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絶望

 

 目を開けるとそこは森の中であった。いわゆる熱帯雨林のような様相を呈する環境が周りを取り巻いており、謎の生物の鳴き声が時折遠くの方から聞こえてくる。


「こりゃまた酷いところに来たもんだ。」


 無事に異世界転移を果たしたのであろう俺はそう呟いて辺りを見渡す。どこを見ても木しか視界に映らない。サバイバルの経験がない俺にとってこの状況は致命的と言えるだろう。ただまあ俺のこれまで読んできた異世界モノの中で、主人公が森から脱出できずに餓死をしたなんて例は無かったため、自分もきっと大丈夫だと思いたいところだ。


しかしふと、そこから見える景色に違和感を感じた。心なしか視線が普段よりも高い気がするのだ。そう疑問を抱いて自分の身体をよく見てみると、なるほど確かにこれまでの俺の身体とは違う。


「そういえばあの女神は『生まれ変わる』権利を贈呈するとか言ってたもんな。」


 おそらく俺は生まれ変わりを果たしたことによって身体の構成も変わったのだろう。転生なのに見た目が全く変わってないなんてことはあり得ないからな。鏡がないのでわからないがおそらく顔なんかも変わっているはずだ。

 しかし転生のはずなのに赤ん坊からのスタートではなく、少し若め(18歳くらいだろうか?)の状態から始まるのは何故なのか。


 ちょっと考えようとしてみたが止めた。どうせ考えたところで正解は分からない。間違った結論を出してしまって、あとは確証バイアスによってズルズルと誤解を深めていく、なんてことにもなりかねないからな。

 まあそんなに深く考えるような事でもないのだろうが。どのみちジャングルで一人赤ん坊スタートなら間違いなく俺は成人する前に死んでいただろうから、今はとにかくこの幸運に感謝するばかりだ。


「それと、異世界ならお約束のステータスとかはないもんかね。」


 そう、冷静にあたりの状況確認などを行っていたが、実はさっきからずっと俺のステータスが気になっていたのだ。現代日本でよく異世界転生系の小説を読んでいた俺は、それに関するある程度の知識なら持っている。あの頃はよく非現実に想いを馳せていたものだった。まさか自分が当事者になるとは当然ながら思いもよらなかったわけだが。

 しかしもしテンプレ通りならば、最強チートと言う名のスキルを貰った俺のステータスは相当凄いことになっているはずだ。スキル名自体は安直といえば安直だが、シンプルイズベストとも言うように、単純だからといってそれが即ち大したものでないと判断することは些か早計と言えるだろう。


 ただこう長々と語ってみたものの、もはや俺はステータスに対する興味を抑えることができない。そして衝動的に口を開くとテンプレ通り、ある言葉を口にした、


「『ステータスオープン』!!」




 コウタ 18歳 異世界人 Lv1


 スキル 最強チート(笑)

 加護 女神の加護




 ステータスとして現れたのは以上の内容だった。なるほど。思っていたより簡素だったな。もっとHPとかMPとか具体的な能力値が表示されるのかと思ったがそうではないようだ。まあ実際HPとか日によってもかなり左右されそうだし、そんなものをいちいち表示するのは現実的ではないかもしれんな。


 あとはなんか女神の加護とやらも付いているがこれはおそらく女神の親切心によってつけられたものだろう。もしくは異世界転生ならではの特典か。まあ分からんが後で確認しておこう。


 重要なのは最強チート(笑)だ。正直に言おう。俺は今とてつもなく焦っている。確かに俺は女神にスキルを強請る時、最強チート(笑)が欲しいとは言った。『最強チート』ではなく『最強チート(笑)』の方だった。しかし弁解させてくれ。俺はあくまでそんなスキルどうせないだろうけど(笑)みたいな、あくまでただの笑いとしてそのようなニュアンスを付け加えただけに過ぎないのだ。決して(笑)まで名前に含めたスキルを欲したわけではない。


