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お腹を痛めました

 ごきげんよう皆さま。

 早速ではございますが、少々お伝えしなければならないことがございます。



「リリィさん。次はどこにいきますの?」


「お姉さま。どうして私についてくるのでしょうか?」


「立派な淑女になるには、リリィさんを見習うのが一番だからですわ!」



 お姉さまがくっつき虫になられました。

 かねてよりお姉様には立派な淑女に必要なことをお勉強と称してレクチャーしていたのですが、何に閃いたのか私の周りをうろちょろうろちょろするようになってしまわれたのです。


 もちろん理由はちゃあんと分かっています。

 私がいない所で淑女らしからぬ行動をとれば、いずれ私の耳に入って説教や場合によっては関節を決められてしまわれるお姉さま。

 ですが私と常に行動を共にして分からないことがあればすぐさま聞けばそのリスクはゼロに抑えられます。


 流石に私も自ら学ぼうとするお姉さまに関節技を決めるほど鬼畜ではありませんからね。


 そんなこんなでちょっと悪知恵を働かせてしまわれたお姉さまきっと今もこーんなことを考えているに違いません、




『くっくっく。リリィさんも甘いところがありますわ。こうして常に行動を共にして先んじて淑女として正しい答えを聞いてしまえば、私が怒られることもありません。


 本人もそのことに一切気づいてないようですし、このまま過ごせば早々にリリィさんも満足して私の淑女力に敬意を払うでしょう』


「それが……私の策略とも知らずに!!


 愚か! 遅かですわリリィさん! 妹が姉に勝てると思ったら大間違いなのですわ! おーっほっほっほ!」




 とまぁそんなことでも考えていらっしゃるのでしょう。

 むしろ先程から心の声が漏れているので考えているのは確実なのです。


 しかし困りました。

 確かにお姉さまの行動は私にとって少々厄介です。

 質問をしてくれるのは嬉しいですし、ちゃんと私の話を聞いてくれるのも嬉しいです。

 ただ言葉の真意が通じているかどうか、答えを聞くだけ聞いてそのミニマム脳みそからすっぽりと抜け落ちていやしないか。


 それが心配なのです。


 うーん。困りました……どうしましょう?




 ――よしこぉ……


 ――よしこぉ!!



 はっ!? 総長さん!!

 毎度の如く総長さんの幻聴が私の脳裏に響き渡ります。

 ああ総長さん、最近わりと頻繁に出てまいりますね。


 けれども今回ばかりは都合が良かったです。何か良い方法はないものでしょうか。



 …

 ……

 ………



 ――よしこぉ! 谷に落とすんや。甘やかしてるばかりやったら成長はできへん。


 ――自らの足で立つことを覚えさせるんや!



 ――谷に…………突き落とすんや!!



