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転入生がきましたわ!

 フレバリア王立、貴族専門学園フラワーガーデン。

 貴族の子息が様々な教養を身につける為に設立されたその学園では、本日二学期の始業式が行われていた。


 三学年ある一つ、一年のとあるクラス。

 教師に紹介されたその転入生は、クラスの生徒の殆どから驚きと好奇の視線を一身に受けていた。



「フローラ=フランソワーズさんです」



 黒い髪に黒い瞳、服装は学園の生徒としてはなんとかギリギリ及第点といえるお世辞にも高価ではないと言えるもの。

 浮かべる表情は緊張と羞恥に染まっており、おどおどとした態度はいっそ哀れみさせ感じさせる。


 まるで市井の民に適当な服装を着せて放り込んだかの様なフローラに、生徒たちの殆どが嫌悪感と困惑を感じる。

 突然脈絡もなく教師より紹介されたフローラがこのクラスから爪弾き者にされるのも時間の問題かと思われた。


 そう、彼女こそがこの『花令嬢物語』の主人公であるフローラだ。

 ここより物語が始まる……。


 いままさに第一話のプロローグが現実として開演されている最中。



 そのある意味で記念すべき瞬間、我らがアローネお嬢様は……。



(お腹すきましたわー)



 お昼ごはんの事を考えていた!



(しかし……くっくっく。リリィさんも詰めが甘いですわ)



 アローネぽーっとした表情をキリリと固めて内心でほくそ笑む。



(まさか学園ならばオヤツが食べ放題だとは思いもしなかったでしょう!)


(愚か! 実に愚かですわ! やっぱり姉に勝てる妹なんていないのですわ! やったー!)



 アローネは上機嫌だ。

 ここにはリリィの呪縛はない。もう失態を犯しても怒られたりオヤツを抜きにされたり、挙げ句関節技をキメられたりしないのだ。

 とあればもはややりたい放題。

 今日のお昼ご飯(パーティー)は楽しい事になりそうだ。


 アローネの頭には、お昼ごはんのことしか存在していなかった。



 ◇   ◇   ◇



 時間は昼の休憩まで飛ぶ。

 途中の記憶はアローネにはない。ずっとお昼のことを考えていたからだ。

 授業? それはなぁに?

 アローネは実にダメな子だった!



「アローネ様。アローネ様」

「ごきげんよう、アローネ様!」



 そんなお昼ごはんマシーンである彼女に話しかける二人の女生徒がいる。



「あら? ミーリアさんとヒラリィさんではありませんか、ごきげんよう」



 二人の名前はミーリアとヒラリィと言う。

 一年生一学期の頃から仲良くなったアローネの学友で、『花令嬢物語』ではアローネの取り巻きとして様々なトラブルを起こす人物たちでもある。

 もちろんアローネはその事実を一切知らないので、二人のことはただの仲良しな友人と思ってる。



「ごきげんようアローネ様。それよりご覧になりました? あの転入生の見窄らしい服装。きっと卑しい身分に違いませんでしてよ」


「そうですそうです。ねぇアローネ様? あのような方がこの様な高貴な場所にいるだなんて、学園の品格が問われてしまいます。私たちで彼女に教育して差し上げませんこと?」



 二人の言葉は単純明快だった。

 つまり転入生のフローラに嫌がらせをしようと提案をしているのだ。

 典型的な小物の思考を持つ二人は、アローネの公爵令嬢という身分を利用して好き勝手しようと企んでいる。


『花令嬢物語』本編ならその企みも上手く行ったのかもしれない。

 だがこの世界軸でのアローネは彼女が想像する以上にアホの子だった。



「…………?」


(きょーいく……。なんのことかしら? まったく分かりませんわ!!)



 きょとんとするアローネ。

 二人はその態度におや? と首を傾げる。



「どうかなさったのですかアローネ様。公爵令嬢である貴方が注意してくだされば、きっとあの見窄らしい女も自らの立場をしる事ができるでしょう」


「その通りだわヒラリィ。……アローネ様。さぁ、みんなであの子をからかって上げましょう?」



 しかしとうのアローネ本人は悲しげな表情で顔を曇らせるばかりである。

 一向に返事を返さないアローネに二人も次第に困惑してくる。


 一方アローネは、



(わ、わかりませんわ! この場合の正解はどこにあるのです!?)



 二人の投げかけを試練だと判断していた。

 彼女は全くわからなかった。

 これは試練だ。淑女として正しい行動をすることが自分には求められている。

 リリィとの生活で培った生存本能がビンビンと自分に警告してくる。

 ここで過ちを犯しては取り返しの付かないことになる。

 突然降りかかった難問だったが、なんとかその存在を感じ取ることが出来たのは僥倖だった。

 恐らく以前の自分なら気付くことすら無く彼女たちの言葉を素直に受け取っていただろう……。



 アローネはサバンナの教えを着実に学びつつあった。



 されどそこはアローネである。

 彼女は試練の存在に気付くことは出来ても対処することまでは頭がまわらない。

 アローネの脳みそはミニマムなのだ!

 すでにキャパオーバーで、これ以上何かを考えるのは不可能である。

 どうするアローネお嬢様! 試練に打ち勝つことができるのか!?



