冬の海
作者が空想にダイブして生まれた作品たちです!
(つまりただ空想をめぐらしていただけです)
「何してんだよ、こんなところで」
僕の背中に声が当たった。シーズンをかなり過ぎたこの海岸に僕はいる。僕はひとりになりたかったからこうしているのに誰なんだろう。ふりかえるとスーツを着たサラリーマンがいた。いや、これは僕の印象だからサラリーマンかどうかはわからないのだけれど。歳はいくつくらいだろうか、20代後半?いや、30はこえてるか。
「どうせ将来に不安抱えて自分はどうすべきなんだろうとか考えているんだろう」
「う・・・・・・」
どうしてそれを、と言いかけたが、向こうもそれを察知したのか、
「その格好と雰囲気を見ればわかる」
「あっ」
僕もスーツだった。リクルートスーツ着て冬の海で三角座りしてたら、そのくらいばれるか。
「それに、俺もそんなだったから」
冷たい風が吹いた。二人で身震いした。
僕はとてつもなく不安だった。周りの友達が就職活動を始めて、同じように僕も始めて。最初は僕も社会人になるんだなあって変な感じがしたけど、そんなフワフワした感情はすぐに消え去った。あまりに自分の将来について漠然としたものしかなくて、あまり夢もなくて、何も考えず学生生活を送っていたから焦燥感がどっと押し寄せてきた。最近は考えすぎて落ち込んだり、悩みすぎて「もうどうでもいいや」って投げやりになったり、ダメだなあ、僕は。
「俺もそんなだったけど、今はこうしてバリバリ働いてるぜ」
「はあ」としか言えなかった。僕はあなたとは違うんだろう。どこかで「この気持ちがあなたにわかってたまるか」という気持ち、ある意味で敵対心に近いものがあった。人の悩みをそんなに軽く見てほしくない。もうひとりにしてほしいな、誰なんだよ、この人は。
波が寄せて引いてを繰り返すごとに空は暗くなってくる。そして温度も下がる。
「早く家に帰れよ、風邪ひくぞ」
「はい。なんかすいません、ろくに言葉も返さないで」
「俺が勝手に君の領域に入ったんだから、別にそんなこと気にしなくてもいいよ。ただ昔の俺みたいで気になってさ、この冬の海は俺のものだったんだぜ、その三角座りも」
「じゃあ先輩ですね」
「まあ、そんなところかな。あっ忘れてた、ホレ」
彼は僕に缶コーヒーをなげた。キャッチするととても温かかった。
「とにかく風邪ひくから早く帰れ」
「はい、コーヒーありがとうございました」
たったひとつの缶コーヒーで僕の彼に対する敵対心は和らいだ。僕はもしかしたら単純な人間なのかもしれない。
「まあ、がんばれ。そしてがんばりすぎるな」
「はい」
このサラリーマンと出会って僕は変わった。っと言えばドラマチックであるが、実際そんなことはなく出会う前と後では何も変化はなかった。結局また自分に迷い、悩みながら就職活動を続けるのだ。それもそうだ、あのサラリーマンと数回言葉を交わしただけで、この大きな壁を越えることなんて到底できないのだ。
「はい、ありがとうございます。お返事お待ちしております」
携帯を切って、エンジンをかける。会社のロゴがはいった車を運転するのにも慣れた。はじめは少し恥ずかしい気もしたが、そんなものはすぐに慣れた。お世辞にも大企業とはいえないが、一応会社に入社することができ、営業に毎日忙しい。自分のなりたいものなんて結局わからなかった。でも仕事というもの、自分に何かを任せてもらえるということで学生時代の自分よりも生活にハリが出ているような気がする。間違いなく今いるこの場所が僕の居場所なんだと思う。それでいい。
懐かしい景色の中を走っていた。あの海にリクルートスーツの迷い人がいた。やっと、あのときのサラリーマンの気持ちがわかったような気がした。
車を止めて、砂浜を歩いていく。風邪はやはり冷たい。「そうだ」ふと思ってきた道を引き返し、自販機で缶コーヒーを買う。ゴトッと缶が吐き出され、取り出し口に手を入れ、それを取り出す。たぶん僕はあの迷い人に最初にこう言うんだと思う。理由なんてわかってるくせにと心の中で苦笑いをした。
「何してんだよ、こんなところで」