 ………

 ……

 …



 いつしか聞いた話が思い起こされます。

 そうそう、そういえばこんなこともありましたね。

 確かあれは新入りの子が恥ずかしがってなかなかヤンキー言葉を使えなかった時のアドバイスでした。


 優しさだけでは獅子は育たぬ、逆境こそが真なる王者の礎となる。

 ……ありがとうございます総長さん。

 サバンナの教え、確かに覚えております。


 ちなみに総長さんは生粋の関東人ですが、なぜか関西弁が好きで暇があればこのように関西弁でお話をしてくださいました。

 でも関西から引っ越してきたメンバーの子には凄く評判悪かったんですよねこれ。


 ふふふ、懐かしいです。



 風のように駆け抜けたあの青春の日々。

 大変なことも沢山あったけど、それ以上に輝いていたあの頃を思い出して少しだけ笑みがこぼれてしまいます。



「リリィさん。一人でニヤニヤしてどうしたのですか? 気持ち悪いですわよ?」



 余計なお世話ですお姉さま。

 少し位思いでに浸らせてくれたっていいじゃないですか。

 大好きなお姉さまに恥ずかしい姿を見られてしまったせいか、私はごまかし気味に早速お姉さまを谷に突き落とすことにしました。


 這い上がってみせい、お姉さま。



「アローネお姉さま。試練を与えます」


「ほえ? 試練? 唐突にどうしたのですか?」


「私は今まで立派な淑女たる行動を逐一説明してまいりました。きっとお姉さまも私の言葉を聞き届けてくださって、立派な淑女たらんと努力されていると思います」


「まぁ当然でしてよ」



 大きく胸を張ってドヤっとやっちゃうお姉さま。

 たゆんと揺れる大きな大きなお胸が私を若干イラっとさせます。少しは手助けしようと思いましたがお姉さまがその気なら厳し目にいくとしましょう。

 ……いいもん。私も大きくなるもん。



「まぁ! 自信がお有りですのねお姉さま。では次からはノーヒントです。ちなみに間違った場合はお仕置きがまっています」


「ひっ!!」



 怯えたように縮こまるお姉さま。良い気味なのです。

 もちろん胸の大きさに関して恨みがあるからこのような意地悪を言ってるわけではありません。

 純粋にお姉さまに立派な淑女になってほしいが故の行動です。

 それに私の胸もお姉さまみたいに大きくなるから大丈夫なのです。

 だから羨ましくなんてないのです。

 ……羨ましくなんて、ないのです。



「ご安心なさってお姉さま。今まで教えたことをちゃんと聞いてくださっていれば、そうそう酷い間違いはされないと思いますから」


「まっ、まだ早いと思いますのリリィさん! もう少し、もう少し猶予を!」


「ダメだ、どうやら私はお姉さまを甘やかしてしまっていたのだ」



 あと胸の恨みだ。



「そんなぁ!!」



 わたわたと慌てふためくお姉さま。

 唐突にやってきた試練に思考が追いついていないようです。

 きっと今頃どうやってこの場を切り抜けるかを考えているのでしょう。


 まったく。最近は昔に比べてましになって来たんですから、いつもどおりの態度でいれば大丈夫なんですけどね。


 そうこうしながら廊下を歩いていると、ちょうど良いタイミングでメイドさんと出会いました。



「あっ! アローネお嬢様、リリィお嬢様。えっと、その、先日は誠に申し訳ございませんでした!」



 しかも偶然にも以前にお姉さまに粗相をしたメイドさんです。

 ふふふ、これは面白いことになるかもしれませんね。

 お姉さまの手腕、じっくりと拝見させていただきます。



「ではお姉さま。私は何も手助けしませんので、こちらのメイドさんに淑女として正しい対応をしてみてください。メイドさんも何も言ってはダメですよ?」


「え? は、はぁ……かしこまりました」



 メイドさんは事情があまり飲み込めてはいない様子ですが、最近私とお姉さまが何かしらの作法に関する勉強をしていることは知っていたようです。

 怪訝な顔をしつつも、軽くお辞儀をして廊下の端に控えてくれました。

 さっお姉さま。準備は出来ましたよ。



「うっ……はう……むむむー」

「ちっく、たっく、ちっく、たっく……お姉さまふぁいとー」



 がんばれがんばれ、お姉さま♪



「うううう、あうううう、うにゅにゅにゅにゅ……」

「ちっく、たっく、ちーん。 さっ、お姉さま? どうぞ」



 じかんぎれー。



「あっと、えっと! め、メイドさん!」


「はいっ! 何でございましょうかアローネお嬢様!」


「うう、あううう……」


「アローネお嬢様?」



 口をモゴモゴさせながら、プルプルと震えるお姉さま。

 ……? 心なしか顔も青ざめてきました。

 どうしたのでしょう? やっぱり良い対応が浮かんで来なかったのでしょうか?



「う、あうう……い、いた」


「板? 板がどうしたのですか、お姉さま?」


「あいたたた、痛い!」


「お姉さま? どうされたのです!?」



 急にお腹を押さえて蹲るお姉さま。

 慌てて駆け寄り様子を窺います。

 お姉さま顔は真っ青で、額には脂汗らしきものがブワッと浮かんでいました。

 苦しそうな態度から演技ではないことは一目瞭然。一体どうしたのですかお姉さま!?

 さらに口からブツブツと漏れるはお仕置き怖いという言葉。

 ……あれ? これってもしかして……。



「痛い! お腹が痛いですわ! お腹が! 痛いー!」


「…………お仕置き」



 ぼそっとな。



「っ!? いたいー! お腹が爆発しそうですわー!」



 あ、わかった。

 これストレス性の胃痛だ。

 ……それほどまでに恐ろしいのか。


 極限状態でストレスから胃にダメージを負ってしまったお姉さま。

 流石に私もこのような結果は考えてもいませんでした。

 どうしましょう?

