第二十七話 百合ップルの危機!
これはどうしたことか、夢か幻でも見ているのか。
ちゅーちゅん事件の翌朝、朝食のテーブルでシトリーがウィネに色々話しかけているのだが、ウィネは不快そうに耳を伏せ、尻尾を大きく振って無視し続けているのだ。確か尻尾振りは、猫の激おこ状態サインだ。これはただごとではない。
◆ ◆ ◆
「何があった?」
朝食後、一人になったシトリーを呼び止め尋ねた。
「実はですね、昨日はボクとウィネのファーストキス記念日だったんです。ところがそんな大事なことをうっかり忘れてて、朝まで爆睡してしまって……。ウィネ、プレゼントまで用意してくれてたんですけど。もう、何度も何度も謝ってるのに、全然赦してもらえなくて……」
尻尾を足の間に巻き込み、組んだ指を落ち着きなく動かすシトリー。いやはや、ここまで凹んでる彼女を見るのは初めてだ。元気娘シトリーが、内気なウィネの尻に敷かれてるのか。百合ップルは実に奥が深い。
「どうしましょう、ルシフェル様。ウィネに嫌われたら、ボク生きていけません!」
胸元に両拳を当て、潤んだ瞳で青褪めた顔を向けてくる。尻尾はよりいっそう巻かれ、耳は元気なく伏せられている有様。これはもう見てらいれない。
「我に任せよ。何とかしてみせよう」
目処などまったく立たないのに、つい断言してしまった。だが、百合ップルの幸せは俺の幸せでもあるのだ。
◆ ◆ ◆
「確かに、あたしも強情だとは思うんですけど……」
尻尾を垂らし、腰の前で手を緩く重ね握って恐縮するウィネ。
「でもですね! あたし、一週間以上前からすっごい楽しみにしてたんですよ! シトちゃんのために、密かに手袋編んでおいたんです。これから寒くなるからって!」
腕をピンと伸ばして拳を外側に向け、尻尾をぶんぶん振る。こんなに怒ってるウィネも、初めて見るな。
さてどうしたもんか。これは、どちらかといえばウィネの問題といえる。彼女が快く赦せば丸く収まる話なのだが、引っ込みがつかなくなっているのだろう。俺の立場で仲直りしろと言っても命令にしかならないだろうから、それで解決したとは言い難い。何かきっかけがあれば良いのだが……。
こうなると、一緒にこの問題を考えてくれる人材が欲しくなる。マルコ、論外。ベル、これ以上心労をかけたくない。シェム、昨日会ったばかりでこんな相談を持ち込むのもなあ。融通利かなそうだし。フォルもこういう問題には疎そうだ。オフィエルは、逆に引っ掻き回す光景しか思い浮かばない。リリス成分に賭けるのは博打すぎるし、リリス面が出てきたからといってどうにかなるとも思えない。残る選択肢は、ユコとサタンか。
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「なるほどねー。あの二人、そーゆー訳だったんだ。よーし、お姉ちゃんにまっかせなさーい!」
真っ平らな胸を、誇らしげにドンと叩くサタン。
「ユコちゃんも力を貸してくれる?」
三人で輪を作り、彼女の計画を聞く。……うーむ、そんな方法で上手く行くのかね?
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「ほーっほっほっ。ひとはあらそってばかりいるー。やはりわたしはふたたびかみにねがえることにするわー。こいつはひとじちだー」
「あーれー。たすけてくださいルシフェルさまー」
公衆の面前でユコを抱え上げ、ホバリングするサタン。もちろん狂言である。しかし、その酷い棒読みは何とかならんのか、二人とも。
「おまえはさいしょからサタンだったのだな。ずっとわれらをだましていたのだな。これでもくらえー」
前言撤回。俺の演技も大概だわ。ていうか、我ながら何言ってんだか意味不明すぎるよ。パワーは弱いが見た目は派手な閃光魔法を放ち、サタンに攻撃が効かなかった振りをする。
「ルシフェル様、何事ですか!」
おなじみのメンツが集まってきた。もちろん主賓のシトリー&ウィネも居る。
「うむ。サタンが乱心した。腐ってもサタン、なかなか強い。なれば、人の愛の美しさ見せ改心させるまで!」
一同を見回すと、オフィエルが一人、頭の後ろで指を組んでニヤニヤしている。真意に気づいて、面白そうだから傍観する腹積りか。まあ、余計なことをしないのならそれでいいや。
「シトリー、ウィネ!」
「「はいっ!」」
二人がピンと背筋を伸ばす。
「二人の愛の形をサタンに見せてやれ! 具体的に言えば熱いキス!」
手を上向きに鷲掴むように構え、熱弁を振るう。さあ、やるのだ! 寧ろ俺こそが見たい!
