プロローグ
気が付くと男は星空を眺めていた。
男の傍らには二本の愛剣が地面に刺さっている。
そして彼の周囲には数えられない程の傷跡が残っており、その傷跡がどれほど激しい戦闘が起きていたのかを物語っている。
地は抉れ、焦土と化し、戦闘前にあった物はその悉くが消し飛んでおり、原形を保っている物は何もなかった。
そして三日三晩に及ぶ激闘が終わり、その戦いを祝福するように星々が輝いている。
男は立ち上がろうとしたが、奥義を放ったせいなのか体がピクリとも動かなかった。
それでも無理矢理動こうとしたとき、男に声を掛ける者がいた。
『見事だ、小さきものよ』
男は声の方向に視線を向ける。
そして視線の先にいたのは人間が豆粒に思えるほど巨大な龍である。
『どうした?人の子よ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているぞ』
「そりゃ驚くだろ!首を斬り落とされているのに話してるとか普通はありえないからな!」
『ふむ……そうか?神ならば誰しもこれくらいは出来ると思うぞ』
あくまで巨大な龍は自分たちを基準に話しており、男の話を聞いて何を当たり前のことを言っているんだ、と言いたげな表情を浮かべる。
そんな龍の態度を見て、彼は溜息を吐くことしかできなかった。
「これだから神は嫌になる。首を斬られたらさっさと死ね!」
男がそういうと龍は愉快そうに笑う。
『それよりも貴様の目的は果たせたのか』
「どうだろうな。……あまり実感が湧かないんだ。恐らくこんななりになっているからだろうな」
男は龍の問いに苦笑いを受けべながら答える。
『そうか。ならば神龍たる我がそれを保証しよう。貴様はたしかに目的を果たした。その証拠に貴様の前には、最強と謳われる二体の内の一体が無様な姿で倒れておるではないか』
そう、この龍は紛れもなく神話や伝説、御伽噺に出てくる世界の創世期から存在する二天龍が一体である。
破壊と創造を司る二体の始祖龍を除けば、紛れも無く最強の存在であることに変わりはない。
彼らが顕現すれば天災が起きると言い伝えられ、人々は彼らを災厄の象徴と恐れている。
そして男はそんな龍の言葉を聞き、笑うことしかできなかった。
その笑いにはここに至るまでの全てが含まれているように龍は感じる。
「ハハハハハ!そうか俺は遂にここまで来られたのか!」
『ああ、貴様は確かにこの世界の誰よりも強くなり、絶対的な強さを手に入れた』
「証明できたんだな。俺の剣が頂に至っているのかを!そして無才と言われてもなお足掻き、努力したものが本物だったのかを」
龍とは人に、いや生物全体に災厄をもたらす存在である。
だがこの龍は普通の龍ではなく龍神である。
龍種の頂点に位置する龍神種。
さらにその中でも最上位に位置するのがこいつである。
だからこそ、人は守り神と畏怖と敬意の念を込めてそう呼び、それに挑んだのはただ強い奴と戦いたいという衝動と、そして自身の力を証明したいと男が思ったからである。
自分が鍛え、習得した剣技。
無才と言われてた者が魔王や剣聖と呼ばれるまでになり、己がこれまで培ってきたものが、果たして通用するのか。
それを証明するための戦いが、これである。
『そして証明された。貴様は人の身で我らの域に達したのだ。よくここまで鍛え上げたな』
「ああ、その賞賛素直に受け入れさせてもらうぞ」
男はそれを聞き、今までの全てが報われた気がした。
無才と言われ、周りから蔑まれ、それを見返そうとして鍛え上げたその全てが。
彼に後悔はなかった。
いや、ある方がおかしいというものだ。
人々にどう思われていようが、少なくとも認めさせるという目的は果たせたのだから。
だから今の彼にあるのは満足感と達成感だけである。
『……我は強きものと戦え満足だ。さらに我を殺すとは実に見事だ』
「俺はただ強い奴と戦いさらに強くなろうと思っただけだ。まあ、だから殺したこと自体はぶっちゃけどうでもいいんだよ」
『なるほど。貴様は我と同じような性格をしておるな。我は貴様を気に入り、満足させてもらった。ゆえに貴様のどんな願いでも一つ叶えてやろう。まあ気に入った相手に何もしなかったと言うと、我の沽券にも関わるからな』
龍はこれまでとは違う雰囲気を放つ。
どうやらマジのようだ。
その龍神は世界を終末へ向かわせる権能を持っている、だからどんな願えでも叶えられると言われれば、納得せざるを得ない。
「で、何が目的だ?自分を殺した相手の望みを叶えようとするとは、変わり者にもほどがあるぞ?」
『だから沽券に関わると言っておろう。とりあえず我を楽しませた褒美とでも思っておけ。それで貴様は我に何を望む?』
