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第四十五話 漆黒の翼

「さて、肝心のエテメンアンキが手に入ったが、どう使ったものか」


 先ほどのガラクタ、もといエテメンアンキを改めてよく見ると、ただの黒い六角形の平たい物体である。これのどこをどうすれば天界に行けるのだろうか。


「オフィエル、当時はどうやって使っていたか分からぬか?」


「えー? 昔のことだからなー。お兄ちゃん、貸して。確かねー……」


 エテメンアンキを持ったオフィエルが背後に回り、固い物が背中に押し当てられる感触があったかと思えば、今度は体が締め付けられる感覚がした。己の体を見れば、黒いベルトが四本、X字に交差している。装着されたというわけか。


「おー! よし、あとは頑張れお兄ちゃん!」


「頑張れってお前な。起動ワードとかそういうのは知らぬのか?」


 振り返って問えば、無駄にいい笑顔で肩をすくめて首を横に振りやがる。サタンはエテメンアンキのことは知らなかったしな……。やむを得ん、色々試してみるか。


 まずは目をつぶり念じてみる。……駄目か。


 では、駄目元の適当詠唱だ。


「上天を飛雄せし漆黒の翼、エテメンアンキ! 我が声に応え、その姿を示せ!!」


 一拍置いて、周りがどよめく。首をひねれば、何やら黒い物体が視界に入った。どうやら成功したようだ。この一発成功率の高さがユコに発揮できてやれてたなら……。いや、今はそれよりエテメンアンキのことだな。


「オフィエル、どうなっている?」


「えっとねー、黒くて固いテカテカした翼がエテメンアンキからぶわーって伸びてる!」


 ゴキブリみたいな表現をするな。萎えるじゃないか。ともかく、これで古代人は天界を目指したというから、飛翔できるか試してみよう。


 再度目をつぶり念じてみると、体が宙に浮く感覚があった。目を開けば、目線(アイレベル)が随分と高い。さらに上昇するよう思い描くと、どんどん視界は高くなり、人々をを見下ろす形になった。文字通りの上から目線というやつか。これがサタンや翼を失う前のオフィエルが普段見ている世界なのだな。


「ルシくん! 一緒に飛ぼう!」


 サタンが舞い上がってきて、俺の手を取る。くるくると繋いだ手を軸に横回転、二重螺旋のようにきりもみ、地面すれすれから急上昇。航空ショーの戦闘機のように、アクロバティックに動く。面白い! 自由自在に動けるぞ!


 ちらりと眼下を見れば、オフィエルが悔しいんだか羨ましいんだか判断しかねる微妙な表情で、こちらを見ているのが映った。そうだな、お前の翼が生え揃ったら一緒に飛ぼう。


 十分飛行試験を堪能したので、サタンとともにふわりと地に舞い降りる。神と戦う準備は整った。あとは……非常に言いにくいことを皆に告げる必要があるが、どうしたものか。


「皆、聞きなさい!」


 逡巡していると、ベルがいきなり大声を上げた。


「これから最後の戦いに赴くルシフェル様にとって、我々は足手まといになります! (わたくし)は先ほど己の無力を痛感しました。我らは本隊に速やかに合流し防衛に務め、ルシフェル様の勝利を待ちましょう!」


 そう、俺が言い悩んでいたのはこのことだ。察してくれたのか。言いにくいことを代弁してくれる。本当に気配りのできる子だ。


「皆の思いを背負い、()ってこよう。オフィエル、お前の翼が生えそろったら出発だ。戦いを見届けてほしい」


 決意の表情で頷くオフィエル。


「ルシく~ん、誰か忘れてないかな? お姉ちゃんも一緒にいくよ」


「サタン……しかし、翼をほとんど失ったお前では……」


「初代ルシくんと一緒に叛逆したときから、覚悟は決めてるんだよ? いざとなったらお姉ちゃんのことは気にしなくていいから、お願い連れて行って!」


 深々と頭を下げる。ただ初代ルシフェルを心に思い描き、天の牢獄で永劫の如き時間を耐え抜いた彼女。そうだな、彼女の命は大事だが、思いを踏みにじるのはさらに無粋か。初代の仇、共に取ろうじゃないか。


「分かった。改めて頼む」


 手を差し伸べると、真剣な眼差しと共に強く握り返してくる。最終メンバーは決まった。


 神よ、刃は貴様の喉元にもうすぐ届くぞ。

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