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籠城を阻止しました

 ごきげんよう皆さま。

 さて、かような経緯をもってお姉さまの教育係を務めることになった私リリィ・ベルガモット。

 今後はお姉さまが他人を思いやる心を持った立派な人物になるよう、粉骨砕身頑張りたい所存でございます。


 ……過去、私はとてもやんちゃさんな女の子でした。

 趣味は暴走。舐めた奴は即パン。愛車は改造CB400。よく聴く曲は尾崎豊。

 そんなパワーとスピードにあふれた少女だったのです。


 ですがこの世界に転生して心を入れ替えました。

 それは以前の世界でお世話になった総長さんの言葉があったからかもしれません。



 ――人は頑張れば変わることができる。



 事実、私は素敵な王子様と結婚することを夢見てお淑やかで完璧な淑女に生まれ変わる事が出来ました。

 だから私はお姉さまの可能性を信じているのです。

 人はきっと生まれ変わることができる。

 お姉さまも、きっと心を入れ替えて一緒に素敵な王子様を見つけられるように頑張ってくれる。

 そう、信じているのです。


 ……あら?


 お姉さまにも立派な淑女になってもらうため、本日のお話をしようと考えていた矢先のことでした。

 お姉さまのお部屋扉に手をかけた私の行く手を阻む障害が現れたのです。

 ノックの後に扉を開かんと軽く力を入れる私。

 カチャリと音がなります。

 どうしてでしょう。扉は固く閉ざされたままです。



「お姉さま。リリィです。いらっしゃいますか、お姉さま?」



 ガチャ……ガチガチ。

 ガチャガチャ!!

 扉は変わらず私の侵入を拒み続けます。



「…………」



 籠城しやがったな……。


 思わず口汚い言葉が出てきそうになります。

 おっといけません。私はもうあの頃の私ではないのです。

 ちょっと頭に来たからってすぐに手をだすような。そんな暴力女ではないのです。



 えへへ、頑張れ私! お淑やかにしないと素敵な王子様が迎えに来てくれないゾ♪


 ………………さて。



 ではここで模範的淑女対応を実践してみせましょう。

 真に立派な淑女はこのような場合でも実力行使に出たりはしません。

 お姉さまにも何か理由があるのでしょう。

 きっとそうに違いありません。

 大切なのは対話の心。話し合いこそが互いの理解と尊敬を生むのです。


 私はあーあーと何度か発声練習をして、自分の声に怒気が孕んでいないことを確認すると、浮かぶ青筋を抑えるように扉の向こうに向けてゆっくりと語りかけます。



「お姉さま……お姉さま。私です、リリィです。鍵がかかっていてお部屋に入れないのです。どうか開けてくれませんか?」



 返事はありません。ですが何かが動く気配が扉の先より伝わってきました。

 恐らくお姉さまでしょう。

 まったく、困った方です。



「お姉さま? 私はお姉さまにお会いしとうございます。お姉さま、どうかこの鍵をお開けになさって」


「い、嫌ですわ! だってリリィさん、私に関節技決めて高笑いするつもりでしょう! もう私はここから出ないと決めたのです!」


「まぁ! なんてことを仰るのですお姉さま。私はただお姉さまのことを思って関節を決めただけですのに……。

 それに、シメられるのは悪い子だけです。良い子になろうと頑張るお姉さまに一体誰が関節技を決めるというのでしょうか?」


「扉の前のリリィさんです! 今もどうせ扉の向こうで身構えていつでも行動に移せるように待機しているんでしょう! 帰って下さい!」


 鋭いな。

 私は身体の力を緩め極力殺気を抑えます。

 草食動物は恐ろしい肉食獣よりその身を守るため、常に周囲を警戒しどのような小さな違和感や懸念さえも見逃さないと言われています。

 サバンナの教え……危うく忘れるところでした。



「お姉さま……酷い。今日はお姉さまと一緒にお喋りをしようと思っていましたのに。お菓子もご用意したのですよ?」



 ともあれ、お姉さま如き私の敵ではありません。

 それにほら。



「えっ!! お菓子ですか?」



 お菓子の言葉に早速喜色の声を上げるお姉さま。

 ふふふ、まるで言葉からヨダレが漏れ出してきそうですね。



「はい、お菓子です。お砂糖をタップリとまぶしたシフォンケーキ。あまくて美味しいお姉さまの大好物ですよ」


「そ、そんな事に騙される訳無いじゃないですか! わ、私はここを絶対に開けませんわ!」



 はたしてそうかな?



「もぐもぐ」

「……はっ!」

「もぐもぐ。シフォンケーキおいしいれふ、お姉さま」


「待って! 私も食べま――」

「はい確保ー」


「きゃあああああああ!!!」



 わずかに開いた扉につま先を滑り込ませます。

 そのままで膝、肩と割り込ませてテコの原理を応用して無理やりこじ開けての無事に開放ミッション成功。

 扉を開けて目の前に私の顔が現れたお姉さまは、可愛らしく叫び声を上げながらベッドへと逃走してしまいました。

 ベッドに逃げたところで袋のネズミですよお姉さま?