オフィエルとマルコ以外が、正気ですか? と言わんばかりの視線を向けてくる。痛いなー。その視線、すっごく痛い。
「そーよそのとおりよー。わたしにふたりのあいをみせなさいー。そうしたらひとがまたしんじられるかもー」
サタンが微妙な助け舟を出してくれる。
「分かりました。恥ずかしいけど、ユコのためなら……」
シトリーがウィネの頬を両手でホールドする。ウィネも唇を受け入れるべく目を閉じた。……のだが。
「ちーがーう!!」
俺の百合魂が邪魔をした。シトリーが驚いてアクションを止める。やはり、心のこもっていないキスなど見てられん! 何やってんの、ルシくん!? と言わんばかりの非難がましい視線がサタンから飛んでくるが、すまんなサタン。俺は自分の心に嘘は吐けん。肝心の二人にとっても、いい結果をもたらすとは思えない。
と、その時である。突如地面から半透明のぬらつく物体が幾本も伸びてきて、我々、いや魔導師隊・三十万人を絡め取り、リフトアップした。こんなことをする奴は一人しか居ない。
「ひょーっひょひょひょ! ワシじゃよ! 一度だけ蘇ることができると言ったな。あれは嘘じゃ! 若い娘っ子のエナジーを受け取ってパワー全開じゃあっ!!」
うわー、でけー。ラジエルでけー。五十メートルぐらい背丈あるんちゃうか。
「シトちゃ……苦しい……!」
声の方を見やると、ウィネの顔が土気色をしていた。全身、特に首に触手が完全に極まっている。これはまずい!
「ウィネ! 死んじゃやだ、ウィネ!! このっ、離せよ変態ジジイ!!」
火事場の馬鹿力というやつか、シトリーはラジエルの触手を引きちぎり、さらにもがき泳ぐようにウィネに取り付き、彼女に絡みついている触手も引きちぎる。
いや、のんびり見てる場合ではない。皆を助けなければ!!
「漆黒の死せる星よ! すべてを飲み込む魔狼の顎よ! 黄昏来たりて、我が敵を事象の地平に封印せよ!!」
ラジエルの頭上に巨大な暗黒の空間が展開し、奴の巨体を無限の潮汐力によって歪ませながら、飲み込み消滅した。同時に、地上に残された触手が蒸発していく。
◆ ◆ ◆
「ウィネ! ウィネ!」
シトリーがウィネの体を激しく揺するが、彼女はピクリとも動かない。
「ウィネが居なかったらボク生きていけない! ウィネは絶対ボクが助ける!!」
大粒の涙を流しながら、シトリーがマウス・トゥ・マウスの人工呼吸と、心臓マッサージを何度も繰り返す。
ウィネの胸が動いた! 蘇生成功だ!
シトリーがウィネの名を連呼しながら、力の限り抱きしめる。顔が嬉し涙でぐしゃぐしゃだ。我々一同も安堵する。
「シトちゃんが助けてくれたんだね……。ありがとう。ごめんね、心配かけちゃったね」
「ウィネが無事ならそれでいい! ウィネがボクのすべてなんだ!」
互いに強く抱擁し、キスを交わす。色々あったが、丸く収まってめでたしめでたしである。まさか、ラジエルが恋のキューピッドになるとは思わなんだ。
なお、この後茶番劇のネタバレをして、俺とサタンとユコが、百合ップルに滅茶苦茶怒られたのは言うまでもない。
いやあ、実写デ○ル○ンネタを入れたがるのは悪い癖ですね(苦笑)。
今回のおまけはシトリーとウィネについてです。
私は根っからの百合好きなもので、当初気乗りしなかったテンプレチーレムを書くためのモチベーションを得るために、いわば自分へのご褒美として趣味を丸出しにした百合ップルを登場させました。特に、シトリーの容姿と性格は完全に作者の好みです。
ただ、ルシフェルの視点で物語を書いているとどうしても空気化してしまうため、今回大きなトラブルを用意してみました。
シトリー・カイムとウィネ・ストラスの名の由来は、それぞれ同名の四柱の堕天使から取っています。特に、「左門くんはサモナー」の愛読者の方は、カイムという名前に馴染みがあるかと思います。




