精霊に出会う
周囲を見渡して適当に散策を行う。
僕の目的は冒険者に会わず、無駄な戦闘を行わずに上層階に帰ることだ。
そのために入り口を監視出来て相手にも見つからない場所が望ましい。
できれば人が住む。あの拠点も監視したい。
時間があるし、特に危険なモンスターも見つからないので気長に探すことにした。
そして、一日散策を行ってなんだか良さそうな場所を発見。
しかし、数日して問題が生じた。
食事を必要としない僕は一日中観察ができるんだけど、正直言って暇過ぎる。
一日中入り口と村を観察するだけの毎日だなんて暇でしょうがない。
最初は武具の手入れをする道具を持っていたのでそれで装備の点検をしたのだけれど。
終ると本当に何もない。
分かったことはこの階層には外と同じように昼と夜があるということ。
天上にある水晶はなぜか一定時間経つと消えてしまう。
そして、一定時間立つとまた輝きだす。
時間的に何時間おきに昼と夜が入れ替わっているのかは不明だけど、これでなんとなく一日のサイクルができているので人間の行動が判りやすい。
基本的に冒険者は昼間に狩りを行って夜になると拠点に帰って寝ているようだ。
夜はモンスターの活動が活発になるせいだろう。
逆に高ランクの冒険者と思われる一団は夜に活動を行っているように見える。
今の所、上階に帰る一団は見つからない。
逆に上階からここに降りてきている冒険者は多い。
一日の内に何組も来ている。
元々の拠点の戦力がどの程度なのかは不明だが、現在はかなりの戦力が集まっているように見える。
僕が見ただけでもすでに20組以上が来ている。
既にいたであろう戦力を合わせれば50組ぐらい入る気がする。
一組5人として全部で250人ぐらいか?
あの小さな村の様な拠点にそれだけの人数が収容できるのだろうか?
そもそも帰る組がいないのはなぜだ?
(そういえば、狩りをしている人達もなんだか大量に獲物を持って帰ったりはしていなかったな。目的は狩りによる収穫物ではない・・・?)
彼らの目的は不明だが彼らがこの階層に集まっているのはただ狩りをするためだけじゃないのかもしれない。
狩り以外の目的と言うと薬草採取?
貴重な薬草を狙っているのか?
それにしては散策に出かける期間が短い。
この階層はかなり広大だ。
貴重な薬草を狙っているのならば拠点に集まる必要はない。
寧ろ、色々な場所に散っていち早く発見することが優先されるはずだ。
彼らの狙いが判らない以上は不用意に動くべきじゃないか?
それとも、帰ろうとしない今が上層階に戻る最大の好機か?
答えの出ない問題にどうしようかと悩んでいると今上っている木の下が何やら騒がしい。
見下ろしてみれば、そこにはこちらを見上げたオーガ亜種の群れが居た。
周りにはホブゴブリンの亜種までいる。
人の行動にだけ中止していたから気が付かなかった。
それにしてもなんだろう。
人間と間違われて襲われるのかな?
それとも、仲間を傷つけられた復讐か?
いや、でも防具は綺麗にしたから同じモンスターには見えないのではないだろうか?
「オ、オリデゴイ。」
「ハナジガアル。」
「ヨン、デル。」
などと僕に対して何かを言っているようだ。
なんとなくだが、戦う意思はなさそうだ。
放置しても人にこの場所を気づかれる危険性があるし、ここは一度降りて話を聞いてみるかな。
木から降りて話を聞くことにしたのだが、少し困ったことがある。
僕は聞くことはできるけど話すことはできない。
なので、本当に聞くだけでそれに対して意見を述べられないのだ。
とりあえず、オーガ達の話を要約すると『彼らのボス的な存在が僕に話があるからついて来い』と言うものだった。
なぜ直接話に来ないのかわからないが返事ができないのでついていくしかなさそうだ。
ジェスチャーで返事をしたけど、通じなかったし、用件を告げたらオーガ達は平然と歩き出すしね。
僕の意志は無視なのかよ。
しばらくついて行かずにその場に留まっているとオーガ達はこっちを見て立ち止まる。
「ドオガシタガ?」
拒否権はなさそうなので諦めてついていく。
僕が歩き出せば彼らも平然と歩き出した。
しばらく歩くと泉にやってきた。
泉の近くには集落の様なものも見える。
きっとオーガ達が住んでいるのだろう。
「ズレデギダゾ!」
オーガの1体が大きな声を上げると泉から小さな人が出て来た。
それはきっと精霊と呼ばれる存在だ。
蒼い髪をポニーテールにまとめた。青い瞳を持つ。水色の薄い少し透けていそうな服を着た女性の様な体系で少し釣り目の精霊。
手のひらサイズの小さな精霊は僕の前にくると訝しげに僕を見つめる。
「ホントにこれがあなた達を撃退した猛者なの? なんだか大したことなさそうだけど?」
第一声がなんとも上から目線な発言だ。
「イイヤ、ゴイズハヅヨイ。」
精霊の言葉をオーガの内の1体が否定する。
もしかして彼は僕が撃退した3体の内の1体なのかもしれない。
「ふ~ん。まぁいいわ。今は1体でも戦力が欲しいしね。早速だけど本題に入らせてくれる?あまり時間がないのよ。」
そう言って精霊は自分の用件を話し出した。
僕としては色々と言いたいことがあるのだが、話せないのではしかたがない。
聞くことに徹しよう。
「実はね。今この階層に厄介なモンスターが出現しているのよ。そいつはこの下の階層に住むトロルの突然変異種なんだけどね。そいつがこっちの階層に上がってきて色々と悪さをしているのよ。で、あんたにそれを倒して欲しいわけよ。報酬は・・・そうね。私の加護をあげるわ。」
言い終わると精霊は押し黙る。
僕は意見が言いたいけど、何も言えない。
こうして沈黙がしばし流れ・・・
「何で返事しないのよ!!」
精霊が怒った。
そんなこと言われても返事ができないんだよ!ということを伝えようと必死にジェスチャーを送る。
「あんた馬鹿なの?! 私が真剣に頼んでるのに何ふざけてるのよ!」
僕の誠意は伝わることなく、精霊は激怒する。
「オデタチガラモダノム。チカラヲガシテグレ。」
オーガ達の一斉に頭を下げてお願いするが、僕は返事ができない。
ど、どうしよう。
引き受けるべきなのかどうか以前に会話が成立しない。
安請け合いしたくないし、受けるなら情報が欲しいし・・・
いったいぜんたいどうすればいいのだろうか?
