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終わり

 

 今にしても思えばそれは必然だったのだろう。その日は何もかもが不自然なほどに整然としていて、自分の歩む道が予め決められているようだった。




 雑踏の中で立ち止まった俺は、そんなことを考えながら赤に変わった信号を見つめる。


「これは運がないな。」


 本当に運がない。俺が赤信号に捕われてしまったことももちろんそうだが、それによって始めに述べた俺のポエム的な何かが意味をなさなくなってしまったこともだ。

 普段自堕落な生活をしているものだからたまには小難しいことでも考えて頭を動かそうと思ってみたらこの様だ。やはり考える内容が悪かったのだろうか。実際先の文章はいかにも厨二病然としていて我ながら恥ずかしくさえあった。


 そもそも観念的なことを考えるからいけないのだ。もっと現金な、俗なことでも考えた方が良かったかもしれない。


 そこまで考えて、ふと周りを見渡す。視界は人で埋め尽くされ、周りの景色なんてものはほとんど遮られてしまっている。もっとも、人がいなかったとしても今俺がいる都会の交差点から見える景色なんてものはたかが知れているわけだが。


 そうなると俺が注視するのは人のみだ。360度どこを向いても視界に映る名も知らぬ誰かの顔と、そこに付く二つの瞳。しかしそれらの瞳にはどれ一つとして俺を映すものはない。

 いや、今一瞬視線が誰かと交差したか。ただそこに意味などない。ただ不自然に周りを見渡す人間がいたからそこに軽く目を向けただけのこと。事実、目が合ってすぐにその人は前を向いて動き始めた。



 誰も俺を見ていない、誰も俺を知らない。

 これは物心がついて以降ずっと俺抱き続けている思いだ。


 両親を持たず幼い頃から孤児院に預けられた俺は、ただ俺一人を見てくれる人間を持たなかった。周りの子供はなぜか俺にだけは全く興味を示さずに玩具で遊んでいたし、孤児院の先生だって俺のことは結局有象無象の中の一人だとしか認識していなかったはずだ。外の人間と話してもその人は俺のことを見ているようで、その瞳に俺は映っていなかった。


 生まれ育った環境がやや特殊だったというのも勿論あるだろう。ただ、それだけでは説明のつかない現象が常に俺を付き纏っていたのだ。

 もはや誰の記憶にも俺は残されていないのではないか。俺はそんな確信めいた思いを持っていた。


 俺にとって数少ない他者と交流し得る場所であった孤児院からは卒業し、その後会社に就職したもののそれは昨日辞めた。

 もはや俺の周りに人間関係などをカケラも存在していない。今この瞬間にも、俺という存在は消えて無くなってしまうのではないか、という恐怖すら感じる。



 そこまで考えて背筋がゾッとした俺は、その嫌な考えを振り切るように顔を振ると、信号機の方へ再び目を向ける。

 その色はもう赤から青に変わっていて、先ほどまで周りにいた人たちはもうとっくに信号を渡り終え、今ではもう俺一人だけが取り残されていた。


「渡るか……」


 そう呟いて点滅しだした信号を駆け足で渡る。そうしてようやく道路の真ん中まで来たところで、俺はふと視界に映る違和感に気づいた。


 信号を無視して走る一つのトラック。それは俺の方へ、まっすぐとなおかつ猛スピードで向かってきている。厄介なことこの上ない。

 俺とトラックとの距離は残り数メートルだ。避けることはほぼ不可能。運が良くても重傷は避けられない。


 運転手は一体何をやっているのか。そう一種の怒りを覚えて運転席を見るも、特段おかしい点は見つからない。運転手は眠っているわけでもスマホをいじっているわけでもなく、ただ普通にトラックを走らせているだけだった。

 ただ一つ。


「やっぱり俺は映っていないんだな。」


 案の定その瞳に俺は写っていなかった。

 しかしこれも、いつも通り。何らおかしいことはない、ただの日常だ。



 そっと目を閉じる。トラックの音が近づいてくるのが分かる。死が迫っていることを実感できたが、不思議と怖くはなかった。どうやら、事故死は俺にとって恐怖を覚える対象にならなかったようだ。



 そうして、トラックが俺にぶつかった。ふと視線を上げると、そこには慌てふためく運転手の姿が見える。

 ざまあみやがれ、今日からお前は人殺しだ。そんな恨みの篭った視線を強くぶつけてみる。しかしその目には困惑の色が映っているばかりで、相変わらずそこに俺の姿はない。


「……ははっ。」


 この期に及んでまだ誰にも認識されないとは。そう考えると自然と笑みが溢れてくる。最期の最期まで俺らしい。

 そうして俺は笑顔のまま、意識を闇に落としていく。



 信号はもう、赤へと変わっていた。


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