最強チート(笑)
眼が覚めるとそこは真っ白な空間であった。この世のものとはかけ離れたような神秘さを感じるその空間に、俺はただ一人佇んでいる。
「おはよう。身体に不調はない?」
すると突如、それまで俺以外何も存在しないと思っていた空間から女性の声が響き始めた。そして同時に、目の前の視界が徐々に霞んでいき、そこに一人の女性が現れる。驚きを隠しきれず、口が中途半端に開いてしまうがそれでも現状把握のため、相手に問いを投げかける。
「体に不調はありません。それより、あなたは?」
「私はまあ、有り体に言ってしまえば女神、と言う存在かしらね。」
しかし返ってきたのは到底理解しがたい言葉だった。
女神ときたか。たしかにこんな不可思議な場所に存在するくらいだから普通の答えは返って来ないだろうと思っていたが、案の定よく分からない答えが返ってきてしまった。
「それで、これは落ち着いて聞いて欲しいのだけれど、貴方はついさっき死んだのよ。」
そしてさらに、俺には受け止め難い事実を畳み掛けてくる。しかもノータイムで。悠久の時を過ごす女神ならば、この矮小なる人間に少しばかり事態を整理する時間を与えて欲しいものだが。
いやそれよりも、俺が、死んだ?一体全体何の話だと言うのだ。冗談にしてもタチが悪……いや、待てよ。そういえば俺はさっきまで交差点で信号を待っていて、そのあと確か………
「どうやら思い出したようね。」
思い出した。俺の死因も、死ぬときに感じていた感慨も全て。あの時確かに俺は、死ぬ最後の瞬間まで誰も俺を見てくれないことに対して笑っていたのだ。
「それで、ここからが本題なのだけれど、貴方はこれまでにどうしようもない孤独感を感じたことはない?誰からも存在を認められていないかのような。」
女神のセリフは俺の心を正確に見抜くものだった。しかし気になるのはそれを女神が知っていた理由と、俺の死よりも重要であろうその本題についてだ。
「図星のようね。実は、他人からほとんど関心を向けてもらえず、ついに誰からも認識されなくなってしまった際には死んでしまう、と言う一種の呪いを貴方はかけられていたのよ。」
何かと思ったら呪いだと?この女神は一体どれだけ俺に許容し難い情報を与えてくるつもりなのか。
この近代の社会において俺が『呪い』にかかっていた。そんな突飛な話を完全に鵜呑みにしてしまうほど俺も軽率ではないつもりだが、それでもそんな非科学的な理由ですら納得できてしまうほど理不尽な環境に身を置いてきたというのもまた悲しきかな、事実である。
だがもし本当に呪いにかかっていたとするならば、俺はその呪いによって殺されたも同然という事になるのだ。そう考えるとふつふつと怒りが芽を出し始める。
「その呪いをかけたのが誰なのかは分かっているんですか?」
「分かっているわ。ただ残念ながら犯人はすでに死んでいるの。」
「死んでいる?」
「ええ、実はあなたは前世で呪いを受けたのよ。だから今から何十年も前の話。犯人も寿命で死んでいたわ。」
…前世だと?女神というのは信じがたい情報を立て続けに発信するのが趣味なのだろうか。ついそう思ってしまう気持ちもわかってほしい。先程から俺は理解が追いついていない。
なんと、俺は前世で呪いを受けたらしいのだ。一体全体当時の俺はどんな人生を歩んでいたというのか。
しかし俺はここで、大事な情報を二つ得る事が出来た。一つは輪廻転生という概念が存在するということ。そして、犯人がすでに死んでいるということだ。
可能ならばこの手で復讐をしてやりたいと少し思ったのだがどうにもそれは叶いそうもないらしい。何ともやるせないものだ。
「ただこれは完全にこちらの不手際。本来なら全ての魂は呪いなどを一切消去した綺麗な状態で生まれ変わるはずなのよ。なので貴方にはお詫びに、現在の記憶を保ったまま他の世界に生まれ変わる権利を贈呈するわ。」
なるほど、生まれ変わる権利か。たしかに悪くない。しかもこれが強制ではなくあくまで権利である、というのもまた好感がもてる。
「それはありがたい話です。しかし、もし転生した場合にはその呪いは解除されるんですよね?」
「ええもちろんよ。更に異世界の生活に慣れるため、スキルも贈呈するつもり。」
呪いは無くなり、さらにスキルまで貰える。これはもはや断る理由が見つからない。スキルが何たるものかはよく分からないが、異世界を生き抜く上でアドバンテージを得られるというのはおそらく確かだろう。
「それなら是非お願いします。」
俺の答えは決まっていた。
「分かったわ。それじゃあ、どんなスキルがいい?大体の要望なら聞いてあげるけど、その代わりスキルは一つよ。」
「どういったものが良いのかよくわからないので、何かオススメはありませんか?最強チート(笑)みたいな。」
最強チート、みたいなスキルがあったならそれほど便利なものはないだろう。何しろ最強+ チートなのだから。しかし女神を相手にこれは、少しふざけ過ぎたかな?
「あるわよ。最強チート(笑)。」
「あるんですか!?じゃあそれでお願いします!」
自分で言っておいてなんだがまさか本当にあるとは思わなかった。一体そのスキルを作った人はどんな奴なのだろうか。若干気になる。
「それにしても、少し元気になったようで何よりだわ。最強チート(笑)なんて私に強請れるくらいだし。」
「………」
そういえば確かに、俺はここに来てから若干テンションが高かった。自分では全く意識していなかったのだが、この女神はどうやら気づいたらしい。
恐らく自分のことをちゃんと見て話してくれる存在を初めて見つけて、浮き足立っていたのだろう。だがそんな俺に不快感を催すこと無く、笑顔で安心したかのように俺を見てくれる女神には、もはや感謝を通りこして尊敬すら感じる。これが女神というものか。
「じゃあ名残惜しいけどそろそろ君には異世界に行ってもらうわ。達者でね。」
「ありがとうございます。」
しかしそんな女神とももうお別れの時間みたいだ。これから俺は異世界の地に降り立ち、新たな人生を歩むことになるのだろう。そこに不安はもちろんあるが、それでも呪いが解除された俺がどう生きていくのか、自分のことながら興味があるのも事実だ。今度こそ周りの人に自分を認識してもらう。
そう心を決めてから再び、女神の方に目を向ける。
「今度はみんなが君のことを見てくれるから。だから頑張って、カイト君。」
最後までこの女神は俺の心を見抜いているようだ。その事に半ば感心しながらも喜びを感じた俺は、そっと意識を手放したのだった。
「良い子だったわね。」
そう呟くのは、白い空間に残る一柱の女神だ。ちょうど今呪いにかけられていた不憫な子を異世界に送ったとところである。
「一応彼が異世界で再び心を閉ざしてしまわないように、人間関係に恵まれる加護も最大限つけておきましょうか。」
そう言うと彼女は何やら作業を始める。その手は白く光り、まさに神がその力を行使しているかのような(事実その通りであるのだが)、そんな印象を抱かせる。
そうして暫くその作業を続けていたのだが、不意に彼女の手の動きが止まった。
「それにしてもあの最強チート(笑)、本人が希望するから探してみたけれど、そんなスキル存在したかしら?」
どうやら女神でも知らないことがあるらしい。彼女はその後も少しの間考えていたが、結局答えは出せなかったのか、諦めて再び加護を与える作業に戻っていった。