日常討議同好会
放課後、静けさを感じる校内。
その一室で二人男女は本を読んでいる。その部屋に一人の少女が入って来る。
「失礼しまーす!待ったぁ?」
この少女は美華。ちっこい外見ながらも、生徒会長をしており、皆に愛されている。それと共にこの同好会の創設者でもあったが高確率でこの同好会に来ない。
そうこの同好会とは、日常討議同好会。このちびっ子生徒会長様の我儘と権力により、生み出された同好会である。それの我儘に僕達は振り回しているのだ。
「来ても来なくても同じだと思う」
「いや、場が癒されるわ」
「そうだね。場が癒されて、場がごちゃごちゃになる」
僕達とは目の前の女子、歩美。生徒会の書記で本が好きで明るい。
そして、僕は誠。根暗でラノベ好きで将来はニートになりたいと思ってる。自分でも思う糞人間だと。
歩美を『正』と表したら僕は『負』。美華が『混沌』だと言える。
こんな、表向きの奴らがなんでこんな糞人間と共にいるか。それは単純。単純に幼馴染だったから。
僕は正直、この同好会を嫌々入っている。最初は断った。しかし、美華に付き纏われて周囲の視線が気になり、仕方無く入ったのだ。多分、数合わせに違いない。
「まあまあ、そんなかっかしないの〜!」
彼女はそう言うが何度、巻き込まれた事か。今回だって全く創設者が活動に参加しないという現象に襲われている。
「さぁーって!今回の議題!今回は誠の番だね!」
「またこれか。」
美華は机からティッシュ箱サイズの箱を取り出す。
この同好会は俺と歩美が交互に美華が用意した箱を引いて、それに書かれている日常に関する議題について討議する。おそらく、美華は遊び程度にしか思っていない。そう僕は思いながら、しおりを本に挟む。
それで箱に手を伸ばし、最初に触った紙を手に取る。
それは4つ折りにされてある。それを僕は開く。
『運命とは、アナタにとって何か』
「はい。」
それを見た僕は美華と歩美に見せる。歩美はこのタイミングで本をしまう。それで僕にとっての運命か。僕は......
「運命とはあらかじめ決められて変えることの出来ないモノ」
そう言った後、歩美と美華の口が開く。
「私は運命は変えられると思うの」
「私は歩美に一票!」
「1対2か。」
まず最初にお互いに意見を主張した後、質問し、どちらかが折れるまで繰り返す。僕は自分でも頑固で負けず嫌いだと思う方なので思ったより.粘る。
「では僕から。まず、運命とはなにか。それは人にとっての人生で、もう決まったルート。そのルートの事を僕は運命と言うと断定する。僕達は決まったルートの上で決断も躊躇するのも既に決まっている決定事項。だから変えるも何も既に元々そのルートだったって事だ。これで以上。」
自分の意見を言い終わった為、次の番だと急かすように歩美を見る。
「私はそうね。運命か。それは『運命は我々の行動の半分を支配し、残りの半分を我々自身にゆだねている。』イタリアの思想家マキャヴェッリが言った言葉よ。つまり半分は自分自身が決めること。運命って別れ道が複数あって必ず選択しないといけないわ。運命は道の全体のことを指してる訳でも無い。まあ、別れ道の事も指してる訳でもなのかもしれないけどね」
歩美は言い終わるとどうでもよさそうに誠と共に視線を美華に送る。
「次は私ね!私は運命は変えられると思う。私は頑張れば、なんとかなるわ!!」
そう、美華の意味の分からない頑張れば何とかできる理論を破壊し、美華自身が認めなければ美華は負けない。
そんな、話を伝わらない奴にいくら声を掛けても無駄。なので歩美さえ倒せば勝ちなのである。
それを向こうも納得しており、美華が来ても来なくても基本は僕と歩美のタイマン試合になるのだ。
「じゃあ質問タイムね。誠が先に行ったから誠の意見から質問ね」
「ああ。分かった」
「うん」
全員了承し、誰からかを決める。司会は毎回誰かが適当に仕切る様になっている。
「はい。誠が愛読の本って異世界転生系だったわね。あれって神様のミスだよね。そんな分かり切った一本道だと運命であらかじめ神様がミスするのを神様は知ってることになるよね。あれ、全知全能の神だったよね」
歩美は誠に問い掛ける。
「......あれはフィクションだから実在では無い!!」
「小説は二次元だよね。『リアルとヴァーチャルが混在している今、二次元は実在する事となった』とか言ってなかった?」
「小説は二次元じゃない」
「挿絵あるよね。その絵は物語を表しているじゃないの?」
「くっ......降参」
だけどまだだ。歩美の案を叩きのめせば引き分けに持って行ける。僕はこの日常討議同好会での成績は七勝二敗一引き分け。余裕で勝ち越しを狙える。
「次は歩美の番だ。」
そう言って歩美に宣戦布告をして、僕は質問をしまくったのだが、しかし......
