第三十六話 質素な晩餐会
皇帝との話も終わり、食事をすることになった。食堂に行くと、漫画でしか見ないような、白いテーブルクロスの掛かった長いテーブルの上に火の灯った燭台が幾台も乗せられ、ベルと重臣思しき人々がすでに食事を始めていた。皆、俺の姿を見ると、一斉に起立し、頭を下げ挨拶をしてきた。
俺の到着まで食事を待っていてくれないのかよとこのときは思ったが、後で知った所によると「食べられるときにすぐ食べておく」というのがラドネスでの風習らしく、戦時中であることを考えると、合理的な考え方なのかも知れない。
召使いに椅子を引かれ着席すると、ややあってパンとハムっぽい肉、それと謎の黄色い飲み物が運ばれてきた。ふむ? コース料理だろうか。それにしては、いきなり最初が肉とパンというのがよくわからないが、まあ異世界だしな。作法も違うのだろう。
さっそく食べてみるが、ハムっぽい肉は割とうまい。ただ、パンのほうがどうにも酸っぱい。確か、何かで聞きかじった所によると、ドライイーストが生まれる前のパンはパン生地を継ぎ足しながら、前のパン生地のイースト菌で発酵させるため乳酸菌なども増えて酸っぱいのだったな。この飲み物は……ほんのり甘くて微炭酸。なんというか、コーラに風味がよく似ている。ていうか何だ? 妙に気分が良くなってきた……。ひょっとして酒か、酒なのかこれ!? うーむさすがファンタジーな異世界、十四にして飲酒する羽目になってしまった。
さて、食べ終わってしまったぞ。目の前の皿が下げられる。次は何が運ばれてくるのだろうか。
しかし、いくら待っても次の料理が来る気配はない。よく見てみれば、ベルを始め皆にも次の料理が来る気配はない。
「つかぬことを聞くが……ひょっとして料理はあれで終わりか?」
「はい。本来ならルシフェル様にはもっと良いものを振る舞いたかったのですが、農民がまともに作業をするのも危うい有様ですので……」
ベルが心の底から申し訳無さそうな顔をする。そうか、そこまで困窮しているのか。なんとかしてやりたいものだ。こうして、質素な晩餐会は終わった。
◆ ◆ ◆
「ルシフェル様の世話は、彼が務めさせていただきます」
「ユコ・バックと申します。よろしくお願いいたします、ルシフェル様。精一杯お世話させていただきます」
食事が終わると、応接室でメイド長の年配女性によって、おさげのメイドが紹介された。彼女が深くお辞儀する。愛らしい容姿の少女……ん? ちょっと待て。
「今、彼と言わなかったか?」
聞き間違いだろうか。あるいは、微妙に日本語と言葉が違うのだろうか。
「はい。実はこの子は男なのでございます」
なんと。男の娘というやつか。ユコがひどく恐縮する。その表情は、深い悲しみを湛えていた。
「それとルシフェル様、お召し物を作るため、採寸させていただきます」
メイド長の言葉で、傍らに待機していた服職人が手早く体のサイズを計り、謎言語で何か言いながらお辞儀した後、去って行った。
「二日後には仕上がるとのことです」
メイド長が翻訳してくれる。いやはや、これは不便だ。現地語を憶える必要があるぞ。
◆ ◆ ◆
採寸が終わると、寝室に通された。内装は質素だが、ベッドは天蓋付きで何ともゴージャスな感じだ。食ってすぐ寝るのもどうかと思うが、他にやることがあるわけでもなし、あの質素な食事のエネルギーを少しでも多く蓄えるにはすぐに寝たほうがいいのかも知れないな。
「御用の際は、そこの呼び鈴を鳴らしていただければ、ユコがすぐに駆けつけます」
メイド長とユコはお辞儀すると、退出していった。さて、寝るか。なんだかんだで結構疲れた。それに、さっきの酒が効いているのか実に眠い。
ベッドに潜り込むと、その感触のなんと心地よいことよ! よくアニメで小さい子供が「このベッドふかふか~!」って言うシーンあるが、あの心境だ。いや、うちの安ベッドと比べもんにならん。なんとなく、皇帝の人柄というものが分かってきた。生活に必要なことにはしっかり金をかけ、それ以外は質素に済ませる。飾らない、合理的な人間のようだ。
ああ、心地よい……泥のように眠りに誘われて行く……。




