父の手紙
貴史へ。
お前がこの手紙を読んでいるころ、
私は姿を消しているだろう。
お前を巻き込むまいと必死に努力したつもりだったが、
奴らの力は私の想像をはるかに超えていた。
結局、このような形でお前に託さねばならない、
不甲斐ない父を許してほしい。
お前も知っての通り、
私は国立宇宙技術開発センターで、
生命科学研究室の上席研究員として研究を続けてきた。
私が今、命の危険に晒されているのも、
その研究の過程で知り合った、
とある人物に関わることだ。
これからこの手紙に書くことを、
どうかしっかりと記憶しておいてほしい。
そして記憶したら、
この手紙は焼き捨てるのだ。
奴らには決して知られてはならない。
奴らにこの秘密を知られたら、
人類には破滅の未来しか残ってはいない。
貴史。
すまない。
もうお前の他に頼る者はいない。
私の意思を継ぎ、
世界を救ってくれ。
いいかよく聞け。
まずは私の研究室に行き、
私の机の引き出しの奥を探すんだ。
たくさんの書類が入った、右下の引き出しだ。
書類は無視していい。奥を探れ。
そこに小さな袋があるはずだ。
袋を開けると、中にチップが入っている。
それを回収してくれ。
ん?
ああ、のりしおだ。
コンソメは置いておいてくれ。後で食べる。
それから、机の下に洗濯物がまとめてあるから、
ついでに持って帰って洗濯しておいてくれ。
ちゃんと柔軟剤を使うように。
父さん、そういうのすぐわかっちゃうからな。
それと、このあいだお隣さんにもらった大福な、
あれ食べちゃっていいから。
賞味期限今日までだから。
お姉ちゃんが、私も食べたかったのに、とか
明日絶対言ってくるけどな、
そこは無視していい。
どうせ食べさせたら食べさせたで、
太ったとかなんとか文句言ってくるんだ。
そういうところは母さん譲りだな。
我が家の女性陣は本当に理不尽だ。
やれと言ったからやったのに、
後からそうじゃないとかもっと考えてやれとか言うんだ。
結局私が謝ることになる。
でもそれっておかしくない?
確かに不完全かもしれないけど、
でもやったじゃん?
そこは褒めてよ。
あなたソファに座ってんじゃん。
せんべい食べてんじゃん。
私にはおやつも無しですか?
でもな、
それを言葉にしてぶつけたら、
命はないぞ。
こちらが言った言葉の三万倍くらい、
速射砲のような罵詈雑言が返ってくるぞ。
十年前のささいな失敗を持ち出してくるぞ。
一時間正座コースだ。
辛いぞ。
本当。
人生の意味とか考えちゃうぞ。
母さんとお姉ちゃんには逆らうな。
全力で機嫌を取りに行け。
いいな?
あと、冷蔵庫に昨日の残りの肉じゃががあるから、
チンして食べなさい。
ブロッコリーもゆでてあるから、
ドレッシングかマヨネーズで食べたらいい。
野菜を残したら後で説教だからな。
お米は炊いておいてください。
食べて残った分は、
熱いうちにラップして冷凍するように。
炊飯器に残したままだと味が落ちるからな。
電気代ももったいないし。
保温のまま電源を切り忘れないように気を付けて。
電源を切ったらコンセントも抜いておいてください。
馬鹿にならないよ、待機電力。
あー、それからな。
最後に、今朝の件な。
ほら、背広のポケットからキャバ嬢の名刺が出てきたアレ。
お前からうまいこと言っといてくれないか。
このままじゃ父さん、家に帰れないんだ。
今朝はうまいこと言って逃げ切れたが、
今夜はそうはいかないと思うんだ。
だから父さん、しばらく職場に泊まるから。
その間に貴史、
お前が大魔神の怒りを鎮めてくれ。
頼むぞ。
それじゃあな。
吉報を期待している。
貴史は手紙を無言で握りつぶすと、スマートフォンを取り出し、耳に当てた。
「バカを発見。連れて帰るから、煮るなり焼くなりお好きなように」
電話越しに楽しそうな笑い声が聞こえる。父の運命は今、確定した。
電話を切り、貴史は今にも泣きだしそうな空を見上げて、呟いた。
「オレが奴らの味方だと見抜けなかった時点で、あんたはもう負けてたんだよ、親父」