「……そうだなー。俺自身、剣を極めるという目標しか無かったからな。だから達成した今はもう望むものが無いな。どちらにせよもうすぐ死ぬんだから考える意味がない」
それは逃れられない未来。
その証拠に男の体はピクリとも動かず、心臓の鼓動も徐々にだが弱り始めている。
文字通り全身全霊を以って倒したのである。
そのまま死ぬのが世界の理であり、抗えるはずも無い。
魔王の力を使ってもその事実を変えることはできない。
『貴様が望むなら再び命を与えるくらい造作も無いが、まあそれをしたらこの戦いが台無しになる。それは貴様も望むまい。そうだろ?』
「まあな。そうだな~、望みを果たした以上望む物は……いや、一つだけあったな。子供の頃、魔法を使いたいと憧れたな。剣と魔法二つ極めたら面白そうじゃないか。できるのか?」
この世界の魔法は極一部の者しか使えない。
魔力のある極一部の人間の中のさらに一部しか使えない。
いわゆる天才だ。
だが人間ならざる者たちは大体使える。例えばエルフや神、魔族などだ。
だからこそ男は、子供の頃に憧れをもっていた。
『我を誰だと思っている。こんななりになってはいるが造作も無くできる。ついでに貴様を転生させよう』
「なぜ転生させる?ただここで使えるようにすればいいだろう」
『魔法を極めたいのだろ?なら今の命をリセットし、新しく人生を始めれば。時間が増えるからそちらの方が良かろう。ついでにどう強くなるのか見ものではないか。はっはっはっは』
龍は面白い物を見つけた様な雰囲気を出して笑う。
そしてこの時、男が魔法を極めた状態で、と言わなかったのはそれではつまらないと思ったからだ。
一から極めるからこそ楽しいというもの。
男はそれを知っている、いやこの人生で知ることが出来たのだ。
最初から強かったら何の意味もない、それはただの自己満足なのかも知れないが、男はそう思ってしまったのだから仕方ない。
そして男は先の龍の言葉を聞き、苦笑いを浮かべる。
「俺は見せ物ではない。だがお前もどちらにせよもうすぐ死ぬではないか。俺の観察などできないだろ」
『そこはほれ、我の権能を濫用すれば解決だ。……てか貴様、今初めて感じたのだが、その禍々しいものは……なるほどあれか』
龍はもうすぐ現実空間に戻ろうとしている隔離空間にある素材を見抜いたらしい。
男はあーあれか、と言う表情を浮かべる。
「あれは力が強すぎて武器や防具への加工ができなくてな。それでここに余ってるんだ。まあ、もう無用の長物だがな」
『ならばこれはおまけにしておこう。貴様が持つ権能の内の一つ、捕食の権能を使いその素材を魂に吸収させ、未来永劫貴様の力にしようではないか』
「権能だと?俺は使ったことも無いし、もちろん使えない。さらに習得した覚えも無いのだが……」
龍はそれを聞いて呆れながら言う。
『お前は神を殺したりしただろ。そのとき権能が貴様に譲渡されたり、複製したものを習得している。まあ無意識下で行われるから気が付かなくて当然か……。それと権能は魔力が無くとも使えるが、魔力が無い分体への負担は大きくなる。貴様でも慣れれば使えると言うことだ』
「なるほど。だが権能は当分使えないし、使えたとしても使う気はないな」
男がそう言うとわかっている、と言わんばかりの表情を龍が浮かべたように彼は感じた。
そして龍に先の件を頼む。
「……とりあえず今は、その権能を使えるようにしてくれ。てか本当にできるのか?」
龍は当たり前だと言わんばかりに残りの力を開放する。
『貴様の権能の制御は我がする。故に貴様はただ触れるだけでよい。それと素材の座標は我が指定するから貴様が動く必要はない』
「わかった、始めてくれ。それにしてもお前よく首だけであれやこれやできるな」
龍はそれくらいできて普通だろと言う表情を浮かべる。
その後男の上に漆黒の鱗が落ちて来る。
そして男に触れた瞬間、鱗は消滅する。
『終わったぞ。これでそれは貴様の物だ』
「あまり実感は湧かないな。あっさり終わりすぎだし、使い方もわからんしな」
『貴様なら使いこなせるだろ。これだけ強くなるまで鍛え続けた貴様ならな』
龍は笑いながら言う。
「そろそろ俺もお前も限界が近い。やるなら早々に始めてくれ」
『ああ、始めるぞ』
龍と男は満足そうな顔をしていた。
『では始める。さらばだ我が戦友よ。またいつか会おう』
「ああ、またいつか会おう我が友よ。今度は魔法で殺してやる」
そう言い残すと男の体は生気を失った。
龍はまた会うのを楽しみにし、自身の転生の準備に取り掛かる。
そして男の体を抱き、泣きながらも誇らしい表情をした少女の姿があった。
初の投稿になるので至らない点などもありますがよろしくお願いします。