「ごきげんようお姉さま。ずいぶんと手をかけさせてくれましたね。っとその前に」



 キョロキョロと辺りを見回し。少々探しものをします。

 お姉さまの部屋は様々な調度品で埋め尽くされています。

 花瓶や絵画といった貴族らしいもの、お人形やぬいぐるみといった少女らしいもの。

 そして謎の仮面や、何の儀式に使うのかわからない棒。髑髏レプリカといった謎の装飾品など、気に入ったものを手当たり次第収集したその部屋は混沌としています。

 つまり私の望む物もあると思うのですが……。


 見つけました。



「あ、これ丁度よいですね。お姉さま、少しお借りしますよ」



 ブロンズで出来た小さな銅像を手に取ります。

 マッスルポーズを象ったそれは、大きさ、重さ、つかみ具合、すべてが望んだ通りのもので、思わず私も嬉しくなってしまいます。

 では早速これを使って、



「えっ、そ、それ何に使うのですか? お気に入りなんですけど……」

「いえ、ちょっと鍵を壊すだけです」

「やめてぇぇぇ!!」



 その願いは聞き入れられません。私は問答無用でブロンズ像を振り下ろします。

 ガンガンと金属のへしゃげる鈍い音が鳴り響きます。

 お姉さまの悲鳴と見事なカルテットを奏で、思わず私も楽しくなってきます。

 満足するまで鍵かけの金具をベコベコにした私は、うん! と小さく頷きます。

 これでおっけーなのです♪

 邪魔な鍵など破壊するに限る。



「さっ、これでもう籠城は出来ませんね。私とお話しましょう、お姉さま?」



 ぽいっとブロンズ像をなげると、ガシャンと小気味良い音が響きました。

 思わず笑いそうになってしまいますね。

 くるりと向き直る私にお姉さまはひっと小さく声をあげちゃっています。

 やがてキョドキョドと目を泳がせるとベッドのシーツに包まりながら小さく控えめに、私の背後や辺りを確認します。



「し、シフォンケーキは……?」

「あれは嘘だ」

「リリィさんの悪魔ぁぁぁぁぁ!!!」



 むしろこの状況でまだシフォンケーキがあると思うお姉さまが信じられません。

 本当に食いしん坊さんなんですから……。

 お目当てのお菓子が無かったのがよほど残念だったのか、お姉さまはシーツを被って拗ねてしまわれました。



「全く、私よりも二つ上なのに癇癪起こして部屋に閉じこもるなんて。それでもベルガモット家の長女ですか?」

「だって! だってリリィさんがいぢめるから!!」



 ぷるぷると震え「こわいですわー!」と叫ぶお姉さまに流石の私もあきれ果ててしまいます。

 ともあれ少しやり過ぎたかもしれません。

 このままお姉さまが私に怯えてしまわれるのは本意ではありません。

 私はただお姉さまと仲良くしたいだけなのですから。

 転生前は一人っ子でしたので、優しいお姉ちゃんに憧れていたんですよ? アローネお姉さま。



「ふぅ、分かりました。ではお姉さまがちゃんとしている限り暴力はふるわないと誓います」


「ほ、本当ですかリリィさん!?」


「本当ですよお姉さま。今日もお話だけにしましょう? 私はお姉さまのことが嫌いでこんなことをしている訳ではないのですから」



 お姉さまは先ほどまで包まっていたシーツをめくり上げると、やったーとベッドの上で飛びはねています。

 その瞳にはうっすらとした涙。関節技を決められないのがよほど嬉しかったのですね。

 そこまでの恐怖か。



「さっ、アローネお姉さま。早速メイドさんにおやつのシフォンケーキをもらいに行きましょう。二人でゆっくりと話すのです」


「わぁい、分かりましたわ。リリィさんも聞き分けの良い所があるじゃないですか。そうやって常に私を敬っていればいいのですわ」



 調子の良いことで……。

 自分の安全が保証されるや否や私の隣までさっさとやってきてふんぞり返るお姉さま。

 はしたなくも思わず大きなため息を吐いてしまいます。



「あっ、ちなみにですお姉さま」

「ほえ?」

「あまり調子に乗っていると容赦なくボコしますのでご注意を」

「いやぁぁぁぁぁ!!」



 さてさて、どうしたものでしょうか。

 あの様に言った手前、お姉さまに気軽に関節を決める訳にはいかなくなりましたね。

 所詮口約束ですので最悪どうとでもなるのですが、実際どのように躾けようかと……。

 大切で大好きなお姉さまのために、人知れず私は考えを巡らすのでありました。

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