「コレで終わりね」
「クソ。何も出てこない......」
「私の勝利~!」
「ふふふ。私は歩美に1票入れましたっ!」
負けたのだ。これで僕は七勝三敗一引き分けの日常討議同好会第十一回目は歩美の勝利。
美華はいなかったことにされてる事は本人は気付いてない模様だ。
それで僕達はその後、3人で下校していった。
日常討議同好会は金曜日に集まる事になっている為、また集まるのは来週だ。
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僕はあの日を境に何か少しずつが変わり始めていると思う。
勝率が下がった。それはあの日からの事だった。
日常討議同好会第十二回目、美華は来ない。
『友達とはあなたにとって』を議題に歩美が勝利した。七勝四敗一引き分け
日常討議同好会第十三回目、今日も美華は来ない。
『学業とは何を得るものか』を議題に僕が勝利した。八勝四敗一引き分け
日常討議同好会第十四回目、やはり、美華は来ない。
『リーダーに求めるものとは』を議題に歩美が勝利した。八勝五敗一引き分け
日常討議同好会第十五回目、美華がようやく来た。
『愛とは何か』を議題に歩美が勝利した。八勝六敗一引き分け
日常討議同好会第十六回目、美華は来ない。昨日はたまたまだったようだ。
『もしも、神様となって世界を管理するとしたら』を議題に歩美が勝利した。八勝七勝敗一引き分け
日常討議同好会第十七回目、美華は来ない。
『月はどの形が最も美しいか』を議題に歩美が勝利した。八勝八敗一引き分け
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金曜。日常討議同好会第十八回目を行う日。
今日負けたら僕は追い抜かされ、これから差を開かれるだろう。負けるのはちょっと嫌だ。だけど最善を尽くそうと思い、ちょっと早めに部屋に行く。
そこにはいつも通りの定位置で本を読んでいる歩美。
「早いな」
「気の所為じゃない?」
いつもより口角が上がっている気がした。
僕は自分の席にいつも通り、座る。
「おっと、もうお二人さん来てるんだ。お早いねぇ~」
「はいはい」
「マスコットが来たわ」
「酷くない!?」
そして今日はまたまた、美華が来た。
さて、いつも通り始めましょうか。『討議』を。
「さぁーって!今回の議題!今回は歩美の番だね!」
美華が机に箱を出し、歩美が本をしまう。
「......はい。」
歩美を引いた後、皆に紙を見せる。そこには......
『いい友達の別れ方とは』
数秒見せたあと、その紙をテーブルに置く。
「私はどんなメッセージの伝え方でもいいから、別れを告げる。」
「......同意見」
それは僕と歩美がこの同好会で初めて意見が重なった瞬間だった。
心当たりはある。この同好会で討議していく内に僕が変わったのだと。意見が折られ、折り、互いに折り合った。
それは、僕の心情を変えたのだと。
「私も~二人に一票~!」
美華も二人と同じ意見。この同好会、日常討議同好会でようやく全員の意見が重なったのだ。
「......今回、凄い早いな」
「......今日は早めに帰りましょう」
「けってー!」
そして部屋から出て帰ろうとした時、歩美に止められる。
「ちょっと、そこで待ってて。忘れ物した」
歩美は部屋に入り、数分で戻ってくる。それから3人で下校した。
何故だか歩美が浮かない表情をしていたが、別れ際に、にっこりと
「さよなら」
と言った。
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それから次の同好会の日。その日、歩美は来なかった。学校にもだ。
それを僕は不自然に思わなかった。
また更に次の同好会の日の金曜日
歩けば着く、ギリギリの時間で登校中に有る言葉がたまたま耳に入った。
「そーいえば、うちの学校の生徒が病気で亡くなったらしいね。先生が言ってた」
「うっそーなにそれ知らなかった」
そうなのか。っと他人事でボーっと教室に入り、眠い為、机に伏せる。
あっという間に時間は過ぎ、担任がホームルームをする。
「昨日、とても悔やましい事がありました。生徒会の書記。隣のクラスの藤堂 歩美さんが病気で死亡しました。」
それを聞いた瞬間、僕は目がすぐさま覚める。何人かの知らなかった歩美の知り合いである生徒が泣く中、僕は頭が真っ白になった。
