ダイエットを始めました そのいち
ごきげんよう皆さん。
今私はお着替えの真っ最中。新しく買ってもらったお洋服を試着して一人でコーディネートのチェック中です。
「ふふふ、やっぱり私ってば凄く可愛らしい女の子なのです」
胸元に大きなリボンの付いた百合の如き純白のブラウスに、澄んだ海を思わせる蒼が美しく映え裾に誂えた刺繍がアピールポイントのゆったりとしたスカート。
くるりと一回転。
ふわりと浮かんだ髪とスカートがまるでお話の中に出てくるお姫様のようでとても嬉しくなってしまいます。
悪役とはいえ流石少女漫画に出てくる登場人物といったところでしょうか?
その愛らしい美貌は他の追随を許さず、軽く微笑めばそれだけで男性の心を射止めてしまいそうな魅力があります。
まさか私がこんなに可愛らしくなるなんて夢にも思っていませんでした。
前世はこう、もう少し、なんというか、ゴツ……大きめの身体でしたからね。
今の小さな身体はお人形さんみたいで気に入っているのです。
えへへ、らぶりーですよリリィちゃん♪
「このプロポーションならば、きっと白馬に乗った王子様も放っておかないでしょうね」
ふっふっふーと軽く笑いながら将来を夢見ます。
ああ私の王子さまはどこにいるのでしょうか? リリィは待ち焦がれております。
きっと優しくて素敵でな方でしょうね。
順調に進みつつある私のハッピーエンド計画。
とらぬ狸のなんとやらとは言いますが、ついつい想像をふくらませてしまいます。
お姉さまも最近は穏やかになられましたし、もう私達姉妹の未来は約束されたも同然かもしれませんねっ!
ごきげんにくるりともう一回転。
……あれ?
鏡に映った自分を見ながら、何かおかしい? と違和感です。
なんだか記憶の中にある私と少しばかり違う気がします。
以前はもっとこう、ほっそりとしていてガラス細工の様な繊細さがあった記憶が……。
嫌な予感がします。
おもむろに手をお腹に持って行き、意を決して目をつむりながらえいやっとお腹の肉を。
……ぷにぷに。
「…………やべぇ」
どうやら乙女の緊急事態のようです……。
◇ ◇ ◇
「お姉さま! お姉さま! アローネお姉さま!!」
廊下を急ぎ走りお姉さまの部屋へと向かいます。
扉を前にし本当ならばノックやら何やらしなければならないのですが、それすらも億劫に思ってしまうほど今の私は急いでいます。
これはピンチです。私達姉妹のピンチです!
お菓子の食べ過ぎで、私達姉妹の体重がピンチです!
ああ、アローネお姉さまはこのことに気づいているのでしょうか?
いいえ多分……絶対に気づいていませんね。
だってあのお姉さまですもの。
慌て急いで乱暴に扉を開け、大好きなお姉さまにこの緊急事態を伝えます。
お姉さま! お菓子はダメなんです!
「もぐもぐ、どうしたんですのリリィさん。廊下を走ってはしたない。もぐもぐ」
めっちゃ食べてるー! お姉さま、めっちゃお菓子食べてるー!!
食いしん坊お姉さまは、これでもかとお菓子を頬張ってもぐもぐ口を動かしていらっしゃいました。
きっと一度に沢山食べたのでしょう。
両側の頬はこれでもかと膨らんでおり、はしたないを通り越していっそ可愛らしくなってきちゃいます。
なんと大きなハムスターか。
「ええい! はしたないからお菓子を食べながら喋るんじゃないですお姉さま! それより、大変なんです!」
「むぐ……ぷはっ。何がです? あっ、そうそう、リリィさん。一緒にお菓子を食べましょう。ちょうど呼びに行こうと思っていたのです。
リリィさんの好きなカトルカールもありますわよ」
「わぁ! 嬉しいですお姉さま。でもそれなら食べる前に呼びに来て下さいよ……。
って違うんです!!」
私の大好物のカトルカール……いわゆるパウンドケーキを差し出しながらもごもご口を動かすお姉さま。
うう、カトルカール美味しそう。シフォンケーキもおいしそう。
クッキーもザッハトルテも全部おいしそう……。
けどダメです。誘惑に負けてはいけません。
「もう。さっきから大声で騒いでどうしたのです? 立派な淑女はどこに行ったのです?」
優雅にソファーに持たれかけながら、怪訝そうな表情で私を眺めるお姉さま。
相変わらず手と口は忙しなく動いていますが、それよりもまずは確かめないといけないことがあります。
「その淑女の危機なのですお姉さま。ちょっとお腹を見せて下さい」
「お腹がどうかしたのですか?」
お姉さまは不思議そうにキョトンと首を傾げています。
「何があるのー?」と言わんばかりのくりくりとした瞳で見つめられていると思わず抱きしめてしまいそうになりますが、その想いをぐっと堪えてお姉さまの横に座ります。
「お腹が大変なのです……ではちょっと失礼して」
事態についていけず、ほっぺたにお菓子のカスをつけながら相変わらず不思議そうにしているお姉さま。
構わず私はお姉さまの脇へと手を伸ばし、その服の上からお腹のお肉を……。
ぷにぷに……むにゅ。
「やっぱり……」
しかも重症だこれ。
「……?」
「めちゃくちゃぷにぷにしてますお姉さま!!」
どーん! 指さしてその事実を突きつけます。
「最近ちょっとお菓子を食べ過ぎかなと思ったのです。けどお姉さまと一緒の時間が楽しくてスルーしていました。けれども、お砂糖は私たちを決して逃さなかったのですお姉さま」
一呼吸で一気にまくし立てます。
お姉さま、恐ろしい事実ですがどうか受け止めて下さい。
私たちは、私たちは、残念ながらお砂糖の魔力に囚われてしまったのです!
