第六十話(最終話) エピローグ・後編
馬車に乗り、進軍してきた道を辿ってラドネスに戻ってみれば、盛大なるファンファーレの嵐。途中のバルム砦での歓迎ぶりも相当だったが、やはり規模が違う。質素に生きていたであろう人々も、今日は大はしゃぎだ。ポテチをつまみに例の謎酒をかっ喰らっている人々の多さよ。今後必要だったはずの兵糧が浮いた分を、放出しているのだろう。
「ベル。俺からこの国の人々に伝えなければならないことがある。場を設けてもらえないだろうか」
「御意にございます。早速手配させましょう」
皇女が馬車から首を出し、傍らで馬に乗って歩いていた魔導師に要件を告げると、その魔導師はだく足で宮殿へと向かっていった。
さて、これからがきっと大変だな。
◆ ◆ ◆
宴の後、演説の場が用意できたと言うので宮殿のテラスから広場を見渡すと、一面人、また人という状態である。これは少し緊張するな。
「皆に告げなければならないことがある。俺は今この時を以て隠棲する。今後、俺を崇め奉ることはまかりならん!」
激しいどよめきが沸き起こる。中には悲鳴を上げる者までいた。まあ、こうなるよな。群衆の動揺を鎮めるため、手をかざす。
「この度の争いは、俺のような異世界から来た者たちが神を僭称し、世界を意のままに操ろうと己の考えを強制したことに起因する。俺がこの国、いや世界の営みに口出しをすることはその愚を繰り返すことに他ならないと考えた。皆は、自らの頭で考え、より良いと思う世界を築いてほしい。以上だ」
再度のどよめき。しかし、先程よりは落ち着いてる気がする。振り返ると、ベルがそのつぶらな瞳を更に丸くして絶句していた。更にその背後には、いつもの七人が神妙な顔で控えている。あのマルコまで大人しいとは、異世界人でも降ってくるかな。
「という訳だ。まあ、たまには顔ぐらい出すよ」
肩をすくめると、ベルがぽろぽろと涙を流すではないか。
「申し訳ありません。突然のお達し、どう受け止めたものか……」
「すまないな。今後の身の振り方を熟慮したらこういう決断になった」
指で姫君の涙を拭う。我ながら気障だな。
「ルシフェル様、もう我々を導いてくださらないのですか!?」
フォルの痛切な叫びが響く。
「そうだ。必要以上のことはしない。皆は好きだが、ラドネスだけを贔屓すればきっと人類の新たな災いとなる」
後ろ髪引かれる思いで意を汲んでくれたのだろう、彼女が唇をきゅっと噛みしめ頷く。
「オマエとお別れじゃないよな……?」
うるんだ瞳でマルコが足の間に尾を巻き込み、泣きそうな声を出す。
「安心していい。折を見て遊びには来る」
「子供作ろうな! ゼッタイだかんな!」
最後までそれか。まあ、らしくていいな。
「「結婚式、出席していただけますよね?」」
「安心してくれ。それは絶対出る」
シトリーとウィネのハモリに、改めて快諾で答える。百合ップルの結婚式なんて眼福、見逃せるものか。
「ルシフェル様、女にしていただき、ありがとうございました! 私、生きていてこれほど幸福なことはありませんでした!」
涙目で誤解を招きそうな表現しないでくれるかなー、ユコ。あれほど手こずった性転換魔法はあっさりと成功し、ユコはまごうことなき女性としての人生を送ることになった。
「さて、二人はどうする?」
サタンとオフィエルには、帰らねばならない故郷はなくなった。特に、オフィエルのことを赦せないラドネス人は少なくないだろう。
「お姉ちゃんは本物のルシくんのお墓参りしたら、ルシくんと一緒に行きたい」
「オフィエルちゃんは……みんなにゴメンなさいするためにこの国で頑張る。絶対遊びに来てよねっ!」
「そうか。それもいいだろう。ではサタン、客室で待っていてくれ。皇帝と話しておかなければならないことがある」
大きく頷き、テラスをあとにする。くっそ、涙が出るな。だが、自分で決めたことだ。我慢しなきゃな。
◆ ◆ ◆
「バフォメット皇帝。その、なんだ……。決めてもらいたいことがある」
人払いをした皇帝の居室で、上半身を起こした皇帝の横に座り、話を切り出す。彼は真剣な面持ちで俺を見つめている。その真摯な瞳が、これから切り出す話に辛い。
「貴方様が私に対してこれほど悩まれることというと、チェルノブイリの呪いを祓うか否かについてですね?」
「察しが良くて助かる」
かつて大天使チェルノブイリが世界に遺した呪い。
皇帝はこの呪いをまともに受け、副作用で足の自由を失い、さらに多くの人々から魔法が失われたものの、結局は呪いきれずに若い女だけは魔力を残し得た。
これを祓おうかどうか決めかねている。
母や本物の鈴村あかりのような性格の悪い女を知っているから、女というものを盲信するわけではないが、やはり男が再び魔法を手にした時、新たな戦火が起こるのではないかとも考えている。
現代日本で拳銃の所持を自由化するようなものだろう。人間同士の争いに俺が割って入るのは先程の決意表明を台無しにすることになる。
しかし、この呪いをそのままにしておくというのは、目の前の人物に再び自力で歩くことを断念してくれと言うのに等しい。
すべてを理解したであろう皇帝は、目を閉じて熟考している。
時間が静止したように互いに動かない。
「私個人の決断で、この呪いの是非を決めるのも傲慢とは思いますが……」
どれほど時間が経っただろうか、皇帝が沈黙を破る。
「呪いは、人類がより賢い決断ができるときまで遺しておきましょう」
穏やかな顔で決断を述べる皇帝に、心から頭を下げた。ありがとう。
◆ ◆ ◆
人々に伝わる漆黒の堕天使伝説。
今日もどこかで漆黒の翼が六枚羽根の天使と共に宙を舞っているという――。
<完>
長らくお付き合いありがとうございました。「自称・漆黒の堕天使が異世界を革新するようです」、以上で完結です。あとは、振り返りのまとめエッセイと、おまけのボツシナリオを公開するのみとなりました。




