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いよいよ原作が始まります

 ごきげんよう皆さま。

 本日は重要なお知らせがあります。

 ついに、ついに例の日が間近まで迫ってきたのです。

 そう……『花令嬢物語』本編が始まる日が!



「お姉さま、今日はお姉さまに大事な大事な話があります」


「なんですか? 急に改まって」


「数日後より始まる学園生活についてのお話です」


「それがどうかしたのですか??」



 自室で優雅に読書をされていたお姉さまの時間をお借りして、今後『花令嬢物語』本編が始まった際の注意事項をお伝えします。

 何やら熱心に本を読まれていたお姉さまは、突然のその言葉にはて?とこちらに向き直り一時読書を中断してくれました。

 ありがとうございますお姉さま。しぐさだけ見れば立派に深窓の令嬢ですね。もちろん児童向けの絵本を熱心にご覧になられている点に目を瞑れば……の話ですが。



「学園生活で起こる問題について、お姉さまに少しお話しておこうかと思いまして。実は休み明けに転校生の方がいらっしゃるはずです。その方とのお付き合いに関してのお話しなのです」


「転校生? なんでそんなことが分かるのですか?」



 ……鋭い。

 お姉さまのことですから、気がつかないかと思いましたが、存外に頭の回転が速いようです。

 もっとも、お姉さまのことですから適当な話を並べ立ててしまえばそれで信じちゃうんですけどね。



「そうですね。占い的なあれでこれがこうしてそうなのです」


「占い?」

「はい、占いですお姉さま」


「か、神に祝福されし魔法使いスーパー淑女……」

「その設定は引っ張らなくていいですお姉さま」



 まだ覚えていたのか。



「と、とにかくです。その新しい転校生は少々事情がある方なのです。納得いかないことがもしかしたらあるかもしれませんが、いじめたりしたらダメですよ?

 仲良くとまでは言いませんが只のクラスメイト……といった距離感であればベストです」


「ふむふむ、きょりかん」


「それ以外にも幾つかお伝えしたいことがあります。

 まずは交友関係です。学園時代の交友関係はそのまま貴族社会での派閥に繋がることが殆どです。

 我がベルガモット公爵家も政治的に盤石ではありませんので、その点を踏まえてなるべく交友関係を広めておくことは忘れてはいけません」


「うん、ううん? …………うんっ!!」


「もちろんだからと言って無闇矢鱈に派閥を増やしてもこれまた問題です。あらぬ嫉妬を向ける小物も多いですし、何より金魚の糞をいくら増やした所で見栄えが悪くなるだけですからね。