「そんな気にしすぎですわよリリィさん。もぐもぐ」
しかし暖簾に腕押しお姉さま。危機感が全く足りないのかうふふと笑いながら引き続き皿の上に乗ったクッキーをぱくつきます。
こんにゃろう……。
「ええい! 言うた側からお菓子を食べるのをやめい!!」
「あーっ! 私のお菓子がー!」
お姉さまの両手から無理やりお菓子を取り上げます。
半泣きになりながら手を伸ばすお姉さまをうにょーっと押しのけて、手の届かないところへクッキーのお皿を退避させます。
これ以上はダメだ。ぽっちゃりでは許されなくなる。
「お姉さま。お菓子を禁止しましょう……」
これ以上はダメなのです。
お姉さまも、私も、お菓子から卒業しなければならないのです。
お菓子による支配からの、卒業です!!
「えっ!? そ、そんな、不可能に決まってますわ!」
お姉さま断言早い。やる前から諦めないで。
「でもよくお考えになってくださいお姉さま。もうすぐ学園の休みも終わってしまうのですよ。私は入学がまだですが、お姉さまはそのぷにぷにのだらしないお腹で学園に行くのですか?」
「うっ、それは……でもおかし……」
そうなのです。
今の季節は晩夏。夏の暑さも和らぎ、そろそろ涼し気な風が頬を撫でる時期です。
そうなると始まるのが学園生活。
現在お姉さまは夏休み中ですので、二学期が始まってしまいます。
これだけならまだ何とかなるやもしれません。
しかし二学期にはとある転校生が訪れます。
その人の名前はフローラ。この世界における主人公の一人。
『花令嬢物語』の本編が始まってしまうのです!
つまり彼女を主軸として魅力的な男性との素敵な恋愛模様が繰り広げられるのです!
その舞台にこのお腹じゃあ流石に上がれない。
「私だってお菓子食べたいですお姉さま! けど、もしこのままぷにぷにお腹で学園に行って、殿方に幻滅されたらどうするのですか!? 白馬に乗った王子様もきっと逃げてしまいます!!」
「ならぷにぷにお腹でも愛嬌あって素敵と仰ってくださる殿方を見つければ良いのでなくて? もぐもぐ」
「だからお菓子を食べるんじゃない!!」
「やーっ! 私のおかしーっ!!」
食べかけのお菓子を奪い去り、ゴミ箱に放り捨てます。
うう、もったいないですけど仕方ありません。
メイドさんたちには後で謝っておきましょう。
と言うかいつの間に取り出したのやら……。
「ダメですよお姉さま。私もお姉さまももう逃げられないところまで来ているのです。気がついていますか? えっと、その、ちょっとだけ体重が、その、いわゆるあれになっていることを」
「ああ。そういえばリリィさんも以前に比べたら太りましたものね」
「くっ! 危機感がゼロなんですから!!」
しかも自分のことを棚に上げてからに!
私を上から下まで眺めて、他人ごと甚だしい言葉を平然と言ってしまわれるお姉さま。
思わずカッとなってお説教をしてしまいそうになりますが、今は緊急時です。そんなことも言ってられません。
分かりました。私、お姉さまに危機感を持ってもらうことは諦めました。
そもそも危機感を持ってもらう必要は無いのです。
大切なのは痩せること、あの頃のほっそりとした自分を取り戻すこと。
その為には、アレをやるしかありません。
「どちらにしろ現実はしっかりと受け止めなければいけません。その上で、リカバリーを行うのです! もうアレしかありません!」
そうリカバリーとは全女性が一度は経験したことがあろうアレです。
自らの美しい身体を取り戻す、神聖なる戦いの始まりです!
「……アレ? 一体何をするつもりなのですリリィさん。 もぐもぐ」
「ズバリ、ダイエット大作戦ですお姉さま! ってまた食っとるー!!!」
「私のおかしをとらないでー!!」
もはや事態は一刻の猶予もありません。
可及的速やかに行動に移さなければ『花令嬢物語』の本編には間に合わないでしょう。
ぽっちゃりふくよかな体型で本編に突入するなど、目の前でお菓子を取られて半泣きのお姉さまは許してもこの私が許しません。
絶対に痩せて綺麗になってやるんだから!
こうして、私とお姉さまのダイエット大作戦が始まったのです!