二週間前にはピンピンしてたのに、何故?なんでだ。なんで僕は見舞いに行かなかった。すぐ治る。インフルエンザかな?など思っていた。
しかし。しかし、歩美は死んだ。確かに歩美の両親から病弱だと聞かされた。
なんでだ。なんでお見舞いに行かなかった。
思考は堂々巡りするばかり。授業など当然頭に入らず、気付けば放課後。
重い足取りで部屋に向かう。
「......」
いつも僕よりも早く来て、本を読んで座っている歩美は勿論の通り、居ない。これから未来永劫。同じ光景を実際に見れないのだ。
僕は黙って自分の席に座って本を読むが全く頭に入らない。
するとドアの向こうに人影が見えた。
僕は来るはずのない歩美が来ることを自然に祈ってしまった。そう、もう今は亡き歩美を。
「おっと、と二人......歩美は居ないんだった」
そこのは美華。美華がいた。美華には聞かなければいけないモノがある。
「......歩美が病気って知ってたのか」
「うん。本人に口止めされてね。1年前から知ってた」
「......」
「......」
それを聞いた僕は沈黙し、美華も黙り込んだ。
「何故だ?」
「この同好会。日常討議同好会は君の為に作られたモノさ。気恥ずかしかったのだろうね。」
僕の......為?何故だ。何故この糞人間に構うのだ。全く持って意味が分からない。
「何故だ?」
「それは私の口からは言えない。まあヒントをあげるよ。最後にペンを薄く塗れば分かっちゃうかもね」
「......」
美華の意味が全く分からなかった為、僕はしばらく黙り込んだ。
「じゃあね。日常討議同好会は今日で、もう終いだよ。備品の整理、宜しく!」
「......」
美華の言葉に応じなかったが、美華は部屋から去っていく。
なんでだ。どういう事だ。意味が分からない。
そう思いながら、自分が持ってきた物や、備品を無言で綺麗に片付ける。
すると歩美の座る席の机からノートが落下した。それに勿論、それに目がいく。
「これ......は?」
そこのはこう書かれてあった。
『日常討議同好会記録』
僕はそれを手に取り、それを見る。1枚目は裏表空白。もう1枚ページを捲る。
日常討議同好会第十八回目、『いい友達の別れ方とは』と書かれている。
こういう事だったのか?何故だ?何故こうなった。それからしばらく悩んだ。
『何故歩美は居なくなったのか』という議題で1人、頭の中で討議する。
出ない。意見すら出ない。頭が真っ白で何も出てこない。
そして僕はページを捲る。
そのノートには第十八回から第一回の討議の内容がほぼ全て書かれている。
そこには明らかな違和感。それは議題の最初の文字が薄く、丸が書かれている事だ。
それを第一回から。並べてみる。
て、き、い、に、つ、じ、い、せ、う、と、が、り、あ、も、つ、い
規則性が有るのか?いや......ありがとう?逆になっているのか。それで......
「......いつもありがとうもっと誠実に生きて」
僕が何をしたのだろうか。お礼を言われることは身に覚えは無い。だが、もっと誠実に生きて。は、見覚えしかない。
もっと誠実に生きて。か......そしてコレは僕の為に作られた同好会?僕の歪んだ夢の矯正修正の為?それを死ぬまで黙っておくことか?
「......あ」
ここで僕は美華の言葉を思い出した。
『まあヒントをあげるよ。最後にペンを薄く塗れば分かっちゃうかもね』
僕はノートの隅々を調べる。するとノートの枚数が10枚と少ない事に気付き、最初の空白に戻る。
「こすり出し......」
美華の言葉で白い紙に鉛筆で塗る。そこにはこう書かれている。
『アナタが好きだ。アナタのイイ所、ダメな所全て知っています。それでも私は君の事を好きだと言える』
それは破られたページに書かれた歩美の恋心。しかし、羞恥によって見せられることの無かったはずの言葉。
「......」
僕はそれ見てしまった。本来、知ることの無かったことを。
歩美が僕に恋心を抱いていたとしたら、歩美なら病気の状態で迷惑をかけまいと、黙っていたはず。同好会も、余計な疑惑の浮上をさせない為。
この日、僕は真理を知った。
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今日。あの日から丁度、十年。
彼女の墓に花を飾り、祈る。
「......今日も僕は誠実に生きております」
そう、僕は墓の前で呟いた。
彼女は生きている。僕の心の中で。