 相変わらずお腹の不調を訴えるお姉さまに、今度はメイドさんが血相を変えて駆け寄ってきます。



「お、お嬢様! アローネお嬢様! いかがなさったのですか!?」

「助けてー! お腹が痛いのです!」

「ああ、どうしましょう! 誰か! 誰かいませんか!」



 うむむ。大変です。大事になってきました。

 お姉さまは相変わらずお腹の不調を訴えるばかり。

 一向に良くなる気配はありません。

 当然この騒ぎを聞きつけ人がやってきます。



「ふぉっふぉっふぉ。何やら騒がしいが、一体どうしたんだのぉ?」



 現れたのはベルガモット家に使える常駐医師のメルギス先生です。

 御年70になられるおじいちゃん先生で、実家の医院を息子さんに譲られたので我が家に迎えたのですが。

 偶然にも付近を歩いていらっしゃったみたいですね。



「メルギス先生!! アローネお嬢様が急にお腹が痛いとおっしゃって!」


「むむっ! それはいかん! お嬢様、メルギスでございます。一体どうなさったのです。お腹が痛むのですか?」


「先生! おなかが痛いのですわー!」



 お姉さまの急変に驚きながらも早速診察をしてくださるメルギス先生。

 どうしましょう。ストレス性の胃痛だなんて分かったら面倒なことになりそうです。

 けれども背に腹は代えられません。今はお腹を痛めるお姉さまを見てもらわないと。

 私はハラハラしながらお姉さまを診察するメルギス先生の様子を見つめます。



「お嬢様……こんなに苦しまれて。メルギス先生。お嬢様の容態は!?」


「わからん! 何もわからんですじゃ! お許しくだされアローネお嬢様! このメルギス。耄碌(もうろく)した瞳ではお嬢様のお腹を蝕む原因を特定すること出来ぬのですじゃ!」



 けど面倒事の心配は無用でした。

 メルギス先生はヤブでした。全然お任せしたらダメなあれでした。



「いたいー! おなかがキリキリ痛いですわー!」


「お嬢様! お嬢様!」


「おいたわしや! おいたわしや!」



 お腹を痛めるお姉さま。何も出来ないまま慌てふためくメイドさんとメルギス先生。

 もう! 本当に仕方のない人なんですから……。

 勘ぐられる可能性があるので言いたくなかったのですけど、お姉さまをこれ以上苦しめる訳にはいきませんものね……。

 だって私はお姉さまのことが大好きなんですから。



「お姉さま、分かりました。間違ったことをやってもお仕置きはしません」


「あら? お腹が痛くなくなりましたわ」



 早い。



「本当ですかお嬢様! 良かった、良かったです!」


「き、奇跡じゃ……。奇跡が起きたんじゃ!」



 わーっと喜色の声を上げる二人。

 私もお姉さまがご無事で良かったです。付け加えるなら変な追求をされなければモアベター。

 ですが、お姉さまの一言で事態はややこしい方向に向かいます。



「凄いですわ! リリィさんの一言で! まるでお伽話に出てくる魔法使いのようですわ!」


「なんと! か、かかか、神の、思し召しじゃああ!!!」


「魔法使いだったのですか!? 凄いです、リリィお嬢様!」



 ちょっと意味が分かりません。

 なんですかそれ、どこをどう判断したらそうなるのですか?


 前後の文脈を全く判断していないお三方は、やんややんやと私を持ち上げます。

 どうやら私は魔法使いで神に祝福されしスーパー淑女らしいです。

 やめてください。変な設定を盛らないで下さい。



「いつつ……」



 極限状態にさらされたからでしょうか?

 それとも皆さんの勢いに疲れ果てたからでしょうか? 急に胃が痛み始めます。

 ああ、これがストレス性の胃痛なんですね。



「はっ!? いけませんわ! メルギス先生! リリィさんをお願い致します!」


「あいや任せられい!」


「そんな……リリィお嬢様まで! 一体この屋敷で何が起こっていると言うのでしょうか!?」


「呪い……かもしれませんね。だってリリィさんは奇跡をおこせるのですから。……嫉妬を向ける者も当然現れるでしょう」


「そんな! リリィお嬢様はどうなってしまわれるのですか、アローネお嬢様!」


「大丈夫。守ってみせますわよ……だって、大切な妹ですもの!」


「お嬢様! なんてご立派な! そこまでリリィお嬢様のことを思っていらっしゃたのですね!」


「当然です! 私はアローネ・ベルガモット。このベルガモット公爵家の長女であり、リリィさんの姉なのですから!」


「立派です! ご立派ですアローネお嬢様!」



 やめて下さい。勝手に話をややこしくしないでください。



「お許しくだされリリィお嬢様! 何も分かりませぬ! このメルギスには何も分かりませぬのじゃああ!!」



 そしてこのおじいちゃんは何しに来たんですか?


 どんどん胃が痛くなってきます。 収まる気配は一向にありません。

 ……これどうしよう?

 この後メルギス先生に胃薬を処方してもらった私。

 こうして私はお姉様と一緒に、食後仲良くお薬を飲むこととなってしまったのでした。

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