「やぁ、ミルフィ。戦力は整ったかい?人間達の準備は今日中には完了して明日には出発しそうだよ。」
そう言って現れたのは男の様な声の精霊だった。
しかし、見た目は翠色の髪をショートヘアーにした碧眼の少女の様な精霊だった。
大きさは先程の精霊と同じ手のひらサイズで、服は緑色の服にショートパンツを穿いている。
「あら、ドフィ。 もうそんな事態になってるの? でも、ごめんなさい。 有望そうなこのモンスターがなかなか首を縦に振ってくれないのよ。 それどころか一言も話さない上に変な踊りを踊りだすのよ?」
ミルフィと呼ばれた精霊は後から来た妖精をドフィと呼んで彼女に僕の悪口を告げる。
「へ~。 この子が前に言っていたオーガ3体を返り討ちにした子かい? あれ? でもこの子って上層階から来たんだよね? なら、リビングアーマーだから喋れないんじゃないの?」
それを聞いたドフィは僕の周りを飛び回りながらそう言った。
おお、この子はなかなか感がいい。
本当はスケルトンナイトだけど、訂正するのが面倒臭いのでそれでいいだろう。
そう、僕は喋れないんだよ!
僕はウンウンと頷いてドフィ君の言う通りだと主張する。
「あら、そうなの? なら、ドフィの力で喋れるようにしてあげてよ。 風の精霊の加護ならそれくらいはできるでしょ?」
悪びれもせずにミルフィはドフィ君の言葉を聞き流す。
そして、さも当然のように加護を僕に与えろと言い放った。
いや、精霊の加護ってそんな簡単に手にはいるものじゃないんだよ?
ねぇ?ドフィ君?
「ううん。まぁこれもクランを助けるためだしね。いいよ。」
そう言ってドフィ君は手をかざして僕に加護をくれた。
加護を受けたからだろう。僕の体は薄く緑色に光る。
『風精霊の加護(極小)を入手しました。風精霊の加護(極小)の効果により発声が可能となりました。』
え?そんな簡単に加護あげて良いの?
精霊の加護って魔法が使える様になったり、魔法に対する耐性ができたり、状態異常に耐性ができたりと様々な効果がある代物だよ?
それを軽々とあげて良いの?
「さ、これで会話ができるはずだよ。話してごらん。」
僕はドフィの言葉を信じて声を出す。
「あ、あ。おお。本当だ。声が出る。」
「さ、これで会話ができるね。 で、どうだろう? 僕の加護だけじゃなくミルフィの加護を得るために僕達に協力してくれるかい? 協力してくれるなら僕の加護をもう少し強化してあげるよ。 今は声を出せるようにした程度だけど。魔法と状態異常の耐性もつけてあげられるよ。」
そう言ってドフィ君は話を切り出した。
おお、状態異常はともかくとして魔法耐性も得られるのは大きいかもしれない。
「ミルフィのくれる加護も魔法と状態異常の耐性だけかい? 魔法を使えるようにはできないのかい?」
「呼び捨てにするんじゃないわよ! ミルフィ様と呼びなさい! そうね。私の加護はそれにプラスして清潔もあげるわ。 常に綺麗な状態が保てるわよ。 魔法はダメよ。 そこまではあげられないわ。」
呼び捨てにしたのが余程嫌だったのか。駄目だしされてしまった。
しかし、この話は悪くないかもしれない。
ミルフィは泉から出て来たから水の精霊である可能性が高い。
ドフィは恐らくは風だろう。
ここで彼らからの依頼を受ければ2つの属性耐性を得られる。
「ちなみに、依頼の内容を確認させてくれ。トロルの突然変異種って強いのかい?」