第四十四話 新約の堕天使
眼前に全員ではないが、ベルの騒動で千人以上の魔導師が集まる中、何事だろうかと皆が俺を注視する。少し躊躇するが、ここで決心が鈍ってはいけないと思い直し、口を開いた。
「我は……いや、俺は、この世界の伝説の存在である、ルシフェル・アシュタロスではない」
ヴェイヴァルに吹く一陣の風とともに、ざわめきが起こる。真正面のベルを見れば、驚きで目を見開いている。
「真実を明かすのは、士気に影響するかもしれないと思って偽っていたが、この世界とは異なる世界の日本という国から召喚された。本名は鈴木良太。ただ、この名前が好きではなくて、元の世界で偶然にも、ルシフェル・アシュタロスという別名を名乗っていたが、それが故か間違って召喚されたようだ」
目を閉じ、深く息を吐く。士気に影響するかもしれないというのは、半分は本心。もう半分は、拒絶されるのが恐ろしかった。
「だが、全てを偽ったままどう転ぶか分からない最大の敵に挑むのは、自分の中に何か良くないものを残すと思った。どういう訳かこの世界で高い魔力を発揮できたこともあり、行動を以て救世主としての証を立ててきたつもりだ。こんな俺でも……その、いいだろうか?」
魔導師たちが再びざわめく。
「我々がここまで来れたのは、ルシフェル様……良太様とお呼びしたほうが宜しいのでしょうか? 良太様のおかげです。何を問題視する必要がありましょうか」
ベルが口火を切ってくれた。ありがとう。君は本当に思いやり深いな。
「ルシ……良太様はボクたちの愛を心の底から祝福してくださってます」
「あたしたちの愛を見守ってくださる方を無碍に出来ましょうか」
ありがとう。シトリー、ウィネ。素晴らしきかな、愛。
「良太様は私に女として生きる道を示してくださいました。感謝しかありません」
ありがとう、ユコ。本当の願いをいつか叶えてみせるよ。
「そっか……。やっぱり、本物のルシくんじゃなかったんだね。薄々気づいてたよ。でもね、お姉ちゃん君のことも大好きだよ」
「オフィエルちゃんも、なーんかアヤシイと思ってたんだよねー。でも、お兄ちゃんを見届ける気持ちは変わってないよ!」
ありがとう。サタン、オフィエル。でもオフィエル、お前それ絶対後付けだろ。まあいいけど。
「あの奇跡の数々は異界の秘術だったのですね……。改めて言わせてもらいます。さすがです、良太様!」
ありがとう、フォル。お前ぶれないね。
「オマエが何者でも変わらない! オマエすごいやつ! だから子供作ろー!!」
有難う、マルコ。後半は聞かなかったことにする。
ザイドハーマで留守を預かっているシェム将軍がここにいたら、どんなことを言っただろうか。でもきっと、否定の言葉は出てこなかったろうと思う。他の魔導師たちも理解を示してくれたようだ。
「有難う皆。これで心置きなく神と戦える。もし……差し支えなければだが、改めて『新約の堕天使ルシフェル・アシュタロス』を名乗っても良いだろうか。その、あれだ。やはり本名はあまり好きではなくてな」
「はい! それでは、改めてまたルシフェル様とお呼びさせていただきます!」
「では、新約の堕天使ルシフェル・アシュタロスが誓おう! 人類に勝利をもたらさんと!!」
ベルの声を受け右手を広げやや低めに掲げると、魔導師たちのルシフェルコールが響き渡る。
それは、俺が真に認めらたことの証だった。
シェム将軍たちと合流させてからやっても良かったなーとも思ったんですが、ルシフェル的にあとはエテメンアンキの試運転したら天界にカチこみかけるだけなんで、その必然性がないという……。




