
ユリウスはドラゴンゾンビに近づこうとしたが、先に漏れ出した毒のブレスの効果がまだ残っており、今近づくと間違いなく溶けると判断し、攻めるに攻められない状況に歯噛みしていた。
「ならあれを試してみるか。爆破……」
ユリウスがそう呟くと、ドラゴンゾンビの体の周辺で爆発が起きた。
「問題なくできたな。じゃあ毒が消えるまでは数秘術で何とかするか」
そして再び爆破を起こした。
「爆破……連鎖……」
そう呟くとドラゴンゾンビの周辺で爆発が起き、水素を大量に集め圧縮した透明のボール状の物を設置しており、今の爆発で誘発させ連鎖爆発を起こした。
だが周囲への被害を考慮しているためドラゴンゾンビに有効打を与えることはできなかった。
「クソー。被害を気にし過ぎて思い切ったことができねー。それに狂乱状態の人間を何とかしないと戦いに集中できないな」
そんな事を言っていると、少し離れた位置にいるギルからの声に気が付いた。
「ユウ!狂乱状態になった人はこっちで何とかするから気にせず戦って!」
「助かる!!」
ユリウスの思考から懸念材料が一つ減った為、どう戦うかを考え始めた。
「仕方ねーそろそろ手加減とか言ってられなくなってきたし、重りを外させてもらうか。幸い今日は偶々胴だけ付けて無くてよかったぜ」
ユリウスは剣(枝)を一旦納刀すると、自分の両腕と両足に付けている重りを外した。
そしてその重りは、自動的にインベントリに回収された。
軽く手足を動かした後再び剣(枝)を抜刀した。
「よしこれでさっきより身軽に動ける。……こうなるならもう少し多めにポーション持ってくるべきだったな。残り数本しかないからなるべく被弾しないようにしねーと。」
そう呟くとユリウスは数秘術を起動して、ドラゴンゾンビに突っ込んで行った。
付近の毒を数秘術で中和し、無害化しながらドラゴンゾンビの元に辿り着いた。
そこから連続で攻撃を仕掛けていき、ドラゴンゾンビの肉体をボロボロにしていった。
しかし決定打に掛けており、敵の修復速度がユリウスの与えるダメージよりも上の為、じり貧な状態が続いた。
「……一閃」
ユリウスは剣技を使い、ドラゴンゾンビの前脚二本を完全に切断し、そして胴体に深い傷を負わせた。
そして体勢を崩したドラゴンゾンビに追撃を加え、頭部を切り落とした。
「やったか?」
だがドラゴンゾンビは切断された前脚と胴を再生させ、切り落とされた頭部が地面に着く前に自身の腐肉を伸ばし、頭部を回収し再生した。
「わーお!!なんてチートだ」
流石のユリウスもこの一言しか見つからなかった。
そしてドラゴンゾンビは頭部が再生した後アリサ達の方を向き、ブレスを吐こうと息を吸い込み始めた。
それを見たアリサとルミアは、無意識的に互いの手を掴んでいた。
「クソッ!……間に合え!」
ユリウスは全力で疾走し、何とかブレスが来る前に二人の前に辿り着いた。
そして到着からほんの数秒後に、ドラゴンゾンビはブレスを吐いた。
ブレスはやはり胸部から少し漏れ出ていたが、先の一撃よりは比べ物にならないほど抑えられていた。
漏れ出ていない分、ブレスの威力も必然的に上がっていた。
ユリウスはそのブレスを右手に握っている剣(枝)による連続斬りで、ブレスを絶え間なく切り刻み続けブレスを掻き消した。
「ウソだろ!?あのブレス、酸性だけじゃなく腐食性もあるのかよ!?」
今のブレスを防いだ剣(枝)はドロリと溶け、先端から半ばまでが地面に落ちた。
補強の為に付けていた糸も当然ながら溶けていた。
もし溶けていなくとも、ブレスを防ぐための連撃に耐え切れなくて、切れていただろう。
ユリウスは溶けた剣(枝)を捨て、左手に握った剣(枝)を右手に持ち直し、糸で補強した。
「やっぱ長引かせるとまずいな。なんとか持ってくれよ」
ユリウスはちらりと剣(枝)を見た。
そしてドラゴンゾンビに突っ込んで行き、再び剣技を使った。
「……一閃」
だが先ほどよりも鱗の強度が増している為、前脚に深々と傷をつけただけだった。
そして敵が前脚で薙ぎ払いを行ってきたが、ユリウスは今度こそ寸での所で躱し、すれ違いざまにダメもとで再び一閃を加えた。
その攻撃では、やはり傷をつける程度だった。
そして間合いが開くのを確認すると、ドラゴンゾンビは尻尾を使って、横に強力な薙ぎ払いをした。
その攻撃を読んでいたユリウスは、高くジャンプしてそれを回避した。
だが敵はそれを見越して薙ぎ払いが終わると同時に、左脚による攻撃を仕掛けた。
そしてユリウスは、剣(枝)が折れるか折れないかのギリギリで手加減をして、剣技を放った。
「お見通しだ。……我、龍を断つ剣なり!龍殺……」
その時、剣(枝)は振り切る前に折れてしまった。
そう度重なるユリウスの剣技の負荷に、ついに耐え切れなくなったのだ。
「え?……しまった!!」
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