第五十一話 怒りの日
「貴様、ただの僭称者だったのか!」
「僭称とはずいぶんな言われようだな。百万を超える天使はワシが生み出した存在だぞ。お前は麦畑を作って喜んでいたようだが、お前にできることは当然ワシにもできる。このテーブルセット一式と周囲の光景もそうだ。無から有を作る。これが神の所業でないなら何だというのだ。そもそも、ルシフェルになりすましていたお前が僭称とか言えた義理か」
く、痛いところを突いてくるな。余裕綽々な表情が実にムカつく。
「ルシくん、お姉ちゃん今いち事態が飲み込めていないんだけど……」
サタンが困惑の表情をこちらに向けてくる。
「うむ、こいつはこの世界の大昔に、俺と同じ世界の日本からやってきた転移者だ。そして、この世界に来た異世界人は強力な魔法力を得る。そういうことだな、僭称者?」
「概ね正解だ。ついでに言えば不老不死にもなるぞ。すでに何千年生きたか覚えておらん。時の経過とともに魔力は強まり、まさにこの世の理を外れた存在となるのだ」
やはりな。しかし、当てつけにこいつの二人称を僭称者にしてみたが、大して効いていないようで癪だ。
「だが、一つ腑に落ちないことがある。俺がこの世界に来たときは二〇一七年。しかし、貴様が死んだときは一九九九年。この開きはどういうことだ?」
「なんと、そんなに年数が経っておったのか。どんな理屈かは知らんが、あの世界とこっちは時間の流れ方が違うのだろう。しかしそうか、世界は滅びなんだか……」
尊大な態度を崩さなかった僭称者が、初めてため息とともに憂いの表情を見せた。
「せっかくだから、少し歴史の授業をしてやろう。ただし、こっちの世界のだがな」
再び僭称者が手をかざすと、見覚えのある槍を持った、見覚えのない隻眼の一人の男の率いる軍勢と、天使たちがスーパー魔法大戦をしている光景が周囲に映る。
「……バフォメット皇帝の軍勢との戦争か?」
「違う。それより遥かに昔、同じように異世界から来たものが少数居た。その一人がこいつだ。こいつもまた神を名乗っておった。他にもこういう手合は居たが、すべてワシが勝利した。グングニールなどの神器は、こいつらから鹵獲したものだ」
どこかで見たことがあると思ったら、この槍はグングニールか!
「こうして神々の戦いが終わったあと、平和な時代が続いた。清い禁欲と良き伝統が地に満ちた。しかし、ルシフェルとサタンが反逆し、天界に騒乱が起こった。ルシフェルは地に堕ちたが、崩壊が進んでいたので捨て置いた。サタンは罰として幽閉したまま生かしておくのも一興と考え、そうした。天界に来ようとした、たわけた人間どもも居たな。さらに長い時が流れ、人の身で反旗を翻した存在が居た。それが――」
「バフォメットか」
「正確にはその父、バフォメット一世だがな。ラドネスは革新を説いて巨大化し、二代目になる頃には教皇の勢力を凌ぐほどになっていた。この頃になると、天使を派遣するのすら面倒になってな。そうだな、飽いた――という表現が正しいのだろう。教皇府が滅ぼされたあと、セクンダディ・チェルノブイリを差し向けるだけに留めた。ほぼ相打ちだったが、余興としては悪くはなかったぞ。しかし、人は異世界でも愚かな歴史を繰り返すものだな」
「貴様が要らぬ教義を押し付けていたからだろうが! 科学を禁じられ、性の有り様を鋳型にはめられ、最後の一人になるまで同族を葬られた者たちの無念と怒りと悲しみを俺はよく知っているッ! 人を愛したルシフェルとサタンの気持ちもだ! 人は前に進んでこそ人たりうるのだ、一番の愚か者は貴様だ!」
涼しい顔でうそぶく僭称者への怒りで、思わずテーブルを叩いてしまった。一触即発の状態にサタンとオフィエルが緊張している。
「わからん奴だな。ワシはこの世界の人間を心から愛しているぞ。我が子のようなものだ。子を愛さぬ親は居ない、すべては教育だ。苦労というものは人を磨く」
俺の最大の地雷を踏み抜けやがった。怒りで頭が真っ白になるというのはこういう感覚なのか――!
「そうだったら、俺はあんな悲しい思いはしなかった!! 大嘘をつくんじゃねえ!! 苦労で心が折れるほうが普通なんだよ!!」
両親との嫌な思い出が脳裏を巡る。思わずいつもの口調を忘れるほどの怒りだ。
「あのさ、主……。オフィエルも一つだけ質問してもいいかな。何で人間を一気に滅ぼさなかったの? お兄ちゃんがいくら強くても、最初からみんなで戦ってたらきっと勝ってたよね?」
「何だ、そんなことか。それではせっかくの余興が台無しだろう? ほれ、事実絶妙なバランスで鍛えてやったおかげで紛い物が一人前に育ってワシに牙を向いている」
「そんなこと……? そんなことのために、サマエルちゃんやミカエルちゃんは死ななきゃいけなかったの……?」
俯き、震える声でオフィエルが声を絞り出す。
「天使などいくらでも作れるからな。大したことではない」
裾を強く握り締めたあと、オフィエルがものすごくいい笑顔をこちらに振り向けて言った。
「お兄ちゃん、こいつムカつく♪ ブッ殺しちゃえっ☆」
両手を突き出し、サムズダウンする彼女。笑顔が爽やかすぎてむしろ怖い。
だが、オフィエルのおかげで少し正気に戻ることができた。悪と認定された誰か一人が居なくなればすべてが解決する――そんな虫のいい考えはきっと間違いなのだろう。今は僭称者と戦うために団結している人類も、戦後に分裂して争うかも知れない。だが、そんな理屈はどうでもいい。すべてを踏みにじるこいつだけはやはり許してはいけない。
「中立を貫こうとしたオフィエルにも見放されたな。貴様の悪運もここに尽きた」
立ち上がり、戦闘態勢を整える。サタン、オフィエルも俺に続いた。
「どうやら楽しいお喋りはここまでのようだな。まあ、ある意味この瞬間を待っていたわけだが」
不敵な笑みとともに僭称者が右指を打ち鳴らすと、突如視界がホワイト・アウトした――!
今回は世界観に関する種明かしと、ルシフェル良太の怒り爆発編です。この展開に持っていけたのは、応援してくださっているたなぼたもちさんのご感想で、「鬱展開でも最後までついていく」というありがたいお言葉を頂いたことによります。この言葉のおかげで、ルシフェルの鬱屈という伏線を過去に仕込むことができました。
ストレスフリーを是とするテンプレ作品はこれではいけないのでしょうけど、あんまりいい人生送ってこれなかったせいか、こういう内容のほうが書きやすいんですよね……。ド遅筆の私が四時間もかからなかった気がします。
ちなみに、「子を愛さない親は居ない」というのは、私の中で一、二を争うほど反吐が出るぐらい嫌いな言葉です。こんな大嘘が未だに公共の電波や出版物に乗って世間様に届いているのは犯罪的だとすら思うほどです。