「ミーリさん、ヒラリィさん……」


「はい、どうかしましたかアローネ様?」

「早くしないとあの貧民出の娘が行ってしまいますわアローネ様」



 アローネは混乱の極みだ。

 なにが正しくて、どういう答えが正解なのか全く分からない。

 されどこのままでいることは何よりも良くない。

 もはや自分の力だけでこの問題を解決することは不可能だろう。


 故に、



「いまお二人が仰った言葉について尋ねます」



 アローネはごくシンプルに、



「それは…………淑女として正しいことなのでしょうか?」



 目の前の二人に直接聞いてみることにした。



「「っ!?」」


「無知な私に教えてください。あの方にお二人がおっしゃる様に注意することは、淑女として褒められることなのでしょうか」



 流石私ですわ!!

 おくびにも出さずに内申でガッツポーズするアローネ。

 心の歓喜が伝わってくるようである。


 最初から二人に聞けばよかった。

 アローネは初っ端から明後日の方向極まりない答えを出していた。

 しかし意外なことにその言葉は別の意図をもって二人に受け取られる。



「あっ、えっと、その……」

「で、でもアローネ様! あの娘は!」



 二人の学友が慌てだす。

 非常に稀有なことだが、アローネはその内心と外面が完全に剥離している。

 内心を悟らせないと言ったところでは貴族として高い能力を有しているのだが、それ故に静かに問うた先の言葉は二人にとって言外の失望と叱責に取られたのだ。



「落ち着いて下さい。何をそんなに興奮なさっているのですミーリアさん、ヒラリィさん。淑女らしくありませんよ?」


「ひゃうっ!」

「ごっ、ごめんなさい……」


「謝る必要がどこにあるのです? さぁ、お答えになって」



 言葉は穏やかでやわらかな空気を纏っており、その仕草は高貴な人物の体現とも言える。

 だがその言葉の中に含まれる烈火の如き感情に二人の学友は木綿で首を絞められる気持ちであった。

 もちろん二人の勘違いである。

 アローネはそもそも何が悪いのかあんまり良くわかっていない。



「その、学園に入学しているということはどの様な形であれ正式な手続きを終えているので、私たちが何かを言うのは……」


「淑女としてはふさわしくないと思います……」



 絞り出した答えは二人の罪の告白でもあった。

 アローネの取り巻きであるミーリアとヒラリィの家格はそれほど高くはない。

 故にアローネの威を借る形で比較的好き勝手にしていたのだが……。

 虎の尻尾を踏んで激怒させてしまった場合の代償は決して軽いものではない。

 二人の絶望は計り知れなかった。



「そうですか……」



 反面答えを聞いたアローネはとんと困ってしまった。

 友人二人に質問して正しい淑女としてのあり方を聞いたものの、なぜかとうの本人たちが顔を真っ青にして震えているのだ。

 その表情は絶望に染まっており、まるで死刑宣告を告げられた囚人のようでもある。

 挙げ句瞳の端にうっすらと涙すら溜めている。

 アローネは目の前の二人がこの様な表情をする理由がまったくわからなかった。



「も、申し訳ございませんアローネ様!」

「私も謝ります! すいませんでしたアローネ様!」


(なんだか謝られましたわ!!)



 アローネはびっくりした!

 質問して、答えられて、なんとか納得したところにこの仕打ちだ。

 アローネのそのミニマム脳みそではすでに処理が追いつかず、とてつもなく謎めいたものを彼女に感じさせている。

 だがそこはアホの子アローネである。

 悩みつつも、何も考えていない彼女が出した答えは実にシンプルだ。

 つまるところ、


 とりあえず謝られたので、「別に謝らなくていいよヾ(≧∇≦)ノ゛」と伝えることにしたのだ。



「まぁ! 何を謝る必要があるのでしょうか? 私はお二人に淑女として正しいあり方を聞き、お二人は親切にも答えてくださった。それだけではなくて?」


「あ、アローネ様……」

「許してくださるのでしょうか?」


「許すも何もはじめから怒ってなどいないのですから。まったく、おかしな二人ですわね」



 軽く微笑みながら内心でアローネはようやく安堵に胸をなでおろす。

 二人の表情が幾分和らいだのをハッキリと感じ取ったためだ。

 結局二人の勘違いだったのだ、まったく素っ頓狂な事を言い出すものだ。

 ちょっとばかり小言が漏れそうになるが、ぐっとこらえ寛大な心を持って許す。

 自分が間違った時には妹から散々な仕打ちを受けたのだ。だから自分の場合は何も言わずに許してあげよう。何より友達なのだから。

 二人には関節技の苦しさを知らずに生きていて欲しい。


 アローネはどこかの妹とは違って同級生想いであった。



「さっ、ランチに行きましょう。早く行かないと良い席が取られてしまいますわ」


「はい! アローネ様!」

「お供いたします!! どこまでも!」



 何故かぱぁっと表情を輝かせ、まるで憧れの人でも見つけたかのような視線を向けてくる二人。

 その態度にようやく元気になってくれたと安心したアローネは、さっそくお昼に食べるランチのメニューとお菓子の種類を頭に思い浮かべながら、二人を伴って食堂へと向かう。



(ん……そういえば)



 ふと事の発端となった二人との会話を思い出す。



(てんにゅーせー?)



 そういえばどんな人だったろうか?

 今日はランチのことしか考えていなかったのでよく思い出せない。

 はたと数秒考えたアローネ、だがそれも刹那の間に終わる。



(まっ、別にいいですわ! おっひる~♪)



 アローネはるんるん気分でスキップをしながら廊下を歩き食堂へと向かう。

 続くはミーリアとヒラリィ。今の二人にはその姿さえ萎縮する自分たちの為にわざと陽気に振る舞ってくれているようにしか見えていなかった。


 頑張れお姉さま! 知らずに評価が上がったぞ!!

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