 重要なのは将来力を持ちそうな有能な方を今のうちに見定め、味方に引き込んでおくことなのです」


「みかた……おともだち?」


「と言っても私たちは女の子なのでそこまで重要ではありませんけどね。もちろん軽視できるものでもないので重々承知を」


「わかりましたわっ!!」


「……大丈夫ですかお姉さま? いけますか? 一人で学園通えますか?」


「何を仰っているのですかリリィさん! 私を誰だと思っているのです? ベルガモット公爵家の長女、アローネ・ベルガモットですわよ! 問題無いに決まっていますわ!」



 ふむふむ。一気に説明しましたが元気よく返事をしてくださるところをみると、お姉さまも私の言いたいことをある程度は理解してくださっているようです。

 お姉さまのミニマム脳みそではたしてどこまで思慮深い行動ができるのか不明な部分が大きいですが、それでも私はお姉さまを信じたいと思います。


「では次のお話です。後は学園での態度ですね」


「態度? 何か必要なことがあるのですか?」


「いいえ、今までのお姉さまの生活態度を見ていればこれは大丈夫かと思いますが一応です。つまりはちゃんと淑女らしい行動をとってくださいということなのです」


「淑女!」


「今までみたいにワガママ放題やっていれば、きっといつか手痛いしっぺ返しを食らうことになります。

 お姉さまも学園の生徒全員から関節技決められるようなことにはなりたくないでしょう? ならば当然みんなから尊敬され、頼られる人間でないといけません」


「そんけーされる人間」


「何やら非常に怪しいですが、私はお姉さまを信じていますよ? きっと私のお姉さまなら私の願い通り立派な淑女として学園生活を過ごしてくださると……」


「安心してくださいリリィさん。私は貴方の姉なのですよ? ちゃんとできるに決まっていますわ」


「…………そうですか、安心しましたお姉さま」

「ええ」


「ではおさらいですお姉さま。

 いち、転校生さんをいじめないこと。

 に、 将来に向けて交友を広めておくこと。

 さん、淑女らしい誰からも尊敬される行動を心がけること。

 以上です」


「分かりましたわ。そうすれば素敵な王子様が私たちを迎えに来てくれるのですね?」


「その通りですお姉さま。学園にはフレバリア王室の王子様がたも通っていらっしゃいます! 上手くいけばチャンスがあるかもしれないのです!」



 私達が通うことになる学園は共学です。

 もっとも男女同じクラスになるわけではありませんが、それでも様々な殿方と交流する機会は多く存在します。

 ふっふっふ。今日より私とお姉さまの幸せ計画が始まるのです。


 来年はお姉さまに続いて私が学園に入学することになります。

 その際にお姉さまが学園内で評判を高めてくだされば、自然と私の評価も高まるというもの。

 つまりは素敵な白馬に乗った王子様と結ばれる可能性が高まるのです。きゃー♪


 もはや打てる手は全て打ちました。

 後はお姉さまの奮戦に期待するのみ。

 がんばれお姉さま! 私はお姉さまの成功を心から信じておりますよ!



「ではお姉さま、私はお母様に呼ばれていたのでこれにて失礼致します」


「はい、ごきげんようリリィさん」


「ごきげんようですお姉さま。一緒に素敵な王子さまを見つけましょうね! えいえいおーなのです!」


「はいはい、えいえいおーですわ」



 お姉さまと一緒に将来に向け気合いを入れ直します。

 ふっふっふ。お姉さま大改造計画。ギリギリでしたが間に合いました。

 優しく微笑み手を振ってくださるお姉さま。


 もう私が事細かにあれこれ世話を焼かなくてもきっと素敵な淑女として模範的な行動をとってくれるでしょう。


 頑張りましたねリリィちゃん! あとはアローネお姉さまと一緒にハッピーエンドを迎えるだけなのです!!




 ◆   ◆   ◆





 パタリと静かにドアがしまり、騒がしかった室内に一時の静寂が戻る。

 自らの妹がパタパタと駆け出て行ったドアをしばし見つめながら、アローネ・ベルガモットは慈愛に満ちた微笑みをたたえていた。


「ふふふ、リリィさんったら張り切っちゃって……」


 リリィの教育の賜物か、それとも何かしら思惑があるのか……。

 数日前にお菓子をぱくつきながらぐーたらしていた人物とは思えないほど気品に満ちた姿はまさに淑女の体現とも言えた。



「おっといけませんわ。忘れないうちにメモしておきましょう」



 まるで最初から全てが演技だったかのように淑女然とした彼女は、花びらが舞うかのような優雅でゆったりした動作で部屋に誂えた自らの机へと足を運ぶ。

 すっと静かに椅子を引き、音も立てずに静かに座るさまは誰がどうみても一流のそれであり見るものが見ればその洗練された所作に感嘆するほどのものだ。


 さらには彼女が向かっている机だ。

 最高級の木材と名高い職人手ずからによる繊細な彫刻。

 金の金具が誂えられながらも決して下品ではなく一種の調和を持ったそれは、彼女が座るとそれだけで名画を切り出したかの如き美しさを見せる。


 この時代であっても高価な純白の紙、同じく精巧さと繊細さを兼ね備えた羽ペンを取り出しながら、アローネは自らの妹が一生懸命説明してくれた話を思い出す。



 だがどうしたことだろうか?

 彼女は書きかけのペンを静かに置き落ち着いた様子で窓をあけるとそのままテラスへと出てしまった。

 日差しは程よく雲に隠れてその光をいくぶん和らげており、彼女の美しい金髪を照らしキラキラと輝いている。


 静かな時間に、小鳥たちだけが幸せそうにさえずる歌が響く。

 やがてテラスから外の景色を存分に眺めたアローネは、瞳をつむると小さくため息を吐いた。

 そして一言、




「……ぜんぜんおぼいだぜない」




 ぶわっと顔をくしゃくしゃに歪めて途端にぽろぽろと瞳に涙を浮かべるアローネ。

 なんと彼女は妹が必死に説明している間、三時のオヤツに食べるお菓子のことを考えていて何もかもスルーしてしまっていたのだ!


 もちろん今からリリィに聞くことなんて出来ない。

 超怒られるのは分かってるし、場合によっては関節をキメられてしまう。


 どうしてよいか分からない中、やわらかな日差しだけが彼女を暖かく包み込む。

 やがてひとしきりわたわたしたアローネは、ぽかぽかしたお日様の優しさに癒やされ、全てを忘れて何も聞かなかったことにした。

 がんばれアローネお嬢様! 負けるなアローネお嬢様!


 こうしてついに『花令嬢物語』の本編が始まったのであった!!

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