 しかし現実は非情なようだ。これでは薔薇色の異世界生活を送るつもりが、現代日本同様、灰色の人生になりかねない。


 しかしそんな絶望感を感じていた俺はまだ、希望を捨てていなかった。

 その根拠は転生前にある。あの優しい女神が、このスキルを俺に授けることを躊躇した様子が見られなかったのだ。それはつまり、(笑)であっても十分に有用性があることを意味する。それならば、俺が希望を捨てるにはまだ早いのではないか。

 そんな希望的観測に基づいて「最強チート(笑)」の部分をよく見てみると、その説明文が浮かび上がってきた。



 最強チート(笑)


 周りの生き物に、「うわ、こいつめちゃくちゃ強そう…」と思わせることが出来る精神干渉系のパッシブスキル。これで君も俺TUEEEができるよ、やったね!(笑)




 ………。


「ふざけんなあああ!!!」


 一体なんなんだこのスキルは。役に立たないにも程があるぞ。俺の想像の百倍は無能だった。しかも最後完全に煽りに来てやがる。女神はこのクソスキルを渡すことに何ら躊躇いも無かったのだろうか。そう考えると女神への評価を修正せざるを得なくなるな。


 しかしもう受け取ってしまったものはしょうがない。考えるべきはこれからについてだ。俺は今後どうやって生きていけば良いのか。そう考えてみるも、このスキルの内容を知ってしまった今、どうも鬱屈とした感情だけが押し寄せてきてしまう。


 実際このスキルがパッシブであるせいで、おそらくすれ違う全ての人間には強そうな奴だと思われることだろう。しかしその実ただの弱い一般人であったと周知されてしまうと、もはや俺のスキルは全く役に立たないどころかむしろ人間関係を構築するにあたって完全に邪魔な存在となり得る。その場合、俺はただ無駄に威圧感のみを出しているイカれた野郎になってしまうのだ。

 それは非常にまずい。



 つまり俺はどうにかして実力を晒さずに、強者風の雰囲気だけ醸し出しておく必要がある。


 ……果たして俺にできるのだろうか。残念ながら、元の世界でまともな人間関係を構築していなかった俺にそんな高度な事が出来るとは到底思えない。しかもこれはバレた瞬間即座に信用が失われるため、ミスが許されないということを考えればさらにその難度は跳ね上がる。


「……まあ、やってみるしかないよなあ。」


 しかし、今の俺に出来るのは結局それのみ。あれこれ考えたところでやってみなければ何もわからない。やるしかないのだ。


 そんな新たな決意を胸に、俺は森の中を歩き出した。





「------」

「-------」


 そうしてしばらく森の中を歩いていると、奥の方から微かに人間の声らしきものが聞こえた。声質からして恐らくは女性だろう。しかし時折悲鳴も聞こえてくるということを考えると、これは異世界モノにありがちの盗賊に襲われているパターンかもしれない。


 これは僥倖、とそちらに向けて走り出そうとするがふと冷静になって立ち止まった。


 果たしてなんの力も持たない俺が盗賊を無事退けることが出来るのか。そんな不安が頭をよぎる。


 だが俺には最強チート(笑)がある。仮に力を以って退けられずとも、相手から退くように誘導すればいいだけの話だ。これがダメなら恐らくこの先も同じような危機に遭遇してすぐに死んでしまうだろうし、試してみる価値はある。しかも成功すればこの世界の人間との関係を構築するきっかけを得ることができ、更に自分のスキルが有用であることも証明できる。一石二鳥なのだ。これはやるしかない。


 そう結論付けると俺は再び声の聞こえた方へと走り出す。

 目的地は思ったよりも近かった。距離にしておよそ百メートル程度であろうか。その距離を走り抜けた俺の目の前には、貴族なのか上品な服を着ている少女と、おそらくその護衛であろう騎士のような格好をした女性が二人佇んでいる。

 そして彼女らに相対するは体調およそ五メートルほどのドラゴン。



 ………は?ドラゴンだと?


 今からでも引き返さなければ。生来チキンである俺の判断は早かった。二人の女性のことなど無視し、すぐさま踵を返し逃げようとする。


 しかし遅かった。

 巨躯を持つドラゴンの瞳は既に、俺をしっかりと睨みつけていたのだった。


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