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第五十八話 勝利者

「馬鹿な……!」


 渾身の力を込めた拳は、魔力を(まと)った奴の掌で軽くキャッチされてしまった。


「これがワシとお前の覆らぬ力の差というものだ」


 口の端を歪め、もう片方の手で顎ヒゲを撫でる僭称者(せんしょうしゃ)余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)である。


「貴様に背後を取られたときは少し焦ったぞ。だが詰めが甘かったな」


 奴を(にら)みつけるが、鼻をフンと鳴らし小馬鹿にされただけだ。下を(うつむ)くと、ただただ白い雲が広がっていた。


「……とう」


「ああ? なんだと? 年寄りにはもっとはっきりした声で話さんか」


 完全に煽りモードの声が響く。


「ありがとうって言ったんだよ、クソジジイ! 最後の最後で油断してくれて、最っ高にありがとうなァッ!!」


 面を上げてドヤ顔を向けると、僭称者(せんしょうしゃ)は目を()いて吐血し、背中から激しい血飛沫(ちしぶき)を上げていた。


「トリックに引っかかったばかりだろうが! 学習しろよ!!」


 再度、俺とサタンとオフィエルの魔力を込めた拳が奴の左頬を(えぐ)り、歪ませる。


 僭称者(せんしょうしゃ)は怒りで狂った形相を向け何か叫ぼうとし、また魔法発動のために手を突き出すが、叫びは響かず、魔法も発動しなかった。自らに起きた異変に気づき、奴は両手を交互に見る。


「言っておくが、沈黙の魔法とかそんな生易しいものじゃないぞ。貴様のすべてが内側に向かう(・・・・・・)ようにした。音も、魔力も、何もかも。すべてが二度と貴様の外へと出ることがなくなった。貴様自身も内側へと無限に収縮していく」


 自分の運命を理解したのだろう。蒼白となり絶望の表情を浮かべる。


「貴様、すべてに飽いたと言ったな。これからは一切干渉できず、ただ永劫に世の中を見続けるだけの存在になるのだ。これが、数多(あまた)の存在を弄んだ貴様への最大の罰だ。貴様に教えを与えた男は誰よりも愛を説いた存在だったろうにな」


 奴は、すでに十センチもないちっぽけな姿になっている。


「最後に、俺が仕掛けた二つ目のトリックについて教えておいてやろう。挟撃のふりをする時、号令とともに手を突き出しただろ? あの時、透明の空気の刃の塊……といったらいいのか、それを低速度で撃ち出しておいたんだよ。そして空気のかすかな歪みが到達したのを確認したので、決定的な油断をさせるために(うつむ)いたという訳だ。じゃあな、永遠に苦しめ」


 豆粒どころか恐らくは光の粒子以下の小ささになった僭称者(せんしょうしゃ)に向けて右の親指、人差し指、中指を立てて「さよならだ(チャオ)」のポーズを取る。


「ルシくん、すべて終わったんだね……」


 背後からサタンが声をかけてくる。振り向けば、彼女が、清々しい表情を向けてくる。一方オフィエルは少々難しい顔だ。


「ああ、終わったよ。本当に色んなことがあった……」


 この世界に突如召喚されてから、本当にいろんな事が起きた。もし、僭称者(せんしょうしゃ)のような形で転移してベルたちに出会わなかったら、俺は奴のように歪みきった化物になっていたかも知れない。


 あるいは、たまたま人違いでこの世界に呼ばれなかったら、元の世界で腐ったままだっただろう。そういう意味では、俺と僭称者(せんしょうしゃ)は表裏一体の存在だったのかも知れない。


「お兄ちゃん、アイツは許せない存在だけどさ、一応、その……」


「皆まで言わなくていい。分かる(・・・)よ」


 本当はきちんと愛されたかったのだろう。だが、対象が赦されざる邪悪であり、つまらぬ余興のための捨て駒として扱われ、間接的に自分の手で葬らざるを得なかった。さぞ複雑な心境なのは嫌でも分かる。それは人も天使も変わらないはずだ。


「行こうか、皆が俺たちの帰還を待っている」


 気づけば、眼下の分厚い雲が晴れつつあった――。

 あとはエピローグとおなじみのおまけコーナー・最後のまとめ版をお送りするのみとなりました。


 量子ジャンプまでは思いついたものの、さらにもう一捻りしないと面白くならないなあと長時間悩んでいましたが、前回良太が手を突き出しているシーンを自分で読んで、「この何気ない動作を伏線にしたらどうだろうか?」と思いついたら、一気に書き上げることができました。

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