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第十四話 チーレムな日常と、異変と

 雀っぽい謎生物の声で眠りから醒める。帝都の宮殿で味わったベッド程ではないが、これもかなり上物で、すこぶるよく眠れた。大あくび一つして鎧戸を開けると、眩しい陽光が部屋に差し込む。


 召喚されてから向こう、戦ってばかりの日々だったが、今は秋頃だろうか。衣類掛けに引っ掛けておいたローブを羽織り、部屋の壁に掛かっている絵画を見る。この家の家族と思しき十人弱の肖像画だ。いずれの顔も、帝都や砦で見かけていない。無事ならば良いのだが。


 階段を降りて食堂に行くとすでに食卓に着席し、食事をしていた一同が、マルコとリリス以外起立して挨拶してきたので、挨拶返しの後再着席を促し、俺自身も座った。ラドネスの風習では、準備のできたものからさっさと食事してしまうものらしい。


 しかし、この世界というか帝国には「いただきます」だとか食前の祈りとか、それ系の風習ないのな。まあ、この世界に来る前の俺も部屋でそんな感じだったから、大して勝手は変わらないが。


 それにしても、食糧事情は厳しい。何しろ冷蔵庫などという便利な物は存在しないので、日持ちのする焼きしめたパンと干し肉がメインだ。これが少なくとも一週間続くのはきつい。何とかしたいところだ。半ば野生化してるマルコを城外の森林にでも置いとけば、勝手に何か狩ってきてくれるんじゃなかろうか。


 それにしても、百合ップルとリリス以外の女性陣+ユコのラブ視線がどうにもこうにも俺に突き刺さる。俺、モテ過ぎと違うか。マルコに至っては、ベルが椅子に結んだリードを(ほど)いたら、襲い掛かってきそうである。性的な意味で。


「ところで皆、食事が終わったら食料を調達しに行かないか? 街を調べれば釣具が手に入るかも知れん」


 ちょっと空気を変えたかったこともあり、提案をしてみる。


「良いお考えだと思います」


「任せろ! オレ、森のヌシ狩ってくる!」


 ベルを筆頭に、めいめい快く賛同してくれた。


 ◆ ◆ ◆


「おお、また釣れたぞ」


 昼下がり、用水路の釣りチームと森の狩りチームに分かれて食料調達に励んでいるわけだが、さっきから釣れて釣れて仕方ない。釣具は、幸いなことに近くの民家に十分な数があった。


 ちなみに、釣りチームは俺、ベル、サタン、フォル、ユコ、リリス。森に詳しい猫人族(グリマルキン)の二人と、体力お化けの半野生児は狩りチームである。


「ルシくんほんとよく釣るねー。お姉ちゃんさっぱりだよ」


 二つ右隣りに座っているサタンが竿を引き上げると、見事に餌だけ取られていた。無論、ボウズである。


「魔法や科学だけではなく、釣りも……さすがルシフェル様です」


 俺とサタンの間で、熱のこもった視線を向けて賞賛するフォル。ちなみに釣果一尾。


「どうしたらそんなにお上手に釣れるのですか?」


 左隣のベルが、真剣な眼差しで問うてくる。ちなみに釣果二尾。どうといわれてもな。何故か知らんが、やたら釣れるんだからしょうがない。


「こんなに山ほど釣っても食いきれんな。そろそろ引き上げるか」


 入れ食いというやつか、ビクが一杯になってしまった。背後では、ユコがリリスの子守をしている。何をしているのかと見てみれば、ラドネス語を教えているようだ。今度俺も教えてもらうかな。


とどめにもう一尾釣り上げ、我々は館に戻った。


 ◆ ◆ ◆


「あ~生き返るうぅ~」


 夕飯にたら腹魚を食った後、一番湯を頂くことになった。我ながらおっさん臭いリアクションだ。手ぬぐいとか頭に乗せちゃってるんだぜ。


 ラドネスの風呂は、日本と同じように湯船に浸かるタイプのものだ。五右衛門風呂というやつが近いかもしれない。裕福な家のようだから、浴室も広々としていて気持ちいい。


「ルシフェル様、お背中を流しに参りました」


 呑気にアニソンなど歌っていると、扉の向こうからユコの声が聞こえた。


「おう、わかった」


 湯船から出て風呂椅子に座ると、胸元まで大きなタオルを巻いたユコが入ってくる。ここではたと気づく。ユコの性自認は女だ。つまりこれはあまり宜しい事じゃないんじゃないか?


「お背中流しますね」


 石鹸で泡立ったタオルで、背中が擦られる。うわーどうしよう、絵面的には男と女で。でも、体的には男同士でメンタル的にはやっぱり男と女。なんだか混乱してきたぞ。


「前の方も流させていただきます」


 前!? 前はいかんだろ、前は!


「大丈夫だ! 大丈夫だぞ、自分でできる! だからもう上がって良いぞ!」


「そうですか? では、お湯だけおかけしますね」


 背中の泡を流すと、彼は出ていった。あー、緊張したわ……。


 ◆ ◆ ◆


 風呂も上がって、今はベッドの上。あとはもう寝るぐらいだ。『獣』は不眠不休でまだ見張りをしてるのだから、大したもんだ。本当に色んなことが今まであったな。物騒だし何かと不便だが、力と賞賛と愛に恵まれている今の生活は、今までの人生で最も充実していると感じる。


「お兄ちゃん、おきてる?」


 リリスがノックもせずに扉を開ける。手には枕を抱えていた。ぶかぶかの寝間着が肩からずり落ちそうだ。


「どうした、眠れないのか?」


 こくりと頷く。


「いっしょにねてもいい?」


 大胆だな、おい。いやまあ、子供らしいっちゃらしいが。紳士な俺が手招きすると、その小さい体を毛布の中に潜り込ませてきた。


「あれからまだ何も思い出せないか?」


 無言で頷く。ふーむ、記憶喪失ってどうしたらいいんだろうな。ショックを与えるといいとか言うけど、あれほんとなのかね?


「そうだな、天界で知った異世界の話でもしてやろう」


 車やパソコン、スマホといったものを、この世界のレベルでも分かるように説明してみせると、食い入るようにリリスは耳を傾ける。


「でな、蛇口というものをひねるだけで水が――」


 気付くと、彼女は静かな寝息を立てていた。俺も寝るか。ランプの明かりを吹き消して横になると、心地よい眠りに落ちていった。


 ◆ ◆ ◆


 何だ? 何かが体にのしかかってる。重い。それに首が息苦しい。


 あまりの息苦しさに瞼を開けると、俺の上にリリスが跨って、首元に両手を伸ばしていた!


 幸い俺の体は自動防御されているので首が締め切られるようなことはなかったが、慌ててリリスを突き飛ばす。


「リリス! 何を考えてるんだ!」


 鎧戸を開け、月明かりを部屋の中に入れると、茫然自失となって自分の手を見つめるリリスの姿が照らされた。


「ちがっ……! リリス、ちがうの! こんな事したくないの!」


 混乱しきって、とうとう大声で泣き出してしまった。騒ぎを聞きつけて、隣で寝ていた寝間着姿のベルが乱入してくる。


「ルシフェル様! 一体何が……!?」


「あー……うむ。そのちょっと何だ……」


 さて、このことを正直に話したものかどうか。頭を掻いて、思わず考え込んでしまった。

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