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教会にて

 「僕は一体どうすればいいのですか」


 正面のキリストに向かって言ってみる。特に贔屓にしている宗教などない。ここへ来たのは行動範囲内だったからで、それ以上の意味はない。ただ単にすがりたいものを探していた僕にとっては教会でも寺社でもどちらでも良かった。現実と少し離れた空間が僕には必要だったのだ。


 とりあえず僕の思いをこの静まり返った場所で声にしてみたのだけど予想どおり何の返答もなかった。おそらく信者にとってキリストは偉大なのだろう。ただそれ以外のものにとっては架空、伝説なのであり、もっと現実的に言えば、単なる絵でしかないのだ。その絵に向かって真剣に答えを求めようとしているのだから、僕も来るところまで来てしまったのだなと感じる。そう考えるとひどく自己嫌悪を覚えて、とりあえず出ていこうと考えた。たとえここで浄化されたとしても一歩外を出ればむせ返る現実が待っているのだ。そう考えるとひどく憂欝に思えて扉の方へ向かう足も重く感じられた。


 そのとき、 

 扉に手を掛けようとしたまさにその時に天からの声が聞こえた。


 「どうかなされたのですか」


 それは天からの声ではなく女の声だった。シスターか、と思ったがそうではないようだった。いや、決め付けるのは早いか。その格好をしていないだけかもしれない。女は霞んだ色のワンピースを着ていたが、よくあるシスターの格好ではない。


 「あなたは?」


 そう尋ねると、女は「私はここに通っているものです」と答えた。


 「クリスチャンなんですね」


 「それはそうですよ」


 女は当たり前でしょと付け加えそうな感じで答えた。僕は女の奥に見える単なる絵をちらっとみて、「それはそうでしょうね」と答えた。


 「ということはあなたは違うのね」


 話し込んでいる暇はあるが、そういう気分ではない。僕は「では。」という意味をこめて頭を下げた、すぐに出ていくつもりだった。


 「待って」


 「どうかしましたか」


 「あなた深刻そうな顔をしている」


 「そういう顔ですから」


 「良かったら話を聞かせて、そういう顔になった理由を」


 よっぽど暇なのか、それとも僕を見て不憫に思ったのだろうか。


 「僕の不幸自慢でよろしければ」


 僕はそういって扉の取手から手を外した。




 「あなた人を信じていないでしょう、いえ、現実を全て疑ってかかっている」


 不幸自慢を一通り話し終えた後に女はそういった。


 「ごもっともです」


 だからここへ来たんだ、そうでなければこんなところには。


 「信じなければ未来は変わらない」


 「そんなこと知っている、でもあなたの想像以上に今の僕には難しい」


 「それはそうかもしれないけど」


 二人とも目を逸らしてため息を吐いた。


 「すいませんでした、暗い話をしてしまって。そろそろおいとまします。それじゃあ」


 また僕は扉に向かっていく。


 「待って」


 「またですか、一つ言っておきます、慰めの言葉はいりません。きっといいことあるとか頑張ってとかいりませんから」


 「いえ、そうじゃなくてこれを」


 女はキーホルダーを取り出した。青い丸い玉が三つ並んだものだった。


 「なんですか、それは」


 「これは私たちクリスチャンにとってはお守りみたいなものです、かつてのキリストが」


 「もういいです、そんな話は」


 「わかってます、あなたはクリスチャンではない。私が言いたいのはせめてこのキーホルダーを信じてほしいと言うことです」


 「また何を」


 「このキーホルダーだけでも信じてほしいのです。一種の暗示です。あなたはきっとしばらくの間何も信じることができないでしょう」

 

 「そうでしょうね」


 「ここへ来たのも何も信じることができなかったからなのでしょう。ここは騙されたと思って」


 女はキーホルダーを差し出した。僕は女に向かって歩きだした。そして女の目を見てそれを受け取った。


 「騙されたと思って、か」


 僕は少し微笑んで女に頭を下げ、また扉へ向かっていった。外はやはり現実である。キーホルダーはこの教会と外の世界をつなぐ唯一のものである気がした。そして取っ手に手をかけたとき、またしても女の声がした。


 「待って」


 振り返ると女が手を差し伸べていた。


 そして言葉を発した。







 



 「そのキーホルダー、5万円になります」





 僕は一体どうすればいいのですか

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